暴虐の牙 6
会議が終わりテントから出た僕は、外で待っているリリィとレイシアに決定した内容を説明した。
「むぅ…… 何故リリィは良くて私は駄目なのだ? 」
一人だけ調査隊に選ばれなかったレイシアが不満の声を上げる。
「悪いけど、その鎧では目立ってしまってすぐ魔物に気付かれてしまう恐れがあるんだよ。残念だけど、レイシアはここで皆を守ってやってほしい」
敵の基地へ闇に紛れて忍び込む訳だから、動きづらく音が鳴る全身鎧では厳しい。かと言って騎士であるレイシアに敵地で鎧を脱いでくれとも言えない。
渋々だが納得してくれたレイシアと、…… まかせて―― という頼もしい返事をしたリリィと別れ、自分のテントで次の戦いに備えて身を休める。
夜には更に五十体のゴーレムが加わり、戦況は覆るこそないが安定はしてきた。心なしか皆の顔から色濃かった絶望感が薄くなっている。
次の日の朝と夜に合計百体ものゴーレムが届けられ、いよいよ調査決行となった。
「グランさん。急な頼みを聞いてくれてありがとうございます」
「別に構わないさ。いい加減こっちから動かないと、終わるもんも終わらねぇからな」
グランさんは生えかけの顎ひげを撫で、気にするなと言ってくれる。
「クレス、くれぐれも無理はせず、目的を達成したのなら速やかに戻ってくるのだぞ? 」
「あぁ、余計な事は考えないようにするよ」
レイシアの心配をよそに、アラン君はレイチェルにこんな事を言っていた。
「フン、敵の基地へ行くのなら、ついでに食料庫の一つや二つ燃やしてくればいい」
「そんな事をすればわたし達が安全に戻るのが難しくなるわ…… 敵地の中を忍び込むのでさえ危険を伴うのに、何で更なる危険に身を晒さなければならないの? 」
レイシアとアラン君に見送られ、僕達は転移魔石で戦場へと向かい、そこから敵の基地があるという場所へレイチェルの闇魔法で産み出した黒狼に乗ってひた走る。
気付かれてはいけないので、松明も光魔法もない文字通り真っ暗な闇の中、レイチェルの目だけを頼りに進んでいく。闇魔法を使えるレイチェルには、光源が無くとも何となく見えるらしい。
そうして暫く黒狼の背に揺られていると、遠くに何やら明かりが見えてきた。広い草原の中、幾多の焚き火の光に照らされる魔物の姿が遠目からでも確認できる。
「あそこが魔物の基地? テントも何も無いじゃないか」
「まぁ所詮は魔物だからな。一応見張りはいるようだが、訓練を積んだ人間の軍に比べれば御粗末なもんだ」
基地の様子を遠くから窺っていたグランさんは、余裕の笑みを浮かべる。確かに、戦争に関して素人の僕でも分かるぐらいおざなりな見張りだ。
「…… 恐らくアンデッドを抜けてここまで来るなんて考えてもいないんだと思う。…… だからといって余計な事はしない方が良い」
「そうね…… ここからはわたしの闇魔法で周囲を囲み、この暗闇に紛れて移動するから、リリィ達はわたしの後ろをできるだけ静かについてきて…… 」
レイチェルの指示に従い黒狼から降りると、今まで狼の形を模していた闇が僕達の周りを円蓋のように広がった。
魔物の群れに近付くにつれ、その全容が徐々に明らかになっていく。
前に偵察していた冒険者の話では、アンデッドが見張りに立っていたと聞いていたが、今はアンデッドのアの字も無い。たぶん全部戦場に送っているんだろう。今も戦ってくれている者には悪いけど、僕達には好都合ではある。
「おい、こいつらは真面目に見張りをする気はあるのか? 気を抜き過ぎだろ」
焚き火の側でうつらうつらとしているゴブリンとオーガを見たグランさんは、呆れた様子で溜め息を吐く。昼の戦いで疲れているのか殆どの魔物は地べたに寝転がり、いびきをかいていた。
どうやら種族同士で集まっているようで、ざっと確認出来るものだけで、ゴブリン、オーガ、ハルピュイア、アラクネ、トロールと、よくもまぁこれだけ集めたもんだ。
幸いにも魔物達はそう密集してはおらず、闇を纏ったままその間をゆっくりと足音を立てないよう歩いてると、一際目立つ集団が目に入る。
「クレス、彼処だけ纏っている空気が明らかに違う。こいつらの親玉がいるかも知れないな」
緊張を孕んだグランさんの声に、僕もゴクリと息を飲む。確かにあの一角だけ異様な気配を感じる。
「…… あれは、ミノタウロス? 」
「えぇ…… でもそれだけじゃなさそうね…… 何か中心にいるみたい…… 」
レイチェルが言うようにミノタウロス達は何かを囲うように集まっているかに見えるが、これ以上近付くのは危険なので良く確認出来ない。僕はアロルドから借りた小型の望遠鏡を取り出して覗いてみる。
…… いた。ミノタウロスの中に人間らしき者が三人。捕らえられているようには見えず、談笑している様子からたぶん彼等が死霊魔術でアンデッドを作っているヴァンパイアなのだろう。焚き火の光だけではヴァンパイア特有の青白い肌が良く分からなくて判断が難しいな。
しかし、あのヴァンパイアがミノタウロスの中心なのか? それなら指揮しているのも彼等の中の一人が?
そんな僕の考えはすぐに吹っ飛んだ。小型望遠鏡を少し横にずらすと、そこには一体のミノタウロスが堂々と座っていた。それだけなら別段何も思わなかっただろう。だが、そのミノタウロスを視界に入れた瞬間、得も言われぬ恐怖を感じたのだ。
何か…… そう、何かが違うとしか言えない雰囲気が奴から放たれている。最初に感じた異様な気配は、あの集団からではなく一体のミノタウロスから出ていたものだったのか。




