暴虐の牙 4
自分のテントで仮眠を取っていると、誰かが入ってくる気配で目が覚める。
「む? 起きたか、クレス。もうそろそろアロルド殿と交代の時間だ」
「あぁ…… 分かった。すぐ行くよ、レイシア」
まだ開ききっていない目を擦りながらテントを出て、リリィと合流する。アラン君とレイチェルは朝まで休んでいるし、アルクスさんは夕食の前に次のゴーレムを用意する為、インファネースに戻っている。
まだ外は暗く、篝火が戦場から戻ってくる者達と入れ違いに出ていく者達を照らしていた。
日の出まであと少し。僕は両手で頬を叩いて気合いを入れ、基地に張られている結界の外まで歩くその後ろを、リリィとレイシアは黙ってついてきてくれる。
この前線基地に使用されている結界魔道は、インファネースから贈られてきた最新の物であり、カーミラ対策として転移魔術さえも防げる仕組みになっているので、僕達が使う転移魔石や結晶は結界の外じゃないと発動出来ない。
そんなに遠くない距離だが、疲れて戻ってくる人達にはその距離がもどかしく感じてしまう事だろう。現に僕も何度かうんざりした覚えがある。まぁ、安全を思えば仕方ない事なのは理解するけど、それでもついそんな風に思ってしまうのは僕だけではない筈だ。
「…… 人間、一度楽を覚えてしまうと、それ以上の苦労はしたく無くなるというもの。…… こればかりは人の心理だから変えるのは難しい」
「そうか? 私は好きだぞ? この戦場に向かう時の緊張感で気が引き締まり、帰ってきた時なんかは最後まで油断する事なく警戒心を保てるからな! 」
「…… それで喜ぶのは、レイシアのような変人だけ」
「リリィは時折私に対して辛辣になるな? 」
そんな二人の会話を背中に感じ結界の外まで歩き、他の人達のように転移魔石を発動させて戦場に向かう。
術式に登録されている転移場所に着いてみれば、遠目にだけどアンデッドと戦う兵士、冒険者、魔術師達が操るゴーレム兵が確認できる。勿論、シャロットが作った完全自立型ゴーレムが活躍している様子も見えている。というか、あのビームサーベルとかいう筒状の先から伸びている光の刃が嫌に目立ってしょうがない。
「おぉ…… あれがシャロット嬢の作りしゴーレムか。大したものではないか! 」
「…… あれほどの高性能なゴーレムを使い捨て同然に投入するなんて、思い切った事をする。…… クレス、シャロットは敵に回してはいけない」
あぁ、分かってる。ライル君同様、絶対に敵にしてはいけない人物だよ。もしあのゴーレム達が全て敵として襲ってきたらと想像するだけで背筋が凍ってしまう。
「むぅ…… アロルド殿と義勇兵達はここからでは見えんな。何処まで先陣を切っているのやら」
「アルクスさんの話では、あのアンデッド達を作っているヴァンパイアがいるかも知れない。サンドレアで奴等の強さを目の当たりにしているから分かると思うけど、気を緩めないようにしないと」
「…… そうね。…… 何人いるか知らないけど、そのヴァンパイアさえ倒してしまえば、もうアンデッドは増える事もない。…… そうなれば向こうも夜戦を仕掛ける余裕は無くなるかも」
確かに、危険だけどここはヴァンパイアを探して優先的に仕留めてしまった方が良いのか?
「なに、朝にはアルクス殿が追加のゴーレムを持って来てくれる。十分に戦力が整うまで今は無理せずとも良いのではないか? 」
そうだな、レイシアの言うように、ここで無理にヴァンパイアを倒そうとして下手に傷でも負ったら大変だ。基地まで攻め込まれないよう守りに徹するとしよう。
アロルドだって勇者候補の一人だからな。今頃無事に撤退を完了しているだろうし、探さなくても大丈夫だろう。
「良し! 僕達もアンデッドを抑えに行こう!! 」
「うむ! 今夜も長い夜になるな! 」
「…… レイチェルの闇魔法があれば、走らずに済むのに」
僕達はアンデッドに向かって走り出した。いや、リリィだけ途中で疲れたと言ってレイシアに背負われているけど。
近くに行くとシャロットが作ったゴーレムの性能が良く分かる。人間よりも可動域が広く、軽やかに動いてはアンデッドをまるで流れ作業のように仕留めていく。しかも生き物と違って一切疲れる事もないので、その動きは衰えずに何時までも続く。
暗い夜の中、人々が持つ松明の明かりに混じって振るわれるビームサーベルの光が、グールの腐った肉を焼き斬り、装甲で守られた腕でスケルトンの骨を砕く。そして時々何もない空中にサーベルを振るえば、耳障りな悲鳴と共にレイスの姿が現れる。
アルクスさん曰く、ゴーレム達の目に使われている魔力結晶には、エレミアと同じ魔力を視認する術式が施されていて、例えレイスが姿を透明にして隠れていても見つけ出せるらしい。
レイスに物理攻撃は効かないけど、あのビームサーベルというのは光魔術の一種なので、レイスにも有効なのである。
それだけでも十分なのに、他国への技術漏洩を防ぐ為の自爆機能まで備わっていて抜かりはない。
頼りになるゴーレム達と一緒だからか、今夜は何時もより早く夜が明けた気がした。




