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「オーホッホッホ! わたくしとしたことが、とんだ早とちりでしたわ。ごめんあそばせ」
何とか女性を落ち着かせ、自分達が盗賊ではなく、冒険者とその依頼主の商人である事を説明した。なかなか信じてくれなかったが、ギルドカードを見せてなんとか納得してもらった。
「ったく! 危うくあのゴブリンみてぇにぐちゃぐちゃにされるとこだったぜ」
「怖かったっすよ~!」
ガストール達は俺が思っていたより危なかったらしい。間に合って良かった。
「んまぁ! 失礼ですわね! わたくしは犯罪者でも殺しは致しませんわ。ちゃんと法律に従って、犯罪奴隷として強制労働をさせるつもりでしたのよ」
そんか法律があるのか。この世界の裁判はどういう仕組みなんだろう? 前世と同じように裁判官や検事などがいるのか、それとも領主が裁定を下すのかな? まぁ何にせよ、犯罪奴隷というのにならずに済んで良かったよ。
「初めまして、俺はライルと言います。行商人をしていまして、港湾都市インファネースに向かっているところです。あの馬車はレインバーク卿のですよね。もしかしてご令嬢様ですか?」
「あら? わたくしとしたことが、まだ名乗っていませんでしたわね。いかにも、わたくしがこの領の主、マーカス・レインバーク伯爵の娘、シャロット・レインバークですわ! 以後、お見知りおきを」
そう言うとシャロットは優雅に片足を斜め後ろの内側に引いてもう片方の足の膝を軽く曲げると、両手でスカートの裾をつまみんで軽く持ち上げ、見事なカーテシーを披露する。
ガストール達やエレミアの紹介も終わり、色々と聞きたい事もあるけど、取り合えず出発することにした。
シャロットも帰る途中だったらしく、お互い自分の馬車に乗り、一緒に港湾都市へと馬車を進めた。気になることは沢山あるが、ガストール達の前では話せないからな。
因みに、エレミアには俺が記憶持ちだということは話してある。長い付き合いになりそうだし、エレミアには隠し事はあまりしたくなかったので。
それと、エレミア自身は記憶持ちでは無かった。両眼が元から無い状態だと聞いたのでもしかしたらと思い、魂が視えるというアンネに視てもらったらなんか違うと言われた。勿論、エレミア本人にも確認済みだ。
俺が異世界の記憶を持っていると聞いても、エレミアは「ふ~ん、そうなんだ」で終わった。結構重大な事を話したつもりなんだけどな、エレミアにとっては些細な事らしい。
『アンネ、シャロットさんの魂は視た?』
『んへ? いんや、どうして?』
『もしかしたら、俺と同じ世界の記憶を持っていると思う』
『ふ~ん、じゃあ魔力念話で直接聞けば良いじゃん』
『いや、ここは慎重に行きたい。同じ世界の記憶を持っているからと言っても味方とは限らないからね。しかも貴族のご令嬢様だよ、迂闊な真似は出来ない』
信頼出来るかどうかも分からないのに、自分の手の内は晒せない。だけど俺と同じ世界で同じ日本の記憶持ちだったら、この味噌と醤油は気に入って貰えるかもしれない。
どうやってシャロットに売り込もうか? やはり直接領主の館に行った方が早いかな、後で彼女からアポを取ろう。
俺は後ろからついてくる馬車を見ながら、そう考えていた。
しかし、あのゴーレムが馬車を引いて歩く姿は違和感しか感じない。彼女はどんな意図であんな姿にしたのだろうか? ロマンがどうとか言っていたが、まさかそれだけの理由じゃないだろうな。
「はぁ、噂にゃ聞いていたがあれほどとはな。死ぬかと思ったぜ」
「いや~、ほんと怖かったっす。二度と戦いたくないっすね」
馬車の中でガストールとルベルトはぐったりとして愚痴っていた。
「お疲れ様でした。 ところで、噂とはシャロットさんの事ですよね? どのようなものなのですか?」
「ああ、そうだな…… 俺が聞いた話だと、生まれながらに魔力量が多くて、半年で言葉を理解し始めたとか、とにかく頭が良かったらしい。十歳には土魔法のスキルを授かったんだが、魔法スキルが一つだけで、しかも当時の土魔法は魔力消費が多い割には地味だって理由であまり評判は良くなかった。だけど、そんな常識を変えたのがあのお嬢様だ。あのゴーレムを見ただろ? 普通、ゴーレムってのは魔法で生み出すか、作り上げてから自分の魔力で動かすもんだ。だから一度に複数のゴーレムを操るのには大量の魔力が必要になる。しかしあのゴーレムは違う。あれは魔術で動きを制御してるのさ。詳しくは知らねぇけど、高品質の魔核に術式を刻んで、それをゴーレムに組み込んでるらしい。なんでも魔核には周囲のマナを取り込んで魔力に変換するらしくて、その魔力を動力源にしてるから魔力消費量が格段に下がったんだとよ。国もそれに注目して研究を始めたらしいぜ。今はまだ製造費が高くて量産体制がとれていないが近い将来、兵士の代わりにゴーレムが戦場に出る日が来るかもな。今じゃあのお嬢様はゴーレムマスターなんて呼ばれてるぜ」
今まで手動で動かしていたのを自動にするシステムを開発したのか、そんなの有名にならないほうがおかしいだろ。そんな彼女に関わっても大丈夫なんだろうか?
そんな不安を抱いていると、立派な外壁と門が見えてきた。流石、都市と言うだけのことはある。今まで見てきた中で王都の次に大きくて頑丈そうだ。
それに、人も多い。門の前に並ぶ人と馬車で長蛇の列が出来ていた。これからあの列に加わるのか、かなり待ちそうだな。そう思っていたら、シャロットが馬車を横に付け、窓から顔を出した。
「皆さん! ご迷惑をお掛けしたお詫びに、貴族用の門から入れて差し上げますわ! わたくしについてきて下さいませ!」
おお! それは助かる。あんな所で待っていたら、中に入る頃には夜になっていたよ。




