相容れぬ正義 1
―― 死は、終わりでもなければ救いでもない――
これは僕がインセクトキングの巣穴でオークキングを倒そうとして大火傷を負い、ライル君に治療してもらっている時にギルディエンテから魔力念話で言われた言葉だ。
僕はあの時、オークキングを倒せるなら死んでも良いと思っていた。命を賭けるというより投げ出しているに近い。でも、ギルディエンテのあの言葉に、僕のしたことは間違いだったと気付いた。例えあの場でオークキングを倒せたとしても、自分が死んでしまっては誰が魔王を討つのか? 僕以外の誰か…… それはもしかしてレイシアだったかも知れないしリリィかも知れない。
僕は命を賭けてオークキングを倒そうとしたのではなく、オークキングと共に死ぬ事でこの世界から逃げようとしたのではないのか? その先に待っている残した者達の悲しみと苦しみを考えず…… 皆を救い守れる勇者を目指していたのに、先に死んでしまっては誰も救えないし守れないじゃないか。
火傷から完治した僕に、涙を流して喜ぶレイシアとリリィを見て胸が締め付けられる。僕の死で身近にいる仲間を傷付ける所だった。守りたいと思っていたのに、なんて情けないのだろうか。
だから誓うよ、僕はもう安易に死に逃げないと。どんな状況でも諦めずに生きて皆を守り、救うんだ。
これから始まる魔王軍との戦いに覚悟を決めて戦場となるラウンドリンクへ向けて、早朝から水の勇者候補であるアロルドと彼が指揮する二千の義勇軍と共に行進していると、レイシアが力強い目差しで僕を見詰める。
「フフ、今日のクレスは気合いが違うな。傍にいる私にもビシビシ伝わってくるぞ! 」
そうかな? いや、そうかも。この戦いで皆を守るなんて出来るとは思えないけど、一人でも多くの人達を死なせないようにしたい。僕も、レイシアも、リリィも、そして今戦場に向かっている冒険者や兵士達の命を守りたい。そんな僕の覚悟をレイシアは隣で感じ取ったのだろう。
前線基地から約六時間、僕達はラウンドリンク平原に到着した。
膝下まで伸びる青々とした草が辺り一面に広がり、冬の冷たい風に揺れている。この長閑な風景が血生臭い戦場へとこれから変わってしまうのはとても心苦しいけど、ここで奴等を食い止めないと更に悲惨な光景が待っている。それだけは何としても阻止しなければならない。
冒険者と各国からの援軍、そしてシュタット王国の軍が隊列を組んでいる最中、リラグンド王国から来た者達が動きを見せる。
先ず魔術師が転移魔術を用いて前線基地から、連発式弩砲の部品を運び組み立て始めた。
それなりの大きさと重さを持つ部品をゴーレム兵を使って手早く作業している様子を、誰もが黙って眺める事しか出来ない。もしこれが魔王軍ではなく自国との戦争であったらと思えばこそ、手放しで喜べは出来ないのだろう。
先頭にはゴーレム兵が並び、その後ろに歩兵と幾つもの連発式弩砲。中央に弓兵を配置し、最後尾にはゴーレムを操る魔術師と魔法士が待機する。
「あの転移魔術というのは凄まじいな。それに魔術師一人で六体のゴーレムを操るなんて、随分と優秀な魔術師が揃っている。もうリラグンドとの戦争なんか考えられないな」
冒険者達とゴーレム兵の横に並ぶ義勇軍と共に最前列で待機している僕の所へ、水の勇者候補であるアロルドが来てはリラグンドの戦力に感心していた。
「今回、オルハルコン級の冒険者はいないようだけど、きっと別の戦場で魔物を狩っているんだろう。まぁ、勇者候補が二人もいるんだし、きっと大丈夫さ」
「あぁ、でもアロルドが集めた義勇兵達も、士気が驚く程に高くて頼もしいよ」
「…… 彼等には一人一人大切なものがある。それを守る為にこうして俺の呼び掛けに応え集まってくれた。その覚悟と期待を一身に背負い、この戦争を終わらせなければならない。これは俺の義務であり使命だ」
アロルドは刺すような眼で平原の先を見据える。
この義勇兵達だけではなく、此処に集まっている者達は皆大なり小なり守りたいものの為に戦場へと身を投じている。僕だって、与えてもらった勇者候補の力で、今度こそ……
そうして暫く待っていると周囲がざわめき立ち、異様な緊張感が伝わってくる。
「クレス、どうやら来たみたいだ」
そう言うレイシアに何が? と聞き返せる余裕なんて僕にはない。肉眼で確認できる影だけでかなりの数だ。それに空中にも魔物らしき影が見える。たぶんあれはハルピュイアかな? それにあの厄介な虫魔物のような影も捉えた。
段々と姿がハッキリと見え、平原を埋め尽す魔物達にざわめきは恐怖に変わる。
「なんて数だ…… 魔物の混成軍だとは聞いていたが、まさかこれ程はな」
「…… ざっと目算しても、二万近くはいる。…… でも驚く所はそこじゃない。…… トロールが押しているあれは、どう見ても巨大な投石機。恐らく占領した砦から持ち出した物だと思う」
そんな冷静に解析するリリィにアロルドも加わる。
「それに見てみろよ。奴等、魔物のくせに上等な装備をしてやがる」
アロルドから渡された小型の望遠鏡を覗くと、騎士の鎧を身に纏う魔物達の姿が確認できる。最前にいるゴブリン達でさえ、金属鎧に腰には鞘に収められた剣を差していた。
魔物が装備を整えて投石機まで用意している? 今まで魔物が戦争を仕掛けてこなかったので分からないけど、これが普通なのか?
「種族が違う魔物同士で反発せずに統率し、ましてや装備を整え攻城戦で使うような投石機まで? これは明らかに異常だ。これも魔王の影響によるものなのか? 」
アロルドの声から余裕が消えた。これは予想以上に深刻だと物語っている。それでも、僕らはここで逃げる訳にはいかないんだ。




