8
「見てよ、ライル! あれ全部水なんでしょ? 凄く広いのね…… 終わりが見えないわ。まるで世界の果てまで続いているみたい」
エレミアは窓から見る初めての海に眼を奪われていた。
あれから俺達は村を二つ越えて街道を馬車で進んでいる。すぐ横に広がる大海原をエレミアは飽きることなく何時までも見入っていた。その眼は太陽の光を反射する海と同じように、キラキラと輝いていて思わず見入ってしまう。
ガストールの忠告通り、自分の力を極力使用しないよう、使う時は出来る限り周りに気を配る事を心掛けてはいるが、普段からの癖はすぐには抜けず、たまに睨まれたりした。
スキルに頼らないだけでこんなにも不便になるなんて、俺がどれだけこの力に依存してきたのか良く分かる。でも力を使っても使わなくても結局、俺は何かに頼らなければ生きてはいけないんだと心の底からそう感じた。
「エレミアの姐御、海が余程気に入ったんすね」
「ちょっと、姐御と呼ばないでって言ってるでしょ!」
ルベルトはエレミアの強さに感服して勝手に姐御と呼ぶようになった。本人は嫌がっているがルベルトは止める気は無いみたいだ。
ガストール達と町を出て五日も経つとエレミアも多少は馴れたようで、最初はあれほど濃かった警戒心が今は大分薄れている。
「ここまで来れば目的地まで、もう目と鼻の先だぜ」
そうか、あと少しで港湾都市インファネースに到着か。それは即ち彼等との旅が終わりに近付いているということ。嬉しいような、ちょっと淋しいような、何とも言えない気持ちが胸を襲う。
そんな気持ちに浸っていたら馬車が止まった。グリムが何かを発見したようだ。海とは反対方向にある平原に向かって眼を凝らすと、馬車らしき影と誰かが争っているのが見える。ここからだと遠くて魔力が確認出来ない。
グリムに頼んで近づいて貰い魔力を視て様子を伺うと、大きな人の形をした白い影に子供のような小さい白い影が群がっているのが視えた。小さい方は見覚えがある、あれはゴブリンだ。ゴブリンが何か大きなものに襲い掛かっている。
そのまま馬車で近づくと、二メートル以上はあるであろう巨体がゴブリンを拳で叩き潰している。その物の全貌を確認して俺は唖然とした。
『ほう、変わった形をしているが、あれはゴーレムだな』
ギルが言うにはあれはゴーレムらしい。アルクス先生の授業で習った事がある。土の魔法で岩や土、金属等を人の形に作り操る方法と魔力でゴーレムその物を創り出す方法があると。
しかしあれがゴーレム? ギルは変わった形をしていると言ったが、俺には結構見馴れているその姿に動揺を隠しきれない。肩、腕、胸、足のパーツが太く、二の腕や腰まわり、太股のパーツは比較的スマート、顔は体に比べるとやや小さく、額にはV字の角のような物がつけられていて、白銀に輝くその姿は全体的にバランスの取れた体型をしている。
おい…… 誰だこんなの作ったのは、まるでリアルロボット系のアニメじゃねぇか!! 異世界になんつうもん作りやがる! アニメから飛び出たようなロボットとゴブリンの戦闘、こんなにミスマッチな光景は初めてだよ。
「おい! あの馬車の紋章はレインバーク家のもんだぞ!」
ガストールが馬車に飾られている紋章を見て驚いている。確かレインバークと言えば、領主の名前だったな。となると、あれは領主の馬車か、あのふざけた物も領主が作ったのか!
ゴブリンが全滅した所で、領主の物と思わしき馬車の扉が開き、中から一人の女性が出てきた。
その女性は仕立ての良い長袖のワンピースを着て、縦ロール状の長い金髪をしている。眉毛は太いが、全体的に整った顔立ちをしていて、背は俺よりも少し高いくらい。
「オーホッホッホ! ゴブリン如き、わたくしの敵ではありませんわ!」
手を口に当てて、高笑いしているあの人が領主? いや、たぶん領主の娘だろう。だとしても何で一人でここにいて、ゴブリンに襲われていたんだ?
「おーい! 大丈夫か?」
俺達は馬車から降りて、女性の元に近付いていった。
「あら? 何ですの貴方達、はっ! まさか盗賊ですの!? さては領主の娘である、わたくしを拐いに来たのですわね!」
はい? 何言ってんだ? こいつは……
「は? ちげぇよ! 俺達は冒険者だ。んで、こっちは依頼者で、港湾都市に向かっている途中なんだよ」
「ウソ仰い! そのような言葉に騙されませんわよ、どうみても貴方達、悪人顔ですわ! わたくしの大切な領民には指一本触れさせません!」
ガストールの言葉に耳を傾けず、見た目で決めつけてきた女性はゴーレムに指示を出す。
「シュバリエ! あの悪人面をやっておしまいなさい!」
シュバリエと呼ばれたゴーレムの眼が光り、此方に向かってくる。問答無用かよ! まあ気持ちは分からなくはないが。
「チッ、ふざけやがって! 見た目だけで決めんじゃねぇよ!」
「ガストールの兄貴! どうするっすか!」
「やるしかねぇだろうが!」
ガストール達三人は其々の武器を抜き、臨戦態勢に入る。
「ねぇ、どうなってるの?」
余りの急展開にエレミアの理解が追い付いていないようで、ポカンとしていた。
「えっと、あのデカイのが襲ってくるから、どうにかしようってこと」
「あ~、分かったわ。取り合えずあれを倒せば良いのね?」
「いや、あの女性を説得しよう。エレミアなら話を聞いてくれるはず、それでゴーレムを止めてもらおう」
同じ女性同士なら無下にはしないだろう。俺はエレミアとガストール達に魔力を繋げて思念を送る。
『ガストールさん達はそのデカブツの相手をお願いします。その間にエレミアがあの女性の説得を試みます』
『分かった! 出来るだけ早くしてくれ! そんなに持ちそうにない』
『姐御~、よろしくたのむっす!』
三人は距離を取り、ゴーレムが繰り出すパンチを躱し、攻撃を加えるが、傷一つつかない。装甲が硬すぎるんだ、魔力で調べてみると、あのゴーレムはなんと総ミスリル製だった。その事をガストール達に伝えたら、
『くそったれ! そんなの勝てる訳がねぇ! 武器がイカれちまう。嬢ちゃんが何とかするまで避けて耐えるぞ!』
『ウィッす! 了解っす!』
うん、暫くは大丈夫そうだ。さてエレミアの方はどうなったかな? 急いで様子を伺うと、機械的な全身鎧を装着した女性が両手剣を持って抵抗していた。何だかパワードスーツのように見える。
それより何で戦ってんの? 俺、説得って言ったよね? エレミアにとって剣を交えるのが説得なの?
それにあの女性、あんな物まで! あれも土魔法で作った物なのか? パワードスーツの性能のお陰か、あのエレミアと互角に渡り合っている。雷、風、水の魔法を駆使して戦っているが相手の守りが硬い為、効果的なダメージを与えずにいる。お互いに距離を取ったところで俺はエレミアの援護に向かった。
「エレミア、何でこうなってんの?」
「この人、全然話を聞いてくれないのよ! 終いには私の事を盗賊の仲間だなんて言い出して、面倒だから力尽くで取り押さえようかと」
状況を把握していると、女性が両手剣を振り降ろし襲い掛かって来た。魔力収納から魔道式丸ノコを取り出し、その両手剣を盾部分で受け止める。その隙を突いてエレミアが切りつけるが、女性は後ろに飛び退け、表面を軽く傷付けただけ。その傷も、魔法で直ぐに修復されてしまう。
「なかなかやりますわね! それに貴方のその武器! 良いですわね~、ロマンをビシビシと感じますわ!」
くそ! さっきから相手の魔法を支配しようと試しているけど、抵抗が強くて俺の魔力が弾かれてしまう。隙を突けば一気に支配出来るのだが。
『あの全身鎧のような物は土魔法で生み出したものだ。あの魔力の込め具合いからして、恐らく硬度はミスリル並と見て良いだろうな』
ギルの見立てではミスリルと同等、しかも修復するパワードスーツか、厳しいな…… このままでは押し負けてしまう。ガストール達もそろそろ限界が近いはず、出来れば相手を傷付けずにその場をおさめたい。
『わたしも出ようか?』
『ありがとう。でも出来るだけ自分達でやりたいから、それは最後の切り札にしておきたいんだ』
何時までもアンネに頼りっぱなしは善くないからね。ここで経験を積んでおかないと、後で困るのは自分だから。それにアンネに任せたら勢い余って相手を殺してしまうかもしれない。手加減出来なさそうだもんな。
そもそも、あの女性は何かおかしい。前世にあったアニメのリアルロボットに類似したゴーレムにパワードスーツのような鎧。これは偶然なのか? それとも……
「さあ、大人しくお縄に付きなさい! まだ抵抗なさるおつもりなら、もう手加減は致しませんわよ!」
女性がそう言うと、両手剣が粘土のようにグニャリと歪んで筒のような形に変わり、女性の右腕と一体となった。その筒の中には杭の先端が飛び出している。
まさか、あれは! 俺の予想通りだったらヤバイぞ。
『エレミア! あの尖った部分が凄い勢いで飛び出してくるぞ! 絶対に当たるな!』
『分かったわ!』
女性は此方に語りかけながら、歩いてくる。
「お教え致しますわ、ロマンを求めるのに性別は関係ありませんと…… わたくしの想い、その身に刻みつけて差し上げます!」
ドゴン! と地面が爆ぜる音と共に女性が猛スピードで距離を詰めて来る。 速い!! これは避けるのは無理だ!
「貫きなさい! パイルバンカー!!」
前に突き出す拳と一緒に右腕と一体になった筒から杭が勢い良く飛び出す! 俺はギルの牙を加工して作った円錐形のドリルで迎え撃った。杭の先端とドリルの先端が突き当たると、金属が削れる音が鳴り響き、激しく火花が散る。後に残ったのはボロボロに削れて短くなった杭の姿だった。
「な!? なんですって!」
女性が驚きで固まっている隙にありったけの魔力で、彼女の魔法を支配する。全身を覆っていたパワードスーツが崩れて消えていく様を見て女性は愕然としていた。
「わ、わたくしのゴーレムスーツが……」
まだ言葉を失っている女性の首にエレミアは剣を添える。
「さあ、あのゴーレムを止めてくれる?」
「分かりましたわ。わたくしの負けですわね…… 好きになさい」
ふ~、危なかった…… ガストール達は無事かな?




