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「ほら、頬にまでついてるわよ。どうやったらそんな所を汚せるの? 」
エレミアはそう呆れつつも、ハンカチを取り出してソフィアの口周りを綺麗に拭いている。
「ソフィアはまだまだ子供だかんね~、汚れちゃうのも仕方ないわね」
やれやれと首を振るアンネの口は、肉汁とソースでベタベタだった。お前は五千年以上生きてるのに子供と変わらんのな。
エレミアの成すがままにされているソフィアは、じぃっと見詰めていた。
「なに? そんなにエルフが珍しい? 」
「…… おめめ、ひかっててすごいきれい」
ダイレクトに思ったことをそのまま伝えてくるソフィアに、エレミアは目を瞬いた後に優しく微笑む。
「ありがとう。私もこの目がとても気に入ってるのよ」
今まで堅かった表情が突然和いだ意味を理解してないだろうソフィアだが、その頬笑みにつられて笑顔になる。そんな二人をエルマンとイレーネは嬉しそうに見守っていた。
『にく! おいしそうな、にく! ライルたちだけ、ずるい!! ムウナも、たべたい! 』
『うるさいぞ、化け物。王の食事の邪魔をするな』
『むむ、ヴァンパイアに同意するのは不服だが…… ムウナ君、ここは大人しく待つのが良いでしょう』
魔力収納でムウナが騒いでいるが、それをバルドゥインとオルトンが窘めている。ごめんな、後でエルマンに頼んで余った料理を全部貰っておくから、それまで我慢してほしい。
ステーキの最後の一切れを口に運んでいると、何処からか視線を感じる。まぁ少し探せばすぐに見つかったけど……
「この腕が浮いているのが、不思議なのかな? 」
今も此方を見ているソフィアにそう尋ねると、素直にコクりと頷いた。
「おにいちゃんのおてては、どうしてうかんでるの? 」
これはまた随分と直球な質問だな。それにしてもお兄ちゃんか…… 照れくさいので顔には出さないが、ちょっと―― いや結構嬉しい。
魔力で操っていると説明してはみたものの、首を傾げられてしまった。やはり六才の子には難しかったか?
「ほぅ、そんな仕組みで物を操っていたのですね。興味深いですね。それは誰でも習得は可能なんですか? 」
「えぇ、コツさえ掴めばわりと簡単に出来ますよ。ただ、普通に手を使った方が早いし魔力も消費しないので、私のような者でなければ無用の長物になるかも知れません」
俺の場合は必要に迫られた結果だからな。五体満足な人には余り意味がない。昔は日常的に使われていたらしいけど、今では廃れてしまっているのもそれが理由なのだろう。
「フッフ~ン。何を隠そう、ライルに魔力の扱い方を教えたのはこのあたしなのだよ!! 」
口の周りをベッタベタに汚したアンネが、テーブルの上で腰に手を当てふんぞり返っている。なんかもう、色々と残念だ。
「アンネちゃん、すごいんだね! わたしも、できるようになる? 」
「あたしに任せればそんなの楽勝よ! それに、ソフィアくらいの年齢から魔力操作の訓練をしておけば、魔力所有量も増えるし、損はないわ」
おいおい…… アンネはいったいソフィアをどうしたいんだ? 確かに魔力操作に長けているけど、性格に難有りだから毒されないか心配だよ。
肝心の両親であるエルマンとイレーネは、妖精に指導してもらえる機会なんてないと言っているが、果たして本当にそれで良いのか?
ソフィアは素直に喜んでいる。たぶんアンネが遊んでくれるとか思ってそうだな。
まぁ何にせよ、この夕食でソフィアは俺達に慣れたみたいで、良く笑ってくれるようになった。アンネとエレミアに比べて、俺とはまだ距離があるけど、その内縮まるだろう。
お腹も膨らんだ所で食事は終わり、アンネはソフィアと共に彼女の自室へと向かったのを見て、俺はエルマンから許可を貰い残った料理を魔力収納へと入れた。
『にく♪ にく♪ たくさん、おいしそう』
『おぉ! これはまた豪勢ですな。ライル様に感謝を』
『では、温め直しますから少しお待ちください』
アグネーゼがキッチンや魔力レンジで冷えた料理を温めている間に、オルトンは家の地下からワインを持ってきていた。
『フン、人間の料理なんぞ暫く口にしていなかったな』
『ならば何時もみたく食わなくてもいいぞ? そうすれば我の取り分が増える』
『王の施しを拒むなど…… ありえん。おい、教会の者よ。俺には清酒をよこせ』
バルドゥインの要求に嫌な顔を見せるオルトンだったが、元来の生真面目さ故か、実直に冷蔵庫から純米酒の酒瓶を取り出す。
「どうです? 魔力収納にいる皆様は喜んでくれていますか? 」
「えぇ、とても。お気遣い頂きありがとうございます」
「いえいえ、此方こそ感謝していますよ。あんなに楽しそうなソフィアは本当に久し振りに見ました」
特にアンネとエレミアに懐いていたな。同じ女性だからか? 今夜はアンネと一緒に寝るつもりらしい。
「そう言えば、アンネが娘さんに魔力操作を教えるなんて言ってましたけど、本当に宜しいので? 」
「はい。此方としては願ってもない事です。元首と会うまでの短い間ですが、よろしくお願いいたします」
本人とご両親が求めるなら、これ以上は何も言わないけどさ。
『長よ。あの幼子が心配なら、オレも一緒に教えようか? 』
魔力収納の家で料理とワインを楽しんでいた堕天使のタブリスが、そんな提案をしてきた。
忘れてたけど、天使は皆精密な魔力操作が出来るんだっけか? そして元天使であったタブリスもまた、魔力操作は得意である。
『ありがとう。でもいきなり知らない人が教えると言っても、ソフィアちゃんは警戒するだろう。ここは仲が良いアンネに任せるしかないよ』
何だかんだ言って、俺もアンネに魔力の扱い方を教えて貰ったからな。間違った事は言わないと分かっている。
「では、ライルさん。この後、私の部屋で商談といきますか? 」
「…… えぇ、お手柔らかに願いますよ」
急に商人の顔となったエルマンに、若干ビビりながらも彼の後ろについていく。
さぁ、ここからは仕事の話だ。気を引き締めていかないと、尻の毛まで毟り取られてしまいそうだよ。




