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クレスから連絡があってから数日。俺達はこれといったトラブルもなく首都へと辿り着く。その間にもクレスとは時々連絡を交わしていた。何でも水の勇者候補と出会い、意気投合したとかでやたらとテンションが高かったな。
水の勇者候補か…… 話を聞く限りでは正義感が強いイメージがあるけど、全てはクレスの主観でしかない。レイシアは何があってもクレスについていくだろうし、リリィに至っては興味がなさそう。大丈夫かな? 心配になってきたよ。
エルマンの商会は、自分でそこそこ名が通っていると言っていただけあって信頼も厚く、俺の身元を保証してくれたお陰でそんなに時間も掛けることなく市内へと入れた。
「それじゃ、ここで俺達はお別れだな。機会があったら遠慮なく依頼してくれ。ライルなら安くしておくぜ。つっても、お前には護衛なんか必要ないだろうけどな」
「いえ、この旅の間、色々とお世話になりました。その機会があったなら、是非とも依頼させてもらいます」
「その言葉、忘れんなよ? じゃあまたな! 」
依頼完了の報告の為、護衛してくれていた冒険者達とはギルド前で別れ、エルマンの馬車を先頭に街を進んでいくと、とある一軒の邸に着いた。
エルマンが馬車を下りていくのを見て、俺も馬車を下りていく。
「ライルさん、ここが私の家です。どうです? 商人の住む家としては中々に大きいでしょ? 」
貴族の所有するものよりかは規模は小さいが、それなりに広い敷地に大きな邸。一からこれを建てるとなったら、さぞかし苦労する事になるだろう。それを一代でここまでのものを作ったのだから、エルマンの手腕の高さが見てとれる。
「とても立派な邸なのは分かりましたが、何故ここに? 」
「いきなり元首への面会は出来ませんからね。私の方から色々と手続きを済ませておきます。その間、ライルさん達には私の家で寛ぎながら待っててください」
「いや、それは有り難いのですが…… 本当によろしいのですか? 」
「えぇ、家が賑やかになって妻も子供も喜びますよ」
えっ!? エルマンって既婚者だったの? しかもお子さんまでいるとは…… 何故だろう、同じ商人として物凄く負けた気分になってしまう。
お手伝いさんらしき人にルーサと馬車を預かってもらい、どうぞと嬉しそうなエルマンに案内され邸の玄関を通ると、数人のメイド達と綺麗な女性、それと一人の女の子が出迎えてくれた。
「おかえりなさい、あなた。そちらの方々はお客さんかしら? 」
「いま帰ったよ。ライルさん、紹介しますね。此方が妻のイレーネで、その後ろにいるのが娘のソフィアです」
金髪美人のイレーネに隠れるようにして顔だけ出して、こっちの様子を窺っている女の子が娘のソフィアか。奥さんとは違って髪の色はエルマンと同じ茶色だ。
エルマンが挨拶しなさいと促すけど、ソフィアは初めてみる俺達を警戒しているのか、中々前に出てこない。こんな見た目だからな、怖がらせてしまったかも知れない。
『王に恥をかかせるとは…… いくら子供でも許されん。殺してもよろしいか? 』
ちっともよろしくない。バルドゥイン、頼むから物騒な事はしないで大人しくしててくれ。
『御意に』
まったく、子供相手でも容赦しないんだな。ここまでの旅路でも、何度も護衛してくれている冒険者達を殺しても良いかときいてくるし、どんだけ人を殺したいんだよ。
いや、今はそれより一向に挨拶をしてくれないソフィアに、エルマンが親としての説教が始まろうとしている空気が流れる。子供の躾としては間違っていないのだろうが、いきなりお邪魔したうえに説教までくらう原因にまでなってしまったら、絶対に良い印象は持たれない。
さて、どうするか…… 俺の周りには子供がいないし、前世でもソフィア位の子との関りなんて一切無かったので、扱いに困るんだよな。なんて困惑していると、魔力収納からアンネが出てはソフィアの前に飛んでいく。
「やっほー! こんちは!! あたしはアンネ、見ての通り超絶可愛い妖精だよ! ソフィアちゃんは何歳かな? 」
突然現れたアンネに、ソフィアは初めこそ驚いていたが、段々と目を輝かせ、本物の妖精だぁ! と声を上げて喜んでいた。
「んっとねぇ…… ことしで、ろくさいになったの。ようせいさんは? 」
「あたし? あたしはねぇ~、五千歳以上かな? それ以降は数えるのが面倒になっちゃって分かんないや」
「ようせいさんは、ながいきなんだね! すごい!! 」
先程まで警戒していたのは何だったのか、少し話しただけで子供の心を掴んでしまった。やるな、アンネ。
すっかりアンネと打ち解けたソフィアは、まだぎこちないが俺達にもちゃんと挨拶をしてくれた。
「良く出来たね。偉いぞソフィア」
「えへへ、うん! 」
父親のエルマンに頭を撫でられて、ソフィアはとても良い笑顔を浮かべる。
この後、エルマンは俺達を部屋へと案内して、これからの事を話し合う予定であるが、せっかく帰ってきた父親ともっと一緒にいたいのか、ソフィアが愚図り出してしまう。
なんとも可愛らしい理由なだけに、怒るに怒れないエルマンを助けたのはアンネだった。
「そんじゃ、お仕事が終わるまであたしと遊ぼっか? この家結構広いし、案内してほしいなぁ」
「…… うん! いいよ!! 」
アンネをつれたソフィアが邸の奥に走っていくのを見送ったエルマンが、俺達に向き直り頭を下げる。
「ソフィアの相手をして頂きありがとうございます。仕事とは言え、あの子には寂しい思いをさせてしまい、親として情けない限りです」
親の苦労と悩みか…… 悪いけど、子供もいなければ結婚もしたことがない俺では、掛ける言葉が見当たらないよ。
気落ちしているエルマンの肩にそっと手を添えて慰める妻のイレーネ。そんな二人に俺なんかの言葉は必要ないな…… このリア充め!




