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あの後、無事に朝を迎えて何事もなく林を抜けた。夕方には村に到着してそこで宿を取り、夕食を済ませてエレミアと部屋で一杯やっている時だった。
扉を叩く音が聞こえたので開けてみると、そこにはガストールが立っていた。
「すまないが、今ちっとばかし時間いいか?」
「? はい、大丈夫ですよ」
何だろうか? 別れる前に渡した酒では足りなかったのかな? 俺は不思議に思いながらガストールを部屋へと入れる。
「先ずは礼を言うぜ。ありがとよ、あんときは助かった」
ガストールはエレミアが譲った椅子に腰を掛け、礼を述べた。
あの時とは、ブラックウルフとの戦闘の事だろうか。
「あれはそれほど、さしせまった事態では無かったが大分戦い易かった。お前の力はすげぇよ」
「いえ、俺なんかより皆さんの方が凄かったですよ。戦い慣れていて、とても強かったです」
これは謙遜でもなく、本当にそう思った。やはり経験だろうか、心構えが違う。俺とは違って本気で命を張っている人には敵わない。
「はぁ…… まったく、自分がどれだけ凄い力を持っているのか自覚が出来てねぇ」
「自覚、ですか?」
「その力がスキルに因るものか、別もんなのかは知らねぇし追及する気もねぇ。だがな、忠告はさせてもらうぜ。人前でその力を使うのは控えた方がいい」
「理由を聞いても?」
ガストールは無言でウィスキーの入った酒瓶を掴み、中身をグラスに注ぐ。そして軽く口に含み、飲み込んだ。
「ふぅ…… いいか、あの時お前が使った力は利便性が良すぎるんだ。あんなもん、貴族や軍の連中にでもバレてみろ。骨の髄までしゃぶられて、最終的に戦争行きだぜ。まぁ、お前がどんな手を使ってでも金が欲しいとか、戦争好きなら止めはしねぇけどよ」
ああ…… そうか、そうだよ。この世界では当たり前のように戦争をしているんだった。この魔力支配のスキルは十分に戦争に役に立つ。伝達手段に物資や兵士の搬送、衛生兵の役割も出来る。戦争として考えると、これほど便利で恐ろしい力は無い。
そんなこと、言われるまで考えもしなかった。前世でも、戦争とまではいかなくても、紛争や内戦なんかもあった。でもそれは日本ではなく、別の国での話。同じ世界なのにテレビで見て、まるで他人事のように感じていたのを覚えている。心の何処かで俺には関係ないと思ってた。だから想像も出来なかったんだ、戦争が無いのが普通だと……
「ありがとうございます。ガストールさんのいう通りです。俺には自覚が足りなかった、ただの便利な力だとばかり……」
「まぁ、話を聞けば、長い間エルフの里に居たんだろ? あそこは結界で守られていて平和らしいじゃねぇか。仕方ねぇさ」
よくよく振り返ってみると、この世界の人間社会から程遠い生活だったからな。生まれてから十歳まで館の部屋から出られなかったし、館から出ても、暫く村を転々としていただけ。エルフの里では五年間も人間と接していない。こんなんで良く行商人をやろうと思ったよな俺。
「後、自分のスキルを空間収納にしておきたいなら、人前で馬を収納するのはやめるんだな。やるんだったらもっと上手くやれ」
「…… バレてましたか」
「バレバレだ、馬鹿野郎が。それとお前、俺達が戦闘で受けた傷を治しただろ。あれは駄目だ、ギルドで話した事を忘れたのか? 回復魔術でさえあれほどの大事になったつうのに…… いいか? 余程の大怪我じゃ無い限り、あの力は使うな。グリムとルベルトには口止めはしてある」
ガストールの心遣いには頭が下がる。
「それと、嬢ちゃんも気を付けな」
「え? 私?」
エレミアはまさか自分にも声を掛けられるとは思って無かったようで、困惑している。
「ああ、そうだ。嬢ちゃんの眼は魔道具なんだろ? 眼が見えるようになる魔道具なんか聞いたこともねぇ。俺達は魔術の事はサッパリ分かんねぇし、興味もねぇけどよ。分かる奴には分かるんじゃねぇか? 無理矢理奪いに来る奴もいるかもしんねぇ」
「ええ、分かったわ。もしそんな奴がいたら返り討ちにしてあげる」
「ハハッ! やっぱ怖い嬢ちゃんだな。エルフの誰かがそれを作ったのか?」
う~ん、これも俺が作りましたって言ったら駄目だよな。
「そうね、そんなところよ」
エレミアは軽く暈して答えた。俺が作った事は隠す気らしい。
「そうか、それで良い、長居して悪かったな。また明日からよろしく頼むぜ」
「此方こそよろしくお願いします」
「ええ、よろしくね」
部屋から出ていくガストールを見送り、深い溜め息をつく。
「大丈夫? ライル」
その様子をエレミアが心配そうに見ていた。
「ああ、なんとかね。自分の常識と配慮の無さに呆れ返るよ」
「心配ないわ。ライルは私が守るから」
はは…… 女性にそんな事を言われるなんて、情けないな。もっと考えて行動しないと、俺だけじゃなく周りの人達にも迷惑が掛かる。
『大丈夫だって! どんな奴らが来たって、わたしが全員やっつけてやんよ!』
『我も大分力が戻ってきた。そのような輩がいれば、消し炭にしてやる』
それは不味い! そうならないように細心の注意を払わなければ!




