戦乱の訪れ 2
僕達は日の出と共に馬を走らせ、前線基地へと急ぐ。
幾つもの村と町を越え、襲い来る魔獣や魔物を倒しながらも突き進んだ。そして遂に遠目からテントの立ち並ぶ光景と、人々の影が見えてくる。
「あれが、そうか…… 漸く辿り着いたな」
「うん。あの様子じゃ、まだ戦いは始まっていないようだね」
どうにか間に合ったか。息も絶え絶えなヘングリットさんの為に少し速度を落とし前線基地に入っていくと、一人の冒険者らしき男性に声を掛けられた。
「おっ、あんたらも冒険者か? 何処の国から来たんだ? って、クレスじゃないか。久し振りだな」
あれ? 何処かで見た顔だと思っていたら、インセクトキングの巣穴攻略時にいたグランさんじゃないか。
「お久しぶりです。グランさんも来てたんですね」
「まぁな。冒険者をやってりゃどのみち魔王軍の戦闘は避けられない。だったら自分から出向いて少しでも稼いでやろうかと思ってな。クレス達もそうだろ? 」
「いえ、僕達はお金が目的ではありませんので。魔王軍の侵攻を止められるのなら、それで良いんです」
それを聞いたグランさんは一瞬目を見開いたが、すぐに納得したような表情を浮かべた。
「成る程な。クレス達みたいな奴等も此処には結構いるし、そう珍しい事でもないか。それに、そっちの人はどう見ても戦いに向いていないようだな。学者のようにも見えるが、リラグンドの役人か何かか? 」
やはりグランさんは頭が切れる。これほど共に戦う上で頼りになる人物はいないね。
「クレス達の実力は良く知ってるからな、頼りにしてるぜ。ところで、ライルも此処に? 」
「残念ですが、別件で他所へ行っていますよ。それより、司令部が何処にあるか知っていたら教えて貰えると助かります」
「そっか、そいつは本当に残念だな…… っと、司令部だったか? それならここを真っ直ぐ行けば、それらしいテントが見えてくるから分かるだろ」
「ありがとうございます。それじゃ、僕達はこれで失礼しますね」
「おう、またな。お互い死なないよう頑張ろうぜ」
グランさんと別れ、言われた通りに進んでいくと、一際大きくシュタット王国の旗を掲げたテントが見えてくる。あれが指令部で間違いないだろう。
入り口に立っている兵士に、事情を説明して中に入れてもらう。
中では一つのテーブルを囲い、シュタット王国の軍人達が真剣に話し合っている最中だった。魔王軍がすぐそこまで来ているのだから慌ただしくなるのも仕方ない。
「リラグンド王国からの使者とは君らかね? 」
声を掛けてきたのは、軍服を着た如何にもといった風貌の男性だった。所々髪が白くなり、顔に刻まれている皺が年を感じさせるが、目だけは闘志に燃えている。
きっとこの人が司令官かそれに準ずる立場なのには違いない。ここからは国の技術開発室長のヘングリットさんが対応するのが望ましいんだけれど……
「ひ、ひ、人が、た、沢山…… 」
とても任せられる状態ではないようだね。そんなに苦手ならどうして立候補してまでついてきたんだろうか? ここは僕が代わりにやるしかない。
「はじめまして、僕はクレスと言います。リラグンド王の使者として書状を預かっております」
「それは遠路遙々ご苦労であった。私は総司令官のグレゴリウスだ。別室にてその書状を拝読させて頂こう」
布で隔たれた部屋へと移動し、執務机に着いたグレゴリウス総司令官は、王から預かった書状と目録に目を通す。
「…… 確かに本物のようだ。しかし、君が光の勇者候補だったとは、これでこの基地には二人の勇者候補がいる事になるな」
書状の中身は分からないが、僕が光の勇者候補であるという内容が書かれていたのだろう。しかし読み進めていくうちに、明るかった総司令官の顔色は雲っていく。
「ふむ、ここには援軍と物資を送ると書いてあるが…… ゴーレム兵三百体、魔術師五十名、歩兵が五百名、弓兵が二百名、魔法士が百名、その他食糧に武具等。この目録通りだとしたらとても助かる。しかし戦が開始するまでに間に合うのか? もうそこまで魔王軍が迫ってきているだぞ? 」
僕達でさえギリギリの到着だったし、総司令官の心配も最もだね。
「その点については問題ありません。今日にでも此処へ連れてこれます」
何を言っているんだ? という顔を浮かべる総司令官に、転移魔術について軽く説明し、使用許可を願った。
「これは戦が大きく変わってしまうな。本当にその転移魔術とやらがあるならばの話だが」
これは信じていないな? う~ん、これはまずい。もしかしたら許可が下りないなんて事も? どうやって説得しようかと考えていたら、突然ヘングリットさんが声を荒らげた。
「て、て、転移魔術は! 幾度の改良と実験を繰り返し、既に実用段階まで完成してある! う、疑うなら、その目で、見るといい! こ、古代の失われし魔術が、復活するのですよ!? あ、貴方は、歴史的瞬間に立ち会える機会を、見逃すおつもりか!! 」
総司令官から、この危ない奴は誰だ? と視線で問われたので、軍の技術開発室長であると答える。それを聞いた総司令官はニヤリと笑みを浮かべた。
「ほぅ? 室長自らここまで来るとは…… 面白い、貴様の言う歴史的瞬間という奴を見せて貰おうじゃないか」
想定していた流れではないけど、まぁ概ね予定通りことは進んでいるから良しとしようかな?




