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腕なしの魔力師  作者: くずカゴ
【第十六幕】七人の勇者候補と戦禍の足音
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56

 

 オルトンがエルマンと冒険者達をここから連れて行ってくれたので、これで力を抑える必要は無くなった。


 空中で龍の姿に戻ったギルが、バルドゥインと激しく戦っているのを、ムウナが羨ましそうに見上げている。


「いいなぁ…… ムウナも、ほんき、だしたい」


 最近思いっきり体を動かす機会が無かったからな。ゲイリッヒからバルドゥインに止めるよう命令をしてくれと言われているが、どのみちあんな上空にいられたんじゃ俺の声は届かない。


「ムウナ! この際だから、好きに暴れてこい! 」


「いいの!? 」


 おぉ、嬉しそうな顔しちゃって…… まぁ、ストレスを溜められても困るし、いい機会だと思ってここで発散させてしまおう。


 俺が肯定の意味を込めて強く頷いてやると、それを確認したムウナは勢いよく飛び上がり、みるみる内に体が膨らんで巨大な丸い肉塊へと変貌した。


 空に浮かぶ肉の球体には目と牙が生えた口が幾つも存在し、色は角度や光の具合により違って見える。虹色というより玉虫色と表現した方が正しい。


 ムウナ曰く、自分の世界にいる知り合いにそんな色彩を放つ者がいるようで、格好いいから真似てみたところ、気に入ったらしい。


 その不気味に変わる色合いの巨大な肉塊から、先端が槍の穂先みたいに尖った触手が伸びて、バルドゥインへと迫る。


 〈ムウナめ、気味の悪い色をしてからに…… 化け物具合に磨きがかかったな〉


 複雑な思いのギルを無視して、触手の一本が見事バルドゥインに突き刺さる。するとどうしたことか、突然バルドゥインが苦しみ出した。


『むしのどく、からだに、ながした』


 虫の毒って、もしかしてポイズンピルバグズの出血毒か!? 確か毒に侵された者は体の傷や穴という穴から血が吹き出して止まらないという危険極まりない猛毒だったよな。


 〈ウガァァアアア!!! 〉


 これにはバルドゥインも効いてるようで、目や口や耳から夥しい血が流れ出る。ヴァンパイアにも毒は有効なんだな。いや、それほどにポイズンピルバグズの毒が強力という事か。


 バルドゥインは苦しみ悶えながらも刺された箇所を自ら深く広げ、強引に毒を血液ごと外へ排出する。


 ムウナの容赦ない毒攻撃によって、大量の血液を失ったバルドゥインは息も上り、弱っているようにも見える。このまま押しきれるか?


 と、ここでアンネを閉じ込めていた血の結晶が、小刻みに震えだしたかと思ったら、皹が入り粉々に砕け散った。


「どぉっしゃあ! こんにゃろ~、よくもあたしをこんな汚ねぇもんに閉じ込めてくれたなぁ? もう怒ったかんね!! 」


 とてもご立腹なアンネが、光の翼を生やしたゴーレムで空へと舞い上がり、ビームサーベルを取り出して構える。


 これは…… 今上空で、龍とヴァンパイアにリアルロボットなゴーレムに乗った妖精、それと玉虫色に蠢く肉塊の化け物が争っている光景は、それはもう混沌としていた。


「ひでぇ絵面だな。この世のものとは思えねぇぜ」


「テオドアは参加しないの? 貴方なら隙を見てバルドゥインの魔力を奪えるんじゃない? 」


「馬鹿言うな、誰が好き好んであんな危険な奴等の所に行くかよ」


 エレミアに、あんたも一緒になって戦えと言われたテオドアが、それは勘弁してくれと断る。うん、その気持ちは良く分かるよ。俺だって嫌だ。


「空の戦いはオレ達の領分だが、あれには手の出しようがない」


 タブリスと他の堕天使達も、次元が違う戦闘に何も出来ずに見上げるしかないようだった。


「血の棘に刺された傷は大丈夫ですか? 」


「あぁ、癪だがこの体に救われた。元のままだったら確実に死んでいただろう」


 カーミラによって体を作り変えられたのが幸いするとは、素直に喜べないな。堕天使達は肉体に埋まっている魔力結晶に魂が保護されているので、例え頭を潰されたとしても魔力に余裕があれば再生できる。なので、堕天使達の貫かれた傷は既に塞がっており、誰一人欠ける事が無かったのは素直に嬉しい。


 それにしても、バルドゥインのしぶとさは今まで出会ってきた中で群を抜いている。


 ムウナから毒をくらい、ギルの爪とアンネのビームサーベルに肉体を切り裂かれたとしても、すぐに繋いで治してしまう。奴は不死身か?


 〈こなくそ! 何度もバラバラにしてんのに、どうして死なないのよ! 〉


 〈ぐっ!? おい、羽虫! 我の鱗にその光の刃が当たったではないか!! 〉


 〈あ、ゴメンね~。狙ってやった事だから許して♪ 〉


 〈ほう? 貴様もヴァンパイアと一緒に潰してやろうか! 〉


 はぁ…… 相変わらず仲が悪いな。バルドゥインを仕留められていないのは、そのチームワークの無さも原因じゃないのかね?


 ギルとアンネが軽く揉めている横で、ムウナが腕へと変化させた触手でバルドゥインを叩き付けて地上に落とす。


 もの凄い勢いでバルドゥインが俺たちの近くに落下し、その衝撃で土煙が噴き上がる。


「おっ! やったか? 」


 テオドア、期待しているところ残念だが、まだ生きてるよ。土煙の中で立ち上がるバルドゥインの魔力が俺には視えてるからね。


「今です、我が主よ。この距離ならバルドゥインに声が届く筈です。さぁ、早く止まるようにご命令を! 」


 あ、それまだやろうとしてたのか。まぁこれで戦いが終わるなら、ダメ元でやってみるか。


 俺はバルドゥインに向かい、語尾を強めて言葉を投げる。



「止まれ、バルドゥイン! これ以上、俺の仲間に危害を加えるな!! 」


 怒気を含めた俺の声はバルドゥインに届いたのか、一気に目の前まで距離を詰めて来ては、纏っていた血の肉体を解除した。


「御意に」


 そして何故か膝をついて頭を下げ、ピタリと動かなくなる。


「やはり…… バルドゥイン、貴方も私と同じなのですね」


 いや、ゲイリッヒ? これはどういう事なのか、ちゃんと説明してくれませんかね?



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