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「それでは、本題に入りましょうか」
再び席に着いた王妃様が気持ちを切り替えて話し出す。
「先日、トルニクス共和国にいる私の信頼する者達から、少々気になる報告が入りました。正体不明の魔物が複数、共和国内で目撃されているようです」
トルニクス共和国? それって確かここから北西にある国だったよな? そんな所にまで諜報員を派遣しているのか。
「母上、その魔物は魔王の配下なのですか? 」
「もっと詳しく調べない事にはまだ何とも言えません。ただ、私個人の考えとしては恐らく魔王は関わっていないと思うわ」
「ブフ、何故にそう思われるのですかな? 世界中の魔物は魔王に支配されている筈では? 」
領主の疑問はもっともだ。何を根拠に魔王は関係ないと思うのだろうか?
「その魔物の特徴は、灰色の体躯で岩のように硬い灰色の肌、背には翼を携え、ゴブリンと見紛う程の醜悪な顔。心当たりがあるのではありませんか? 」
魔物の特徴を言い終えた王妃様は、何か確信しているかのように真っ直ぐと此方を見詰めてくる。
おいおい、その魔物には確かに心当たりがあるぞ。でも何でそれを王妃様が知っているんだ?
「有翼人改めて天使の集落については、街にいる天使達に聞いたら簡単に分かる事よ。問題はその魔物が貴方の知るものと同一がどうかなの。実際に見た者は貴方達だけ。どうかしら? 意見を聞かせて頂戴」
天使達をインファネースへ連れてきたのは俺だと言うのは、既に王妃様は知っている。ここは聞かれた事に正直に答える他ない。
「…… 話を聞く限りですが、天使達の集落を襲った魔物、ガーゴイルの特徴と一致していると思われます」
「その魔物はガーゴイルと言うのですね? 他に何か特徴があれば教えてくれませんか? 」
「王妃様は、聖教国が神敵と定めたカーミラをご存知で? そのカーミラは魔物の肉体を材料に、全く新しい魔物を人工的に造り出す術を持っています。加えてその魔物には魔核の代わりに魂を保護した魔力結晶が埋め込まれ、世界の理から外れた存在となっています」
初めて聞くカーミラの所行に、王妃様だけでなく領主とコルタス殿下も息を呑む。シャロットは前以て俺から聞いていたので、王妃達を心配そうに見ていた。
「おい、それが本当ならカーミラは正しく神の敵だ。そんな狂った奴がこの大陸にいるなんて…… 考えただけで虫酸が走る」
「ブフゥ~、教国が神敵と定める訳であるな。世界の理から外れた存在と言ったが、それは魔王の支配も効かぬのであるか? 」
領主のその問いに答えたのはアンネだった。
「そうよ、魔王の支配力ってのは世界のルールに則るもの。既にそのルールから逸脱した存在には効果がないわ」
「妖精の女王であるアンネさんが言うのだから、間違いではありませんね? であれば、共和国で目撃されているガーゴイルらしき魔物は、神敵カーミラの命令で動いている事になります。魔王が魔物を率いて戦争を仕掛けたこの時期に、いったい何を企んでいるのか…… 今はまだ目立った被害はありませんが、放って置く訳にはいきませんね」
王妃様の言う通り、これは見過ごせない。まるで魔王と示し合わせたかのような動きだ。
「しかし、共和国にいったい何があるというんだ? カーミラにとって驚異となるものが彼の国にあると言うのか? 」
「それとも、都合の良い何かがあるのどちらかですわね」
「グフ、何にしても捨て置けぬ問題ではある。王妃様はどの様にお考えでありますか? 」
領主の言葉で皆に注目される中、王妃様はゆっくりと口を開いた。
「先ずはその魔物が本当にガーゴイルか確かめる必要があります。そしてガーゴイルだった場合、共和国と共闘してカーミラの思惑を阻止すべく行動します」
「ガーゴイルで無かった時はどうなさるのですか? 」
「それについても考えてあります。そこでライルさんに頼みたいのですが、この書状をトルニクス共和国の元首に届けてくれませんか?」
はい? 俺が? 何で? 突然の事で戸惑う俺を尻目に王妃様はお構いなく話を続ける。
「この書状には我が国との同盟を打診して頂くよう綴ってあります。例えガーゴイルであってもなくても、共和国と同盟を組みたいと考えています。その使者をライルさんにお願いしたいのです」
成る程、カーミラが暗躍しているのなら、それを阻止しつつ共和国との同盟を。たとえ違っていたとしても無駄足にはならないって訳か。
「私が使者として選ばれるのは、ガーゴイルの姿を見たことがあるからですか? 」
「それもありますが、今はどの国も警戒を高め空気が張り詰めている状態です。そんな所に他国の騎士や貴族が入る訳にはいかないのです。それでもし行方を眩ましでもしたら国際問題にまで発展しかねません。しかし、商人ならどうです? 」
あぁ、そうか。どこぞの行商人が突然姿を消したとしても、国にとってはそう大した問題になる訳じゃない。
「ライルは死んでも構わないと言うの? 」
げっ! エレミアさん、王妃様になんつう殺気をぶつけてんだよ。ほら、殿下が臨戦態勢を取ってるぞ。
「誤解しないで頂戴。彼はインファネースになくてはならない存在だと私も思っています。先程のはただの建前、本音を言うのなら、必ず生きて戻ってくると確信しているから頼んでいるのです。そう、貴女のように彼を命懸けで守ろうとする者が周りに沢山いると知っていますので」
捨て駒にするつもりはないと聞いて、エレミアが駄々漏れの殺気を引っ込めると、殿下の方から息を吐く音が聞こえてくる。良く見たら顔には冷や汗が浮かんでいた。
「それに、ライルさんには他種族や妖精をインファネースに引き入れたという実績がありますので、私も信頼して送り出せるのです。商人として相手の懐に潜り込むその手腕、共和国でも存分に発揮して頂きたいの。勿論謝礼は致しますよ」
そうだな…… 元々カーミラが絡んでいる可能性があるのなら向かうつもりだったし、王妃様からの謝礼もある。断る理由が見当たらないね。




