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馬屋で赤茶色と白色の斑模様の馬を買った。穏やかで優しい性格をしている――魔力念話で意思の疎通を図り、気が合う馬を選び購入した。
馬屋の主人が言うには大人しすぎて売れ残っていたみたいで、心配していたらしい。俺はこの馬をルーサと名付けた、ちなみに雄である。ついでに手綱と鞍もここで購入した。
誰も見ていない所でルーサを魔力収納の中に収納して、冒険者ギルドに向かう。
「なんで、冒険者ギルドに行くの?」
「依頼を発注する為だよ。俺達は港湾都市の場所も方角も分からないから、護衛を兼ねた道案内を頼もうかと思って」
誰かに道を聞いて行くのも良いけど、それだと迷ってしまう恐れがある。多少お金が掛かってもいいから確実な方法をとりたい。
そんな訳で、盾の前に剣と槍が交差する絵が描かれた看板を掲げている大きなレンガ造りの建物に到着した。中に入ると、商工ギルドのように奥にカウンターが有り、入口とカウンターの間には丸テーブルと椅子が幾つも置かれていて、屈強な男達や少ないが女性も混じって席に着き、食事や談笑をしている。俺達が入ってきた瞬間ジロリと一斉に睨み付けてはまた戻す。
こ、こえ~…… これが冒険者か、軽く睨まれただけで身震いしてしまった。流石、日常的に命を張っているだけの事はある。
「どうしたの? こんな所で止まってないで、早く行きましょう」
エレミアには彼等の威圧は効かなかったようで、キョトンとしている。 胆が据わっているのか、慣れているのか、何れにせよ羨ましい限りだ。
カウンターを目指し歩いていると、一人の男性が話し掛けてくる。頭には髪が一本も生えてなく、顎には不精髭を蓄え、こめかみから頬にかけて、刃物で出来たと思われる切り傷が出来ていた。全体的に筋肉質で革鎧を着ているので冒険者だと思う。それにしても、いかにもな悪人面をしている。
「よう、調子はどうだ? えらく美人な女を連れてんなぁ」
ニヤニヤしながら近付いてくる男性にエレミアは警戒の色を強くした。
「ハッ、随分と男前な顔してんじゃねぇか。ん~、よく見たらおめぇ、腕がねぇのか? ハハハ! こりゃスゲェ! よく今まで生きてこれたな? なあ、その体で転んだらどうすんだ? そこの美人な嬢ちゃんに優しく起こして貰うのか? 羨ましいなぁ、ええ、おい」
「…… なら、貴方も同じ体にしてあげましょうか?」
剣の柄に手をかけて、エレミアの感情を表したかのように義眼に刻まれた模様が力強く光出した。彼女の本気の殺気に当てられ、周りの冒険者達も色めき立つ。
「おいおい、危ねぇ嬢ちゃんだな。冗談だって、本気にすんなよ」
「私、笑えない冗談は嫌いなの」
ここで問題を起こすのは不味いな、何とかこの場を丸く収めたい。暴れたって何一つ得な事はないからね。
「エレミア、気持ちは有り難いけど、ここで暴れるのは我慢してくれないかな?」
「…… ライルがそう言うなら、今は我慢してあげる。次はないわよ」
渋々だけど、エレミアは剣から手を放すが、今も男性を睨み付けたままだ。
「おお、怖い怖い、冗談が通じねぇと世の中上手く渡れねぇぜ」
男性は臆すること無く、不敵な笑みを浮かべながら不精髭を擦っている姿は余裕さえ感じる。
「ご面倒をお掛けしました。俺はライルと言います、何かご用ですか?」
「えらい丁寧な口調だな、俺はガストール。初めて見る顔だったんで挨拶しただけだ。お前まさか冒険者登録をしに来た訳じゃねぇよな? だったら止めとけ、そこの嬢ちゃんは大丈夫だろうけどおめぇは直ぐに死んじまうぜ」
「お気遣いありがとうございます。でも、俺は商工ギルドに登録したので大丈夫です。ここへは依頼をしに来ました」
ガストールは興味深そうな顔で此方を見詰め、軽く息を漏らした。
「なんだ、商人か。依頼の発注なら一番カウンターだぜ」
「ご親切にどうも、それではこれで失礼します」
教えて貰った一番カウンターに向かおうとしたら、何やら入口が騒がしくなってきた。何だろうと思い様子を伺うと、三人の冒険者らしき人達が入ってきた。
若い男性一人に若い女性が二人の三人パーティーのようだ。男性は金髪で耳が少し隠れる位の長さ、前髪を軽く横に流している。背は高く、顔は整っていて爽やか系イケメンって感じだな。
女性の方は銀髪のセミロング、美人だが眼が鋭く気が強そうなイメージがする。白を基調とした鎧に金の装飾を施し、盾と剣を携える出で立ちは、まるで騎士のようだ。
もう一人の女性は青い髪のショートヘア、黒いローブを身に纏い、杖をつく姿はいかにも魔法使いと言った感じだ。眠そうな眼をしている顔は幼く、俺と歳がたいして離れていないように見える。
「チッ、戻って来やがったか」
他の冒険者達に囲まれている三人を、ガストールは苦々しい顔付きで見ていた。
「有名なんですか? あの人達は」
「あ? ああ、冒険者の間では有名だな。冒険者になって、僅か一年でゴールド級まで上り詰めた逸材だ」
「はぁ、ゴールド級? ですか」
それがどれだけ凄いのか、情報が無くてよく分からない。
「ピンとこねぇか? 冒険者にはカッパーから始りオリハルコンまで、七つの判断基準がある。名前に使われている金属の価値が高いほど冒険者として優れているって訳だ。ゴールド級は上から数えて四番目だな。因みに俺はあいつらより一つ下のシルバー級だ」
成る程、冒険者にはランクが有り、それで優秀かそうでない者を区別しているのか。一年でゴールド級になるのは凄い事のようだ。
「あの金髪の優男がクレスって言ってな、一年前にギルドに登録した期待の新人だ。剣と魔法の腕が相当強い。俺が集めた情報によると、光の魔法スキルを持っているらしいぜ」
ペッと床に唾を吐き捨てるガストール、何か嫌な思いでもあるのだろうか?
「それより、周りの二人がやべぇ。あの鎧を着た女はレイシア・アイズハート、聞いたことねぇか? あの騎士の名門、アイズハート家のご令嬢様だ。何でもクレスの心意気に惚れ込んだの何だのと言って、一緒に行動しているらしい。そしてあの黒いローブの女、リリィだ。全属性の強力な魔術をその身に刻み、新しい魔術を生み出す、魔術界の異端児と呼ばれている」
「異端児? 何故そんな呼ばれ方を?」
「回復魔法のスキルは知っているよな?」
当然のようにガストールは聞いてくるが、首を傾げたまま動かない俺を見て目を見張る。
「マジかよ、どんだけ物を知らねぇんだ? いいか、回復魔法つうのは、教会に属する神官にのみ授かる事が出来るスキルだ。薬以外で怪我や病気を直す事が出来るのは神官だけ。それがあいつらの強みであり、誇りでもあった。だけどな、あの女は創っちまったんだよ。怪我や病気を直す魔術を、回復魔術ってやつをな。今まで神官しか使えなかった神の奇跡ってやつを、あの女は人の力で再現しちまった。神官と魔術師の溝が修復出来ねぇ程に深まったのは簡単に想像出来るだろ? まぁ、幸いに回復魔術の術式は複雑過ぎて創った本人以外に理解は出来ねぇみたいで、本人以外では術式を刻めなくてな。回復魔術を刻んで貰おうとあの手この手で近寄って来る輩が多いと聞くぜ。何でクレスと一緒にいるのかは知らねぇ」
へぇ、世の中には凄い人が沢山いるんだな。それにしてもこのガストールって人は見た目と口調が悪いだけで以外と聞いた事を答えてくれるな。ん? ガストールがこっちをチラチラと見ている…… ああ! そう言うことか。 俺は木の腕を操り、銀貨を三枚ガストールに渡した。
「へへっ、わりぃな。催促しちまったみたいで」
「いえ、貴重な情報ありがとうございました」
インターネットもテレビもラジオさえ無いこの世界では情報は極めて貴重なものだ。情報料を求めるのは間違ってはいないし俺も為になったので、払うのに抵抗は無い。
「話の分かる奴は嫌いじゃないぜ」
「俺も目的が分かりやすく、ハッキリとしている人は嫌いでは有りませんよ」
「ハッ! 言うじゃねぇか。所で依頼をしに来たと言っていたな? どんな依頼なんだ?」
「何故貴方がそんな事を聞くの?」
まだ警戒しているのか、エレミアが俺の前に出てガストールを睨み据える。
「なに、その依頼を俺が受けてやってもいいぜ。金払いの良い奴は好きだからな」
そう言うことなら話してみるか。
「レインバーク領の港湾都市への道案内と護衛を依頼しようと思ってます」
「おっ! そこなら行った事がある。丁度この町から出ようと思っていた所だし、どうだ? 安くしてやるから、雇わねぇか? 信用出来ねぇってんなら、ギルドを通して指名依頼にすれば良い」
う~ん、そうだな…… こういう人は金さえきちんと払ってれば裏切る可能性は低いと思う。それに正式な依頼なら彼も下手な事は出来ないはず。
「分かりました。雇わさせて頂きます。ガストールさんは一人ですか?」
「いや、あと二人仲間がいる。よろしく頼むぜ」
エレミアはかなり不服そうだが、このガストールという人物は冒険者としてかなりの経験を積んでいると感じた。実力は確かだと思う。
「貴様!! そこで何をしている! 今、その者から金を巻き上げたな!」
話が纏まりかけた時、突然騎士を思わせる格好をしたレイシア・アイズハートが怒鳴り声を上げ、此方に向かって来ていた。
は? なんだ? 何だか面倒なことになりそうな予感がする。




