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腕なしの魔力師  作者: くずカゴ
【第四幕】ゴーレムマスターと人魚族の憂鬱
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1

 

 グラント達を見送った後、俺とエレミアは商工ギルドに来ていた。


「これからどうするの?」


「ギルドに俺が持ち込んだ商品を買い取って貰って、旅費を工面しようかと思ってね」


「直接、店には売らないの?」


「何の実績もない商人から買ってくれる店はないよ。だから先ずはギルドに卸して、その商品が良いものだとギルドに認めて貰えれば、持ち込んだ商人の信用にも繋がるし、これが最適だと判断したんだ」


「ふ~ん、なんかめんどくさいね」


 ギルド内に入り、端のカウンターに並んで暫く待つと俺達の番になった――今回はエレミアも一緒にいる。


「商工ギルドへようこそ。本日はどのようなご用件ですか?」


 昨日とは違う受付の女性がマニュアル通りの挨拶をしてくる。


「持ち込んだ商品を見てもらいたいのですが……」


「ギルドカードを確認しますので、此方へ…… はい、確認しました。ライル様ですね、持ち込み商品の査定と買い取りで宜しいでしょうか?」


「はい」


「丁度部屋が空いていますので、ライル様の右手奥にある二番の部屋へお越し下さい」


 受付の女性に言われた部屋に行き、エレミアが扉をノックすると中から「どうぞ」と男性の声で返事が帰ってきた。

 部屋の中に入ると中央には四角いテーブルがあり、それを挟む形にソファーが置かれている。片方のソファーには丸眼鏡を掛けた壮年の男性職員が座っていた。男性職員は此方を確認すると、席を勧めてくる。


「どうぞ、お掛けください」


「失礼します」


「し、失礼します」


 男性職員は俺とエレミアがソファーに座るのをは見届けた後、口を開いた。


「本日はどの様な商品をお持ち頂けたのでしょうか?」


 魔力収納から商品を取り出し、一つずつ説明しながらテーブルの上に置いていく。男性職員は静かに耳を傾け、商品を見定めている。


「以上でよろしいですか? では、査定を始めます」


 小さなグラスにワインとブランデーを注ぎ、匂いと味を確かめて、次に胡椒、味噌、醤油を査定し終わり、次は回復薬を査定するのだけど、じっと見ているだけで何もしない。だけど、男性職員から眼鏡に魔力が送られているのが視える。疑問に思っていたら、それに気づいた男性職員が教えてくれた。


「この眼鏡は魔道具なんですよ」


「魔道具、ですか?」


「はい、簡易的な鑑定が出来る魔道具なんです。まぁ、分かることは名前と品質ぐらいですけど」


 へ~、そんな魔道具も有るのか。それって魔術で世界の記憶から知識を引っ張って来てるんだよな? 名前と品質が分かるだけでも凄い事だ。


「お待たせしました。 ワインとブランデー、胡椒と回復薬は買い取れますが、此方の味噌と醤油は残念ですが今回は見送りという形にさせて頂きます」


「は!? なんでよ! どうして買い取ってくれないの?」


 自分の里の物を拒絶されたと思ったのか、エレミアが納得いかないと声を荒らげた。だけど男性は慣れた様子でエレミアを宥める。


「まあ、落ち着いてください。何もこの調味料が不味いという訳ではありません。ただ、一般的ではなく、周りに売るのは難しいと判断致しました。珍しすぎて需要がほぼ有りません。利益に繋がる事が難しい物は買い取りを拒否させて頂いておりますので、何卒ご容赦下さい」


「じ、じゅよう?」


 疑問符を浮かべ、戸惑っているエレミアに、俺は簡潔に教える。


「誰も知らないから、誰も求めてくれないって事だよ」


「そ、そう…… じゃあ、皆に知って貰わなくちゃいけないわね。それはギルドに頼めないの?」


 その問いには男性職員が答えてくれた。


「それは難しいですね。何分この調味料については知らない事だらけでして。安全性を証明、確認しなければならないので、直ぐに手を出すことは出来ません」


 まだ何か言いたそうなエレミアを落ち着かせ、商談を続行させる。


「味噌と醤油以外は買い取って貰えるんですね?」


「はい、どれも高品質で素晴らしい品です。 是非とも買い取らせて頂きたいですね。それで、いくらでお譲りして頂けますか?」


 さて、ここからが正念場だ。この町の市場価格は大体は把握したが、不安は拭えない。下手な金額をつけると舐められてしまう、高過ぎず、安過ぎず、適切な値段設定をしなければ。


「ワインはその瓶一本で三千リラン、ブランデーは七千リランで、回復薬は二千五百リラン、胡椒一壷五千リランでどうですか?」


 回復薬と胡椒は品質が良いので市場価格よりも高く設定して、酒に関してはこれぐらいだろうと思う価格よりも高めにした。さて、どう反応する?


「なるほど…… 此方と致しましては、ワイン一本千五百リラン、ブランデー四千リラン、回復薬千リラン、胡椒三千リランでお願いしたいのですが」


 こいつ、やっぱりそう来たか。こっちが怒らない程度に値段を下げて、そこから値段交渉に入るつもりだな。まぁ、素人の俺の考えは相手に筒抜けだろう、このまま続けたら一般価格よりも安く買い叩かれてしまう恐れがある。


「いくらなんでも、それは安過ぎると思うのですが?」


「そうですか? 其方も少し高額かと思われますよ」


 そこからは細かく値段を刻みながら交渉していき、ワイン千八百リラン、ブランデー五千五百リラン、回復薬千五百リラン、胡椒三千五百リランで止まった。


「これ以上はもう難しいですね。まだ粘るおつもりなら、この話は無かったことにしますが?」


 う~ん、どれも市場価格ギリギリだ。この野郎、品質が良いと理解したうえでこんな値段つけやがって、里のエルフ達の為に妥協はしたくない。仕方ない“あれ”を出すか……


「すいません、実はもう一つ見て頂きたい物があるのですが」


 そう言って俺はテーブルの上に“それ”を置いた。


「ん? それは、蜂蜜ですか? 確認しても?」


「はい、どうぞご確認下さい」


 男性職員は蓋を取って蜂蜜を一匙、手の甲に滴らし舐めると、勢いよく立ち上り目を見張った。


「こ、これは!? 濃厚なのにくどくない甘さ、そしてこの鼻に抜ける様々な花の香り。この蜂蜜は、間違いない。 五年前に貴族のお嬢様方に流行った幻の蜂蜜! 何故貴方が……」


 五年前、行商人のハリィから貴族達から大好評だと聞いていたけど、今じゃ幻と言われているのか。


「どうです? 此方がいま提示している値段で決めてくれるのなら、この蜂蜜を一瓶二万リランでお譲りしますよ」


「何だって!? これ一瓶二万!? ちょっと待って下さい、他にも蜂蜜があるのですか?」


「はい、同じ大きさの瓶であと十五個あります」


「そ、それをすべて、二万で?」


「お譲りします」


 それを聞いた男性職員はソファーに深く座込み、眉間に皺を刻みながら俯き思案に耽る。おそらく彼の頭の中で利益計算が素早く行われているのだろう。やがて計算が完了したのか、顔を上げた。


「分かりました。其方が今、提示している金額で買い取りましょう」


 良し! 少しだけど何とか一般価格よりも高く売る事が出来た。端から見たら損しているように見えるだろうけど、蜂蜜の元手はかかってないので、まる儲けである。


 約束通り、お酒と胡椒、回復薬と蜂蜜を売り、その金で小麦粉と砂糖を出来るだけ多く買った。塩はこれから行く港湾都市で手に入れようと思い購入しなかった。


 取引も終わり、お互いに握手を交わす――木の腕を操り握手をしたのだが、男性職員は何も動じない。


「驚かないんですね?」


「貴方の腕の事ですか? こういう仕事をしていると、様々な人に会います。そんな事で一々驚いていたら、商売になりませんよ」


 男性職員は不敵な笑みを浮かべ、俺達を見送った。


 満足しながらギルドを出るがエレミアは疲れた顔をしていたので、気分でも悪いのか? と尋ねたら、


「私には商人は無理だと分かったよ」


 と、力無く答える。


「お金も手に入れたし、これから港湾都市に向かうの?」


「いや、馬を買おうと思う。やっぱり馬車無しで旅をするのは怪しいからね、行商人ならなおさらだよ」


 馬車は自分で作れるから買わなくも大丈夫――馬車の構造は俺のスキルでこの町にある馬車を調べて把握してある。


 馬を買ったら、次は冒険者ギルドだ。

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