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街の大工とドワーフ、それとゴーレムを操縦する妖精達の働きで、外壁の建設は驚く程早く進められていく。土魔法を駆使すればこんなに工事がスムーズになるのか。やはり魔法ってのは便利なものだね。
魔王のせいで魔物が活発化しているので、現場の護衛には冒険者を雇い、神官騎士の皆さんも街の為ならばと快く協力してくれている。
昼と夕方には、南商店街と西商店街の合同ボランティアとして料理の提供を始めた。
「良い光景ですわね。戦争の対策じゃなければ素直に喜べましたのに…… 本当に残念ですわ」
街の住民が大鍋で調理をし、神官の人達が配膳をする。街の皆が一丸となって働く様子を、視察に来たシャロットと共に眺めていると、徐にそう言葉を漏らしていた。確かに、これが戦時中じゃなければ微笑ましい光景なのに。
「王都にいる領主様から連絡は? 国の方針は固まったんですか? 」
「いえ…… お父様の話では難航しているようですわね。特に貴族派の方々が代案も出さずに、あれこれと難癖をつけるだけで一向に進まないと、疲れた声で仰っておりました」
あぁ…… それはさぞ気疲れしているだろうね。進まない会議ほど苦痛な時間はない。シャロットもその事については身に染みているのか、領主にひどく同情的だった。
こんな事態にも関わらず、己の利権ばかりを主張してくる者は必ず一定数はいるものだ。それが今回は貴族派の連中だったという事だけ。
まったく、異世界でも政治の場は欲望と陰謀が渦巻く魔窟なのは変わらないようだ。国を生かすより自分を生かす事の方に重きを置こうとするのは分かるが許容は出来ない。
「例えどんな結論に至ったとしても、わたくし達の為すべき事は変わりません。この戦争での犠牲者を、一人でも多く救えるよう準備を整えるだけですわ」
そう言って懸命に作業している者達を見つめる瞳には、確固たる信念を思わせる力強い光が宿っていた。
「戸締まりは大丈夫ね? それじゃ、行きましょうか」
まだ日も沈みきっていない時間、余所行きの服を着た母さんが店から出てくる。
今日は少し早めに店を閉めて、たまには皆で外食しようという話になり、今話題の東商店街にある人魚達が営む料理店に向かう。
世界が戦争一色になってしまったら、こういう家族サービスが出来る暇はなくなるだろう。今の内に親孝行しておかないと、また前世と同じように後悔する日がくるかもしれない。
お魚楽しみだね! と、母さんと手を繋いでいるシャルルとキッカが楽しそうに笑う。その姿を後ろから眺め、素直に羨ましいと思った。俺には手を繋ぐ腕がないから…… 魔力支配のお陰で、両腕が無くても生活する分には支障ないのだが、こうした小さな事でふと寂しく感じてしまう。
「あの、私も一緒でよろしかったのでしょうか? 」
アグネーゼが遠慮がちに聞いてくるので、気持ちを切り替えて微笑みを向ける。
「勿論、良いに決まってますよ。シャルルとキッカにとって、アグネーゼさんはお姉さんの様なものですからね」
その言葉に安心したのか、アグネーゼは表情を緩めてホッと息をつく。
あまり大人数で行くと店の迷惑になるので、今回のメンバーは俺とエレミア、母さん、シャルルとキッカ、アグネーゼにアンネ、それとムウナもいる。
ギルは一人で酒を飲む方が良いと言い、ゲイリッヒはそれに付き合う形で魔力収納の中に。オルトンは、家族団欒の時間を邪魔してはいけないと遠慮して教会にいる部下達の所に行き、堕天使のタブリスは配達の仕事が終わった仲間と酒場へと繰り出している。
皆気を使ってか、出来るだけ家族だけで過ごせるようにしてくれているのが分かり、少し嬉しくなる。まぁ殆ど血の繋がりは無い者ばかりだけど、実際の家族以上に家族していると思う。
「いらっしゃいませ!! 」
店に入るなりエプロン姿の人魚が元気よく迎えてくれる。店内も客の声で賑わっているし、繁盛しているみたいで羨ましいよ。
「予約していたライルです」
「えぇ、承っています。お席へ案内しますね! 」
水の輪っかを腰に巻き付け、宙を泳ぐ人魚の店員に二階の個室へと案内される。お座敷ではないけれど、皆で座れるぐらいの広さはあるテーブル席に着き、各々渡されたメニューに目を通す。
さて、ここは魚料理がメインだから…… 焼酎より清酒だな。そうなると刺身や天ぷらが良い。
「私は魚介のパスタにしようかしら」
「ぼ、ぼくは天丼っていうので…… 」
「良いわね。じゃあ私もそれで! 」
母さんやシャルルとキッカを見ていたアンネが俺を見てニヤリと笑った。
「先ず最初に何を飲むかを考えるなんて、ライルは根っからの飲んべえだね」
「それはアンネも同じだろ? 」
「まぁね! そんじゃ、あたしは鍋でもつつきながらデザートワインでも飲もっかな? 」
おい、せめて店で出している物を注文しなさいよ。酒の持ち込みなんて御法度だぞ。
「それにしても、どうして急に皆で外食しようなんて言い出したの? いや、別に不満があるとかじゃなくて」
肉が無いと多少気落ちしているムウナの頭を撫でているエレミアが、不思議そうに聞いてくる。
「店が暇だったからというのもあるけど…… ね」
曖昧な返事で言葉を濁す俺に、エレミアは少しだけ首を傾げるが、それ以上は何も聞かずにメニューに目を移した。
今日は前世でいう十二月二十四日に当たる。つまりはクリスマスイブだ。俺はクリスチャンではないし、ましてやここは異世界。余所の宗教行事を思い出して何となく提案しただけなんて、口には出しづらいよね。




