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「親方! どうでした!」
採掘場の入り口まで戻ると採掘準備をしていた坑夫達が集り出してきた。
「ああ、俺とガスタルで確認した…… 間違いなくミスリルの鉱床だった。まだ、ミスリルはこの山に残ってたぞ!」
グラントが力強く断言する。坑夫達は一拍置いた後、嵐のような歓声を上げる。天に向かって雄叫びを上げる者、お互いに抱き合い喜び合う者、大声で泣き叫ぶ者、下を向き声を詰まらせて泣く者と様々だ。
「父さん……」
ずっと待っていたのか、目を赤くしたサーシャがグラントにゆっくりとした歩みで近づいていく。
「母さんは、間違ってなかったんだね」
「ああ、そうだ…… あいつは正しかった。あいつの言う通り、ミスリルはあったんだ」
二人は抱き合い、感涙にむせんでいた。
「お前ら! 準備は出来ているな? 午前中にレールを敷いて、午後から掘りまくるぞ!!」
ガスタルの号令でそれまで喜び騒いでいた坑夫達が瞬時に行動を開始する。 流石プロだなと感心していると、
「それじゃ、行ってくるからお前はアマンダの所で待ってろ。 これから忙しくなるぞ…… ライル! お前にも後で用があるから勝手に町から出るんじゃねぇぞ!」
グラントはそう言って、ツルハシを担ぎ坑夫達と一緒に奥へと入っていった。
俺達はアマンダの所へ戻り、ミスリルが確認出来た事を伝えるとアマンダは「そうかい」と、ひと言だけ漏らし厨房へ引っ込んで行く。 でも俺は見逃さなかった、彼女の目に涙が燦然と浮かんでいたことを。
「ありがとう、ライル。 これでこの町は蘇るわ。 昔のようにはなれないけど、やっと家族で過ごせる。 やっと…… 」
サーシャは窓から寂れた街並を眺めながら、小さく微笑んでいた。
その後の坑夫達は怒涛の勢いで働き出した。 昼食は交代で取り、飯を勢いよくかっ込んでは直ぐに持場へ戻っていくその姿は充実感に満たされているように感じさせる。
「懐かしいね。昔を思い出すよ」
忙しく動き回る坑夫達を眺め、アマンダは優しい眼差しでそう呟いた。
忙しなく働く様は日が落ちるまで続き、アマンダの宿屋には満ち足りた笑顔で酒を呑む坑夫達がいる。皆疲れている筈なのに、そんなものを微塵にも感じさせない程に明るく、大声で笑い合っている。すると俺の前で呑んでいるグラントが姿勢を正し、此方を凝視した。
「ライル、あの時はすまなかったな。怒鳴っちまって」
グラントの言うあの時とは、俺がミスリルを発見したと報告した時だろうか。
「いえ、それは仕方ない事です。 俺も覚悟の上で伝えたので、そんなに畏まらないでください」
それを聞いてホッとしたのかグラントはグラスに入っている酒を一気に喉へ流し込む。
「俺はな、悔しかったんだ…… ずっとミスリルを求め掘り続けていたのに、昨日今日来た奴にあっさり見つけられちまって、下らねぇ意地を張っちまった。ミスリルが見つかりゃ何でもよかったのにな…… ありがとよ。お前は俺達の、この町の恩人だ。昔のこの町は活気が溢れていて、人も沢山訪れていてな。今思えば夢のような毎日だった。だから寂れていく町を見て、ああ夢が覚めちまったんだなって思ってよ。もう一度、あの夢が見たかったのかも知れねぇな。お前のお陰で新しい夢が見れる。いつ覚めるか分からねぇけど、そん時はまた別の夢を追うさ。だから…… 新たな夢を、ありがとう」
そう言ってグラントはグラスに酒を注ぎそれを掲げると、周りの坑夫達も一斉にグラスを掲げた。
「俺達の、夢のある未来に!」
――乾杯!!!
◇
今日、この町はいつもと違う朝を迎えていた。席に着き、朝食を食べている坑夫達の顔は活力に満ちていて、生き生きとしている。
「おう! ライル! やっと来たか」
二階から降りて席に着くと、朝食を終えたグラントが待っていた。
「おはようございます。どうしたんですか?」
何なんだろうと尋ねてみたら、グラントは無言で金属の塊をテーブルに置く。
「これって……」
「ああ、製錬したばかりのミスリルだ。 これをお前にやろうと思ってよ」
「え!? いいんですか?」
鈍い銀色に光る塊が三つ、この量なら総ミスリル製の剣が二本は作れるな。
「全然問題はねぇよ、掘ればまた沢山手に入るからな。俺達からの礼だ。受け取ってくれ」
「そ、そうですか。 それじゃあ、遠慮なく。ありがとうございます」
ミスリルを収納して朝食を食べ始める。まだ用があるらしくグラントはそのまま話し掛けて来た。
「お前達はこの後、別の町に向かうのか?」
「はい、そのつもりですが?」
「実はな、ミスリル鉱石がまた採れ始めた事を王都に伝えなきゃなんねぇんだが、ここじゃ手紙は遅れねぇからサーシャが今住んでいる町に行こうかと思ってよ。お前ら馬車を持ってねぇだろ? ついでだし、一緒に行かねぇか?」
それは有り難い。近くの町まで案内してくれると同じだから迷わずに行けるのは助かる。
「是非、お願いします」
「よし! それじゃあ、色々と準備があるから、飯を食い終わったら門の所まで来てくれ」
力強く席から立ち上り、グラントは出ていった。この町で俺が何かする必要はもうないだろう、後はここの人達が頑張ってくれる。
「やっと次の町に行けるね。ここと違って人間が沢山いるんでしょ? ちょっと楽しみだな」
エレミアはウキウキと心を浮わつかせている。ちゃんとした人間の町は初めてだから気持ちは分からなくもないが、はしゃぎ過ぎないでくれよ。
朝食を食べ終えるとアマンダにお礼と別れの挨拶をして、町の門へと向かった。ひび割れた石造りの家が建ち並ぶ閑静な町を歩く。 近い将来、この家達も修復されて新しく人が住み始めるのだろう。 もしくは出ていった人達が戻ってくるかもしれない。
様々な店が出来て活気付く町並みを思い描きながら進んでいると、門と馬車が見えてきた。その近くにはグラントとサーシャの姿が見える。
「お待たせしました」
「おう、準備はいいな? 出発するから馬車に乗ってくれ」
そんなに大きな馬車ではなく馬は一頭だけ、上部と側面を丈夫そうな幌で覆っている。所謂、幌馬車と言うやつだ。 後ろから乗り込むと、すでにサーシャが乗っていた。
「ここから約二日程かかるから、それまでよろしくね」
「はい、よろしくお願いします」
「よろしくお願いするわ」
挨拶が済むとグラントが御者台に乗り、鞭を振ると馬が軽く嘶き馬車が動き出した。ガタガタと揺れる馬車の中で俺は尻が痛くなったことを思い出して魔力収納からクッションを取り出す。
着られなくなった服の布を使い、中に綿を入れただけの物だけど無いよりは余程ましだ。フフフ…… 同じ過ちは犯さない、失敗から学ばない奴に未来はないからね。
「それいいわね、私にも頂戴」
「あ! 私にもお願いね!」
しまった! 材料の都合で二つしか作っていない、俺は泣く泣くクッションを譲り、尻に大ダメージを負う覚悟を決める。
同じ過ちは犯さない。この失敗から学び、多目にクッションを作ろうと俺は心に誓った。




