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予想外のハプニングはあったが、無事にミスリル鉱石を入手する事が出来た。 後はこれをグラント達に見せてここまで案内すれば彼等の願いが叶う。
「大丈夫かな? またあいつらが襲ってこない?」
確かに、エレミアが心配しているように大百足達が坑夫達を襲ってきたら採掘どころじゃなくなる。
『大丈夫ではないか? どこかに巣でもあるのやも知れぬが、ここで殆ど始末したので、暫くは大人しくしておるだろう』
ギルが言うのなら大丈夫だと思うけど、坑夫達に大百足の巣が近くにあるかも知れないとも伝えておこう。
「ねぇねぇ、ライル! どうだった? わたしとエレミアの協力技! バッチシ姿勢が決まっててカッコよかったっしょ!」
魔力が補給されて元気になったアンネが自慢気に聞いてきたが、あんな光の中でポーズを決めたところで、眩しすぎて見えやしない。
「ごめん、眩しくてそこまで見えなかった」
「な、なんですとー!? 徹夜で考えたんだぞー! ちゃんと見ろよ!!」
そんなこと言われたって仕方ないだろ、見えないものは見えないんだから。
「でも驚いたよ。 いつの間にあんな技を?」
「ライルが寝ている間にね。殆どはアンネ様のお力だけど、でもあの姿勢は恥ずかしかったかな。 見えなくて良かったよ」
エレミアが恥ずかしがるポーズ…… ちょっと見てみたかったな。
俺はミスリル鉱石をある程度収納して、アンネの精霊魔法で空間を繋いで町まで一気に戻ってきた。 もう夜も遅く、アマンダが営んでいる宿屋はひっそりとしていたので、足音をたてずに二階の部屋へ行き、ベッドで休んだ。
◇
翌朝、坑夫達が宿屋に集って朝食を食べている。俺も朝早くに起きて彼らの中に加わっていた。 目の前にはグラントとサーシャが食事をしているが、昨日と違って穏やかな雰囲気だ。お互いの心の内を晒した事で少しは分かり合えたのだろう。
しかし、サーシャの顔は晴れやかではない。それもそうだ、お互いの気持ちが分かった所で現状は何も変わらないのだから。この後、彼らは不確かなミスリルを求めて山を掘り、また手ぶらでここに戻ってくるのだろう。
でも、そんな日々も今日で終わる。ミスリルはある、見つかったんだ。その事を伝える為、朝食を終え席を立とうとしているグラントを呼び止めた。疑問符を浮かべながらグラントが席に座り直したところで俺はミスリルを探し当てた事を伝えた。
「は? 何言ってんだ? はぁ、真面目な顔して呼び止めるもんだから何かと思えば…… わりぃけど俺達はそんな笑えねぇ冗談に付き合ってやるほど暇じゃあないんでね」
そう言って再び席を立とうとしているグラントに俺は昨日採取したミスリル鉱石を取り出してテーブルの上に置いた。
「ん? なんだそりゃ、何かの鉱石か?」
テーブルに置かれたミスリル鉱石をグラントは手に持ち興味深そうに調べていると突然目を見開き、ピタリと止まって動かなくなった。その様子にサーシャは心配して声を掛ける。
「父さん? どうしたの?」
それでもグラントは反応を示さず、少ししたら目線をゆっくりと此方に合わせ、震えた声が口から零れ出た。
「こ…… これを、どこで見つけたって……」
「あの採掘場で見つけま――」
「――馬鹿な!? 俺達が十年も掛けて見つけられなかった物をお前は見つけたって言うのか! 町に来て二日しかいないお前が!!」
俺の言葉を遮り、大声で叫ぶグラントに周りにいる坑夫達が何事かと集まりだした。
「親方…… その手に持ってるのは、まさか……」
信じられないと言うような顔で聞いてきたガスタルを相手にせず、グラントは手に持っているミスリル鉱石をテーブルに置いて、周りの坑夫達に聞こえるように喋り出す。
「こいつは確かにミスリル鉱石だ。お前はこれを、あの山で見つけたと言ったな? どう見たって素人のお前がどうやって見つけた? 納得のいく説明をしてくれ」
俺はミスリル鉱石を見つけるまでの経緯を事細かく説明した。勿論、アンネの事も正直に話した。 土の精霊から聞いた事、俺達だけで山に行った訳、空洞内のミスリル鉱石、そして大百足の群れの事を。 話を聞いていた坑夫達は驚きで目を見開き固まっている。
「妖精か…… 精霊に聞くとか、そんな方法があったのか。じゃあ本当にあの山でミスリルの鉱床を見つけたんだな?」
落ち着きを取り戻したグラントが確認をしてくるが、説明の為に出てきて貰ったアンネが不機嫌そうに声を荒らげた。
「だから! さっきからそう言ってんじゃん! しつこいな、もう!!」
「いや、流石にそんな簡単には信じられなくてな…… すまねぇ」
アンネの威勢につい謝ってしまったグラントだが、気持ちは分からなくはない。ここまで苦労して掘り続けたのに、フラッとやって来た若造に簡単に見つけられてしまって素直に喜べないのだろう。 出来れば自分達で見つけたかったと思ってしまうのは当然の事だ。
「いえ、信じられないのは当然です。鉱床まで案内したいので、一人だけでもいいので付いてきてくれませんか?」
グラントは腕を組み、目を瞑り顔を上げて暫く潜考すると、
「よし、俺とガスタルが付いていく」
「そんな! 俺達も行きますぜ!」
「ちょっと確認するだけだ。お前らはいつも通りに採掘の準備をしろ」
坑夫達が抗議の声を上げるがグラントがそれを嗜める。
「大丈夫なの? ライルが言うにはジャイアントセンチピードが出るって」
「大丈夫だ。俺がそんなもんにやられる筈がないだろ? それに、ライルの言うことが本当なら殆ど倒したらしいじゃねぇか。だとしたら危険はねぇよ」
グラントは心配するサーシャを安心させると、ガスタルと一緒に此方に近付いてきた。
「それじゃ、案内頼むぜ」
「はい、任せてください」
俺はグラントとガスタルを連れてミスリルの鉱床がある空洞まで案内した――結局、採掘場の入り口までは全員が付いてきてしまったが、その先は俺達だけで進んだ。
「ランプもなしに進めるなんて、精霊魔法ってのは便利だな」
アンネが作った光球を見て、ガスタルが頻りに感心していた。 そして空洞へ着くと、光に反射して輝くミスリル鉱石が俺達を出迎えてくれた。 その光景にグラントとガスタルは声を失い、立っている事しか出来ずにいる。
「親方…… こいつは夢ですかい? 見て下せぇよ、こんなに沢山……」
「夢じゃねぇぞ、ガスタル。全部ミスリル鉱石だ。ハハ…… こんなとこにあったのか。 ファミル、お前の言った通りだった…… まだ、ミスリルはあったぞ。お前にも見せてやりたかったな……」
二人は騒ぎもせず、ただ静かに涙を流し続けた。きっと様々な事を思い出しているのだろう。ここまで来た苦労とこれまで犠牲にしてきたもの、そしてこの先の未来に思いを馳せて……




