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『アンネ、頼んだよ』
『あいよ! まっかせなさ~い!』
採掘場に着き、アンネに案内を頼むと魔力収納から元気よく飛び出してきた。
精霊魔法で光球を四つ作り出して光源とし、採掘場の奥へと足を進めて行く。上も下も岩肌でゴツゴツとしていて、夜ということもあって、かなりひんやりとしていた。先に進むにつれて三又、四又と道が分かれているが、アンネは迷うこと無く案内をしている。
「この奥だって」
アンネが指し示した場所は通路の途中にある何の変哲もない、ただの岩壁だった。
「この奥って、どうするんだ? 掘り進んで行けばいいのか?」
素人が手を出すと危険だぞ。下手したら、岩盤が崩れてしまう恐れがある。 そうなってしまえばよくて生き埋め、運が悪ければそのまま押し潰されて死んでしまう。
「だいじょ~ぶ! わたしがいるのよ! 土の精霊よ、ミスリル鉱石の所まで道を作って」
アンネから大量の魔力が放出すると、岩壁がまるで粘土のようにグニャリと歪み、穴が空いて一本の道が出来た。
「ここを進んで行けばミスリルまで辿り着くのか?」
「そうなんだけど…… 今ので魔力を使いすぎちゃって、もう殆ど残ってないからさ、補給お願いできる?」
ヘロヘロと俺の肩に止まるアンネに魔力を流し込む――魔力支配のスキルで自分の魔力を相手の魔力と同じ波長に変質させることで相手に魔力を譲渡する事が可能である。
「ふ~、あんがとね。魔力満タン! 元気快復だよ!」
元気に飛び回るアンネを見てエレミアは感心したように息を吐く。
「ほんとにライルは便利ね」
『うむ、マナの大木がマナを生み出し、其を己の魔力に変換しているので、ライルの魔力回復量は想像を絶する。 さしずめ魔力製造人間と言ったところか』
おいこら、人を便利道具みたいに言わないで欲しいな。 別に俺の魔力は無限ではないからね、今もアンネに渡したので半分くらい減っているから。
精霊魔法で作った道をひたすら歩き進めていると、巨大な空洞に辿り着いた。 なんだ? ここは…… 俺はアンネに頼み、光球を増やして貰って周りを照らす。そこには光に照らされ白銀に輝く鉱石が俺達を囲んでいた。天井に壁、地面までも亀裂からミスリル鉱石が顔を覗かせている。
「凄い、ミスリル鉱石がこんなに……」
「凄いね、まだこんなに残ってたんだ」
俺とエレミアは暫くその光景に目を奪われていた。だから、気付くのが遅れてしまった。何かが此方に向かって来ていた事を……
『む!? 気を付けろライル、何かが来るぞ!』
ギルに言われて辺りを警戒すると、俺達が通ってきた通路から沢山の魔力が凄い速さで向かって来ていた。そしてそれは通路から溢れるように吹き出して、壁と地面を覆い尽くす。
「ひぃ!? 何これ! 気持ち悪い!」
その様子を見てエレミアは怖気を震い、剣を抜く。 通路から姿を現したのは 二~三メートルはある大きな百足だった。
大百足の胴節一つ一つが太く頑丈そうな外骨格に守られ、無数の歩肢がワキワキと動く様は嫌悪感を掻き立てる。大百足達はガチガチと顎肢を打ち鳴らし一斉に威嚇し始めた。その音は空洞内に響き渡り、異様な緊張感が襲ってくる。
ハニービィのように魔力念話で意思の疎通が可能かもしれないと魔力を大百足に伸ばし試みると、
――餌、殺す、食べる、餌、殺す、食べる――
…… うん、駄目だ。 交渉は諦めるしかないな、こんなの説得なんか出来る自信がないよ。
『こいつらはジャイアントセンチピードだ。牙の毒に注意しろ、噛まれたら全身が麻痺を起こし動けなくなるぞ』
自分の魔力をエレミアとアンネに繋いで何時でも魔力念話が出来る状態にして、話し合いは無理そうだと伝えた。
「戦うしか無いってことね、噛まれないように気を付けるのよ」
「キモいけどわたしの敵じゃあないわね! 一匹残らず踏み潰してやんよ!」
腰を落とし剣を構えるエレミア、魔力を放出して臨戦態勢に移るアンネ、二人ともヤル気は充分だ。
俺も魔道式丸ノコを取り出し刃を回す、ギルの爪で出来た刃は低音を響かせながら空を切る。
此方の準備が整うと同時に大百足達は一斉に走り寄ってくる。その一匹にエレミアは左手を向けると、バチバチと音がなり手の平から陶器に割れ目が入るように稲妻が走り、大百足に直撃した。稲妻はそれだけでは消えずに周りに連鎖し感電させる。
感電した大百足達は体から煙が上り動かなくなった。これが雷魔法か、強力なうえに速い。 だけどまだ大百足は沢山いる、横からエレミアに襲いかかるが半身でそれを躱し、頭部と体節の間に剣を滑らせ切り落とす。
右手で剣を振り、左手から稲妻を放ちながらエレミアは次々と大百足を屠っていく。眼が見えなかった頃に研ぎ澄まされた感覚は今も健在で、死角から襲ってくる大百足も音と空気の流れを感知して軽やかなステップで躱している。その姿は優雅に踊っているみたいだ。
「やるね、エレミア! そんじゃわたしもちょっと本気を出しちゃおっかな!」
アンネは不敵な笑みを浮かべると、大百足の群れの中へ飛び込んで行く。大百足達は近づいてくるアンネに群がり顎肢を拡げ噛み付こうとするが、牙が届く前に体がバラバラに切り裂かれてしまう。
今アンネの周りには風の刃が吹き荒れている、まるで竜巻を纏っているようだ。横に伸びる竜巻が大百足達を巻き込み、体を切り裂いていく。その竜巻の先頭にはアンネが右拳を突き出し飛び回っていた。
『流石です、アンネ様! 私ではその様な威力は出せませんよ!』
『わははは! わたしの精霊魔法は世界一ぃぃぃ!!』
俺は魔力飛行で安全を確保して、丸ノコで堅実に一匹ずつ仕留めていく。エレミアやアンネみたいに多数を相手にする有効な手段がないので、こういう方法しか取れないのだ。
『エレミア! そろそろ一遍にやっちゃおう!』
『はい! アンネ様!』
そう言うと二人は近づき、大量の魔力を放出する。すると、二人のいる場所から眩いほどの青白い閃光が辺り一面に伸び、地面を通って壁にまで達すると、今度は壁を伝い天井まで伸びていった。地面にいるものは勿論、壁に張り付いていた大百足達も疾走する稲妻により体を焦がしながら絶命していく。
危ねーな! 飛んでなかったら確実に巻き添えを喰らってたよ。というか、いつの間にそんな合体技みたいなものを編み出してたんだ?
先程の攻撃でほぼ全ての大百足がやられて、残りは逃げ出していった。
後に残るのは地面を埋め尽くす程の大百足の死体だけ、こんな大量にどうしようか。とりあえず、すべて収納しておこう。
「ライル、それ見えない所に保管してね。見たくないから」
よほど嫌なのだろう、エレミアは苦々しい顔をしていた。
「ライル~…… また魔力補給して~、調子こいて使いすぎちった」
アンネは俺の頭の上で寝そべり、催促してくる。今回は殆ど何も出来なかったよ。やっぱり強いなこの二人は、それとも俺が弱いだけなのか? きっとその両方だと思う。 まあ、俺は商人として頑張るから別にいいんだけどね。
『腐るなよ、ライル。 あの二人が別格なだけだ。お前もそれなりには強い』
それなりにかよ! それから別に腐ってなんかないし!




