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危惧していた通り、バケツをひっくり返したような大雨は日が暮れても止む気配を見せない。
「おいおい、これじゃ火も起こせねぇから飯が作れねぇな。今夜は非常食か? 」
馬車の中でカセットマジックコンロを使って料理するわけにもいかないし、普通はそうガストールのように思うだろう。だが、俺には魔力収納に家がある。そのキッチンでエレミア達が料理をして出来上がった物を外に出して食べればいい。
流石にこの広さでは全員が揃って食事は不可能なので、アグネーゼとレイチェル、ゲイリッヒには魔力収納内で食事をしてもらう。
「まさか料理そのものが出てくるとは思わなかったっす。もうライルの旦那は何でもありっすね」
魔力支配自体が何でもありなものだからね。はっきり言って目茶苦茶なスキルだよ。まだまだ使いこなせてはいないけど。
「この雨じゃ見張りのしようがねぇな。まぁ、魔獣共もこんな日は巣穴に籠ってるだろうし、先に寝かせて貰うぜ」
「一応グリムの兄貴を残して一人ずつ交代で起きてるっすから、旦那達は気にせず休むっすよ」
ガストールとルベルトは馬車の天井で半分潰れたマジックテントの中に入っていき、グリムだけが残される。
「…… 」
相変わらず何も喋らず無表情な人だな。でも今は特に話題も見つからないし、このままでもいっか。
激しいも雨音を聴きながら意識を魔力収納内へ移すと、ムウナとレイチェルが一緒にいるのを見掛ける。珍しい組み合わせだな。
『本当に不思議な体ね…… 体積さえも自由に変化させるなんて、小さな体の何処に余剰分を貯えているの? 』
『ん? しらない。ムウナ、うまれたときから、こんなかんじ』
そう言って体からウネウネと触手を出すムウナに、レイチェルは関心を持ったのか、頻りに観察している。
『触手の先端に口を生やすのは良いわね…… 闇魔法の応用に使えそう…… 何も生き物全部を形作らなくても、一部だけで十分威力を発揮出来るわ…… 』
『おもしろい? もっと、いろいろできる。みたい? 』
『えぇ、見せてくれるならお願いするわ…… 』
ムウナは色んな魔獣や魔物の部位を作り出し、それを嬉々として見るレイチェル。
何だかレイチェルの闇魔法がおぞましい物になりそうな予感がする。ムウナも構ってもらえて嬉しいのか、楽しそうにしているので今更止める気にはならない。
一頻りムウナと遊んだレイチェルは、今度は畑仕事をしているアルラウネ達へと近寄っていく。魔物が普通に暮らしているのが余程珍しいのだろう。
そんな調子であちらこちらと忙しなく動くレイチェルに、アンネは呆れた様子で息を溢した。
『運動が苦手とか言ってたけど、よく動くわね』
『それとこれとは別だと俺様は思うぜ? 興味があることには誰しも苦手なものなんて忘れて夢中になるもんさ』
『テオドアのくせに、分かったようなこと言ってんじゃねぇやい!! 』
『えぇ? 俺様、今良いこと言ったよな? 何で怒鳴らなければならないんだよ』
テオドアがアンネから理不尽に怒鳴られている頃、レイチェルはパッケと一緒にマナの大木の根本に腰を下ろして景色を眺めていた。
『本当に凄い…… 花畑が広がる大地に、アルラウネ達がまるで人間のように畑を耕しながら生活している側で鶏と馬といった動物がまったりと寛いでいる。ここには種族による争いや対立なんて関係ないのね…… いつか外も、ここのような平和で長閑な世界になれるかしら? 』
『う~ん、皆仲良くなれるんなら楽しいだろうけどさ。まず無理なんじゃない? あたし達と違ってあんたらってさ、ご飯食べないと死んじゃうじゃん』
『そうよね…… 生きる為に私達は他者の命を奪わなければならない。家畜からしたら人間の都合で育てられて食料にされているのに、皆仲良くなんて言ってられないね…… ならせめて人間同士の争いがなくなったなら、少しはここに近付けるかな? 』
『そだね、そうなったら面倒事が減ってあたし達は嬉しいかな』
理想と現実は違う、それはレイチェルも良く分かっている筈。だけどこんな光景を見てしまえばそう思わずにはいられなかったのだろう。
人間同士の争いを無くす、か。多くの人々がそれを望んできたけど、長い歴史の中から俺が死ぬまでついぞその望みは叶わなかった。文明がここより遥かに発展していた前世の世界でもそうだったんだ。
難しいとは思うが、この世界には人類を脅かす魔獣や魔物の存在がある。なら人間同士の争いだけは無くせる可能性が、前世の世界よりかはあるんじゃないか?
共通の敵がいれば、それを倒す為に人々は協力し合う。その過程で戦争が自然と無くなっていくかも。そう考えれば、今回の魔王誕生はある意味人間同士の戦争を無くすチャンスなのでは?
『甘いな、ライルよ。そんな事で人間の争いが無くなるのなら、二千年前にそうなっている。だが、今もこうして戦争があるという事は、そういう事なのだ』
俺の思考を魔力から感じ取ったギルが呆れながら言う。
そっか、そうだよな…… そんな簡単な話ではないか。思えばこの世界は何度も魔王の驚異に晒され、挙げ句にはムウナによって世界が滅ぼしかけたというのに、それでも戦争はなくならない。
つくづく業の深い生き物だよ、人間って奴はさ。
今もなお降り続ける雨を眺めながら、柄にもなくそんな事を思う。
「ライル、もういい時間だから、そろそろ寝たら? 」
このまま起きていたって何もないし、エレミアの言うようにもう寝るか。
俺は備え付きのソファーを魔力で操り、背もたれを後ろへ倒せば簡易ベッドの出来上り。
ソファーは一人掛けで真ん中の通路を挟んで四つ、向かい合う形に置いていて、最低四人は馬車の中で寝泊まりが可能である。俺とエレミアの二人はソファーベッドへ…… グリムは反対のソファーに腰掛けて眠る気配はない。
ふぅ、このサンドワームの皮のブヨブヨ感が意外と心地良い。あの気色の悪い姿を思い出さなければ最高なんだけどね。
俺はその事から意識を逸らして目をつぶり、緩やかに眠りへと落ちていった。




