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町を散策していても目に入る物は永らく誰も住まなくなりひび割れた家だけ。
『ぼろっちい家だけで何もないね~』
『うむ、もはや町として機能しておらぬな』
二人の言う通り何も無く、人が居なくなり町だけが取り残されている。 まさしくゴーストタウンと言うに相応しい。
見る場所がないのでこの町に来る時、空から確認出来た洞窟のような所に行こうと思う。 おそらく、彼処が採掘場なのだろう。
空から見た景色を思い出しながら町の中を進んでいくと、地面に敷かれたレールが見えてくる。 これを辿って行けば着くはず、レールに沿って暫く歩いていたら大きな穴が空いている場所に着いた。レールは穴の中まで続いている。
よくこんな大きな穴を開けたものだ。 随分と奥が深いようで、暗くて先が見えない。 素人が中に入るのは危険だな、そう思い踵を返そうとしたら、穴の奥から複数の魔力が視える。どうやら坑夫達が戻って来たようだ。
坑夫達はトロッコに乗り穴から出てきた――トロッコは連結していて、先頭が手押し車のようになっており人力で動かしている。
「お? ライルじゃねぇか! こんな所で何やってんだ?」
声を掛けてきたのは黒光りした肉体を持つ男性――ガスタルだった。
「いや、時間を持て余してですね、この辺りを散策していました」
「ハハ、何にもねぇだろ? 昔は賑やかなもんだったんだが…… この町も随分と寂しくなっちまったな」
ガスタルは肩に担いでいたツルハシを地面に立てると、懐かしむように目を細めて町を見ている。
「またミスリルが掘れるようになったら、出ていった奴等も戻ってくる。 町も昔のように騒がしくなるはずだ…… 俺達はそう信じている」
坑夫達はこの町を昔のようにしたいのだろう。でも、それは見方を変えれば過去に囚われているように見えてしまう。
未来を見据え町を捨てるか、町に残り過去の栄光を求め続けるか、どちらが正しいかなんて俺には判断が付かない。
俺ならどちらを選んでも、きっと後悔するだろうな。この人達はどうなんだろう? 自分は間違っていないと、後悔はしていないと胸を張って言えてるんだろうか?
俺と坑夫達は昼食の時間なので、アマンダが営んでいる宿屋に戻ってきた――本人の許可を貰い、ここを事務所として使っている。打ち合わせをした後、直ぐに食事がしたいというのが理由らしい。
「あいよ! お待たせ! 」
席に着くとアマンダとエレミアが料理をテーブルに置いていく。
「うん? 何かいつもと違う匂いがするな」
坑夫の一人が違いに気付くと、他の人達も匂いを嗅ぎ首を傾げている。
さて、味噌と醤油はここの人達の口に合えばいいのだけれど。
「変わった味だけど悪くはないな」
「このスープは塩気が強くて、疲れた体に染みるね~」
「この炒め物もいけるぞ、初めての味だけど」
「まぁ、不味くはないかな」
慣れない味で戸惑ってるだけで概ね好評のようだな。
俺も料理に手を付ける。先ずはスープから、色は黒っぽくて飲んでみると少し強い塩気と醤油の香りがした。 スープを醤油で味付けしたのか、具の肉から染み出た油が絡んで旨い。醤油ラーメンのスープを思い出すな。
次はステーキのように厚く切った肉に味噌を塗り込んで焼いたのか、丁寧に下拵えされた肉に味噌が染み込んでて、噛めば噛むほど肉の旨味と味噌の香りが広がってくる。 そこを一気にエールで流し込む! 事が出来たら良いんだけど、まだ仕事が残っている彼等は酒を飲む事が出来ないので我慢している。 そんな彼等の前で堂々と酒を飲めるほど俺の神経は太く出来ていないので、ここは我慢するしかなかった。
「こいつもライルが持ってきたもんなんだってな、しかもタダで譲って貰ったとアマンダから聞いたぜ。 ありがとよ」
同じテーブルに着いていたグラントが礼を言ってきたが、此方はこの味が受けいられるかの実験を行っていたので素直に受け取れなかった。 エレミアは隣で食事をしながら「勉強になるわ」と呟いて感心している。
「アマンダさん、今戻りましたぜ」
「おや、ご苦労様だね。 みんな無事かい?」
各々料理を愉しんでいたら、誰かが戻ってきたようだ。
「あいつらは近くの町まで買い出しに行ってたんだ。戻ってきたのか」
グラントは俺達にそう言ってから、席を離れて彼等の方に歩いて行った。
「あ!? 親方! 只今戻りました」
「おう、無事で何よりだ。 ゆっくり休んでくれ」
しかし、買い出しから戻ってきた坑夫の顔は曇り、目が泳ぎだした。
「あの、親方…… 実はですね……」
「ん? どうした?」
その坑夫の異変にグラントは疑問に思っていると、女性の声が奥から響いてくる。
「いつまで待たせんのよ! ここにいるんでしょ!」
声を荒げて出てきたのは、鋭い目付きをしたポニーテールの若い女性だ。気が強そうな人だな。
「サーシャ…… 何故ここにいる」
グラントがサーシャと呼ぶ女性は元から鋭い目付きをさらに細くして、
「そんなの決まってるでしょ! 父さんをこの町から連れ出す為よ!」
え!? もしかしてグラントの娘さん? 全然似てない…… いや、目元は似てるかな。
「まだそんなことを言っているのか。俺はこの町から出ていく気はないと言ったはずだ」
「父さんこそ、まだあの山にミスリルがあると思っているの? いい加減にしてよ! もう十年よ! ミスリルなんか出てこないよ、町から出て一緒に暮らそ? 叔母さん達も待ってるから」
今まで賑やかだった場が静まり返る。彼女の言葉は刃物となり、坑夫達の心を抉る。敢えて考えないように自らの心に蓋をしていたのを無理矢理取られてしまう、そんな感じだろうか。
「ミスリルはある。俺がミスリルを見付ければこの町は甦るんだ。昔のように」
それでもグラントは諦めずに山を掘り続けるようだ。 そんなグラントの言葉を聞いたサーシャは顔を赤く染めて、その目には涙が滲み出ていた。
「何時までそんな夢を視ているの? 現実を見てよ! もう、諦めてよ…… 昔のようになんかならないよ。 ミスリルを見つけたって、母さんは生き返らないんだよ!!」
静黙とした中、サーシャの鼻を啜る音だけが聞こえてくる。
「すまない、サーシャ…… それでも俺にはこれしかないんだ。この町で生きて、町と共に死ぬ。そう決めたんだ。 たとえミスリルが出なくとも、この命尽きるまで掘り続ける」
そう言ってグラントは外へ出ていく、おそらく山に向かうのだろう。
「あっ…… まって……」
サーシャはグラントに手を伸ばすが、その手が届く事はなかった。それを見ていた坑夫達も席を立ち、次々に外へ出ていく。
「悪いな、サーシャちゃん。俺もこれしか知らねぇんだ」
「ここに骨を埋める覚悟はとっくに出来てんだよ」
「今さら他の生き方は出来ねぇ」
「最期まで俺は掘り続けるぜ!」
サーシャに笑顔で声を掛けて出ていく坑夫達を、彼女は何も言えずに見送ることしか出来ない。
「…… なん、でよ……」
全員が山に向かい出ていった所でサーシャはへたへたとその場に座り込むと、か細い声で言葉を絞り出した。
う~ん…… どうしよ。何だか場違いな感じが物凄くて、気まずいな。




