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里を出た俺達は森を抜けるため歩いているのだが、先程からエレミアが軽い足取りで上機嫌に鼻歌を歌っている。
「楽しそうだね」
そう声を掛けると鼻歌を止め、にこやかな顔つきで此方を向いた。
「うん! 何だか落ち着かなくて、心が踊っているみたいなの。狩りで結界の外に出る事はあっても、ここまで遠くに来ることも無いし、森を抜けるなんて初めてだから」
まぁ、初めての遠出だからな、気持ちは分からなくもない。 俺も初めて屋敷を出て王都に行った時も似たような感じだった。
暫く歩いていると、クイーンから魔力念話で報せが届く――出来るだけ戦闘を避けようと、ハニービィ達を広範囲に飛ばしている。
この森にはゴブリンと、少ないがオーガも出る。魔核は今の所必要ないので発見した場合、避けて移動している。
だけどクイーンが伝えてきたのは、魔物ではなくビックボアだった。
「どうしたの?」
俺の雰囲気を察して、エレミアが不思議そうに聞いてくる。
「クイーンからビックボアを見つけたと連絡が来たんだけど、どうする?」
それを聞いたエレミアはにやりと口角を上げて、
「勿論、仕留めるわよ。食料は多くて困ることはないから、それにライルの魔力収納なら腐らないんでしょ?」
「腐り難くなるってだけだよ」
魔力収納の中では、素材の腐食を抑える事も促す事も出来る。これにより食料を腐り難く出来るので、長期の保存が可能だ。
クイーンの指示に従い森を進むとビックボア二匹、縄張り争いだろうか? 互いの牙を打ち合っていた。
「私は右のを仕留めるから、ライルは左をお願い」
「分かった」
魔力収納から鉄製の剣を二本取り出す――魔道式丸ノコとドリルでは威力がありすぎて、獲物がボロボロになってしまうので剣を使っている。
エレミアも腰に差している剣を抜くと、白銀に輝く剣身が顕になる。それはエレミアの父が使っていた“ミスリルの剣”だった。
里を出る前にエドヒルから譲り受けたそうだ。
お互いの準備が済むと、エレミアは身体強化の魔術を発動させて一気に飛び出し、ミスリルの剣を前に突きだしたままビックボアの頭上を側面から前回転で飛び越える。 エレミアが地面に着地すると、ビックボアの首から血が吹き出し倒れた。
もう片方のビックボアは何が起こったのか、まだ理解していないみたいで固まっている所に魔力で操った剣を二本、頭と首に深く差し込んで仕留める事に成功した。
「態々突っ込まなくても、弓で仕留めれば良かったんじゃない?」
二匹のビックボアを魔力支配のスキルで血抜きをしながら、エレミアに尋ねると少し曇った表情を浮かべた。
「剣の方が確実に仕留められるからよ、それに弓が苦手なの知っているでしょ」
そう、エレミアはエルフなのに弓が苦手という変り者だ。前に弓の訓練で俺の方が正確に矢を的に当てていたら拗ねてしまい、それっきり弓の練習をしなくなった。今も苦手だと言って弓に触ろうともしない。
「そういえば、アンネ様は?」
「アンネなら、魔力収納の中で寝てるよ」
里を出て、少しした頃に「飽きた、眠い!」 と言って直ぐに魔力収納の家の中に入り寝てしまった。 今もハンモックに揺られながらだらしなく寝ている。
「私もその魔力収納に入れるんだよね」
「ああ、入れるよ。 入ってみる?」
「ううん、まだいいや」
二匹のビックボアを収納して先へと歩き始める。代わり映えしない森の中を進んでいると日が傾き始め、夜になった。
適当な場所で火を起こして、木の骨組みとビックボアの革で作ったテントを張る。
俺達がいる場所は大陸の南に位置するので比較的に暖かい気候なのだが、今の季節は秋なので夜は流石に冷える。
エレミアが食事の準備をしているなか、アンネがやっと起きてきた。
「いや~、よく寝た。 おはよう!」
「何がおはようだよ、もう夜だぞ」
「ありゃりゃ…… もう夜か、でもまだ森の中なんだね。空を飛べば直ぐなのに」
そっとアンネから眼をそらす。確かに魔力飛行で飛んでいけば、直ぐに森は抜けられるし、町だって早く見つかるかもしれない。
高所恐怖症を克服とまで言わないが、ある程度は高さに慣れる必要があるな。
「明日は空から行こうよ!」
俺の思考でも読んだのかと思わせる提案をアンネはしてきた。
「エレミアには魔力収納の中に入って貰ってさ、わたし達で空から移動すればこんな森なんかあっという間だよ」
「…… 分かった。 これも訓練だな…… ただし、限界が来たら直ぐに降りるからな!」
「あいあい、少しずつ慣れていけばいいよ」
『まったく、空も飛べぬとは情けない』
うっさい! こちとら人間なんだよ! ドラゴンと違って、空を飛べるような作りになってないんだよ! 空は見上げるくらいが丁度いいと思うんだけどな。
「ご飯出来たよー」
エレミアが用意した食事を頂く、肉と野菜の味噌煮込みだ。先に塩と胡椒で炒めているので、味がしっかりとついている。少し濃い目の味付けで、エールに合いそうだ。 しかし、残念ながらエールはもう残っておらず、何処かで買うか大麦の種でも譲って貰って、自分で作るしかない。
エレミアとアンネの二人は仲良く果実酒を呑んでいる。やはり女性は甘い酒を好むのだろうか? 別に嫌いではないけど、やっぱり辛口がいいな。
ウイスキーも残り少ないので、同時に仕込んでいたアップルブランデーを呑むことにした。 林檎なら沢山あるので、大量に作っている。
飲むと林檎の風味が広がり、強いアルコールがのどを刺激する。林檎のドライフルーツをかじりなからアップルブランデーを飲む、そんな至福の一時を過ごしていると、アンネとエレミアが興味深そうに此方を見ていた。
「ねえ、それいい香りがするね。甘いお酒なの?」
「いや、大分強いけど飲む?」
エレミアにグラスを渡すと、少しだけ口に含んだ。
「…… 結構強いね、里で作り始めたブランデーと似ているけど、香りは此方のが好きだな」
確か、リンゴジュースで割る飲み方もあったな。林檎の果実水を入れて薄めた物をエレミアに渡してみた。
「あっ、おいしい…… 果実酒とは違った味わいでいいかも」
どうやら気に入って貰えたようだ。それを見ていたアンネが騒がしく催促してきたので同じものを渡してみると、
「うん、なかなかだね!」
何か微妙な反応が返ってきた。
食事も終わり後は休むだけなのだが、用意したテントは狭いので、エレミアには魔力収納の中で休んで貰う事にした。
「見張りはどうするの?」
「大丈夫、ハニービィ達が周りを警戒してくれてるから心配はないよ。 何かあったらクイーンに起こして貰うから」
「そう、分かったわ。私も直ぐに起きるから、遠慮しないで叩き起こしてね」
エレミアを魔力収納へ入れて、テントで横になる。この中には俺一人だけ、夜の静寂が耳に痛い。まるでこの世界で一人ぼっちになったようで不安になる。
『わたしの家にようこそ! さあ、飲もう飲もう』
『いや、アンネ様…… そろそろ休まないと』
『え~、いいじゃん! ちょっとだけ、ね?』
『無理強いは感心せんな。諦めろ』
『てめぇは出てけよ!!』
『これを飲んだら出ていくさ』
……あれ? 気のせいだったか。 全然寂しくないや。




