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『正面から迎え撃つからいかんのだ。相手から離れ、遠距離で戦うこと勧めるぞ』
先程の模擬戦を観ていたギルが助言してきた。
『離れようとしても、すぐに詰められるんだよ。何とかならないかな?』
『空に逃げれば良いではないか』
『無理! 怖いから駄目だ。それ以外でなんとか……』
『何ともならぬな』
呆れたようにギルが呟く。仕方ないだろ、怖くて集中出来ず木剣を上手く操れないんだから。でも空を飛べるのは大きなアドバンテージになる。これを機に克服したほうがいいのか。
「ライル、先に戻ってるから」
そんな葛藤を知らずにエレミアは家に戻っていった。
この五年ですっかり里の生活に定着して、色々な物を譲って貰った。
まずは植物の種――大豆にトウモロコシ、棉花に胡椒など。
それを魔力収納の中で育てている。後は、味噌と醤油を製造している場所から麹菌を採取して増やし、自分でも作り始めた。
武器も改良を施し強力にした――と言っても素材を変えて作り直しただけだが。 その素材とはギルの鱗と爪、牙である。 五年間癒し続けた結果、ボロボロだった鱗と爪に牙は生え換わり、その古い物を素材として提供して貰った。
魔道式丸ノコの盾の部分に鱗を使い、刃に爪を使用した。 金属では無くなった為、音が格段に小さくなり切れ味も抜群に上がった。 後は牙を加工してドリルも作った。 魔力で操り回転させて放つだけなので割りと使いやすく、威力もある。
マナの大樹が生んだ種は直ぐに芽が出て、ぐんぐんと急成長していき、この里の大樹程ではないが立派な大木へとなった。既に種を二つ生み出している――この成長速度は異常だと、アンネがひどく驚いていた。 大樹から生まれた種は特殊な物らしく、俺の魔力収納という特殊な空間で育てた結果、異常な速度で成長したのでは? との見解で落ち着いている。
そして、ここが一番重要なのだが…… 俺は今年で十五才になった。この世界で成人と見做される年であり、成人と言うことは酒が呑めると言うことである!
お酒解禁だぁぁー! やっと…… やっと呑めるよ。 十五年、長かった……
今日、俺が成人したということでワインで祝って貰った。 久しぶりの酒はワインか、それも悪くない。 一口飲むと、ワイン独特のフルーティーな香りと仄かに雨が降った次の日の森を想わせるような匂いが鼻から抜けてくる。 前世で飲んだワインよりも香りが強く、口に心地よい苦味が広がる…… 旨い! こんな赤ワインは初めてだ。高級なワインはこんな感じなのか? 安物しか飲んだ事が無かったから分からないな。 上機嫌でワインを楽しんでいると、
「これで、ライルも大人か…… 五年で大分背も伸びて、今は私と同じ位かな? 人間って随分早く成長するんだね」
エレミアは何だか寂しそうな雰囲気を醸し出しながら、ワインを一口飲んだ。
「人間とはそういうものだ。 気付かない内に大人になり、そしていなくなる」
昔の事を思い出しているのか、哀愁を漂わせワインを飲むエドヒル。
「お祝いなんだから、愉しく呑みましょ? ね? 二人とも」
ララノアが二人を嗜め、愉しくワインを呑み交わした。
まだ若干の余裕を残し夕食を終えた俺は部屋に戻り、この日の為に仕込んでいた物を用意した。 それは樽の中で熟成させて作った所謂モルトウィスキーと言うやつだ。
樽の中に入っているのは原酒なので水で薄めて瓶に詰めて、これを今回はストレートで頂く。 グラスに注がれた琥珀色の液体を眼で愉しむと今度は香りを愉しむ。 う~ん、シングルだから癖が強そうだ。 俺はチェイサーを用意して軽く一口、強いアルコールで舌が痺れる感覚…… たまらんな。そしてチェイサーを飲むと一気に香りが広がり、その余韻を味わう。 まだまだ理想の味には程遠いけど、ある程度は愉しめる。
『何やら面白い物を呑んでいるな?』
久しぶりの強い酒を堪能していたら、ギルが興味深そうに尋ねてきたので、余り気が進まないがギルにもウィスキーを渡した。
グラスにウィスキーを注ぎ、色と香りを確認してから呑み始める。
『む!? 大分酒精が強いな。これはいい、気に入った』
ギルはお気に召したようで、チェイサー無しで呑んでいる。流石ドラゴンと言った所か。でもあんまり飲まないでほしいな、作るの大変なんだよ。
『うわ!? すっごい匂い、こんな辛そうなのよく呑めるね。わたしは甘いお酒の方がいいな~』
そう言いながらアンネは果実酒を呑み始めた。
『フン、甘いものばかり食すから舌がアホになるのだ』
『んだと~! てめえだって、そんなもんばっか呑んでるから、舌と頭がぱっぱかぱーになるんだよ!』
『頭は関係なかろう?』
『うっせ!! ライル~、何かおつまみ出して~』
『我にも頼む、この酒にはどんな物が合うのだ?』
ウィスキーに合うものか、チョコレートはないからドライフルーツでも作るか。魔力支配でリンゴを薄く分け乾燥して、二人に出した。
『おお! シワシワの果実だね、旨いの?』
『ん? 甘いものが合うのか?』
初めは否定的だったが、すぐに気に入ったようで、今は大人しく酒を呑んでいる。
『ちょっと、あんた甘いもの馬鹿にしてたじゃない。何食ってんのよ』
『我は甘味ではなく、貴様の舌を馬鹿にしたのだ』
『にゃにお~! わたしに喧嘩売ってんだな? 買ってやんよ!』
『貴様に売ってやる物などひとつも無い』
前言撤回、また騒がしくなった。 さて、そろそろ寝るか。




