王都の戦い 前編
あぁ…… この戦場特有の空気ってぇのは、いつ嗅いでも慣れる気がしねぇぜ。
俺達は今、西門に立ち並ぶ王都の兵士や騎士達と睨み合っている。そしてその後方には進軍の際に邪魔してきたリビングアーマーってのが門を守るように固まってやがる。
ハッキリ言って状況は最悪だ。こんな人数で都を攻め落とすなんて無謀の何者でもない。普段の俺だったら一も二もなく逃げ出していただろうな。
しかしこうして今戦場に立っているのは、“あいつ” がいるからだ。
「あ~あ、行っちゃったすねぇ…… ライルの旦那達」
妖精女王の精霊魔法でクレス達の所へ向かうライル達を見送ったルベルトが残念そうに呟く。
「おい、ライルがいなくて不安なのは分かるが、情けねぇ声出してんじゃねぇ」
「でもガストールの兄貴、旦那がいれば魔力だって使い放題だし、何より死ぬ心配が減るじゃないっすか」
確かに、あいつがいると安心感が半端ねぇんだよな。最初は世間知らずの坊ちゃんかと思ったけど、あんな姿じゃ体制を重んじる貴族社会では生きていけねぇ。だが話を聞いてみれば既に独り立ちして行商人みてぇな事をやってると言うじゃねぇか。
まぁ細かい事情なんて興味はない。俺達に大事なのは金払いが良いかどうかだ。その点に関して言やぁ、文句なしに合格だ。クレス達の情報を教えただけで金をくれたからな。
そしてライルの護衛を引き受けた時、その力の一端を触れて俺は確信した。こいつはいずれ何かデカイ事を成し遂げる奴だってな。だからこそ出来るだけ近くにいて甘い蜜でも啜ってやろうかと思っていたが、今じゃこの通り戦場にいやがる。
魔力支配…… 話を聞くだけじゃ信じられねぇ程に出鱈目なスキルだぜ。なのに妖精の女王と厄災龍だと? 甘い蜜どころか命が幾つあっても足りやしねぇ。
「いいか? ライルがいればそりゃ安心だ。だけどな、依存しちまったら俺達は終わりなんだよ。一度あの味を覚えちまったら抜け出せなくなる。麻薬みてぇなもんさ…… だから適度な距離ってのを保たなきゃならねぇ。分かるな? 」
「う~ん…… あんまり楽ばっかしすると、オレッち達が駄目になっちまうって事っすか? 」
「まぁ、そんなようなもんだ」
実際ライルと共に戦うと、なんつうか危機感ってのが薄くなっちまうんだよな。何だかぬるま湯に浸かってる感じがして、冒険者としての勘が鈍っちまいそうだぜ。
だがあいつと知り合ってからは、その恩恵に授かる事の方が多いのも事実だ。
インファネースに着いて間も無く、南商店街の代表にまでなっちまうし、エルフや人魚、ドワーフまでも呼び込みやがった。俺がライルの知り合いだからと、南商店街の鍛冶屋にいるドワーフが格安で鎧を作ってくれたっけな。レグラス王国でのオークキング討伐で、ライルから貰った鎧が駄目になってたから助かったぜ。
妖精まで連れてきたのには、一番驚いたな。しかもまさか俺達に妖精の仲間が出来るなんて誰が予想出来たか。
俺の隣で呑気に浮いている妖精―― パッケを見る。
「ん? どしたん? もしかしてブルっちゃった? 大丈夫よ、あたしがいるんだから! 女王様にも全力で暴れても良いと言われてるしね、まっかせなさい! 」
最初は悪戯ばかり仕掛けてくる鬱陶しい奴だったが、何時しか俺達の仕事に付いてきて、今ではこうしてチームを組むまでになった。
フッ、俺が妖精とね…… まったく、人生なにが起こるか分からねぇもんだな。こんなに退屈しない日々はほんと久しぶりだぜ。それもこれもみんなライルと出会ってからだ。やはり俺の目に狂いは無かった。この先もあいつと適度に関わっていけば、それなりに贅沢出来そうだぜ。
そう思っていると、前方から大勢の人が走ってくる音が聞こえてくる。どうやら始まったようだ。
「よし、此処が正念場だ。生きて帰れば報奨金がたんまり手に入る。それで暫くは飲んで暮らせるな」
「へへ、オレッちは頭が痛くなるまで寝てやるっすよ」
「ちょっと! あたしにお菓子を買ってくれるのを忘れないでよね! 」
「…… 」
お、グリムも帰った後を考えているのか、うっすらと笑ってやがる。
よし、そろそろだな。俺は自分の魔力を糸のように細く思い描きながら伸ばしてルベルトに繋ぐ。同じようにルベルトはグリムに、グリムは俺に魔力を繋げる。そしてパッケも自分の魔力を俺に繋げれば完了だ。
『聞こえるか? 』
心で語りかけるように念じると、問題なく返事が返ってくる。
『ちゃんと聞こえるっすよ』
『問題ない』
『こっちも大丈夫よ』
エレミアから教わったこの魔力念話ってのは便利すぎる。態々大声で指示を伝えなくてもいいからな。船の上でみっちりと練習した甲斐あって、何とか戦いながら魔力を維持出来るようにはなった。これだけでも難しいのに、ライルは他の奴の魔力管理と補給も平行してやってるんだよな? ほんとに大した奴だよ。
『分かってると思うが、今から攻めてくる奴等は殺すんじゃねえぞ。神官達と協力して中にいるレイスを消していくのが俺達の仕事だ』
そう、奴等は何も好き好んで戦っている訳ではない。レイスに憑依され無理矢理に戦わされているらしい、港町の時と同じようにな。なので俺達は向かってくる兵士と騎士を力ずくで押さえ込み、神官の浄化魔法でレイスを追い出す。そうやって足りない戦力を補充していく算段だ。
魔力念話で了解の返事が聞こえ、俺は左腕に装着しているバックラーと右手に持つ片手剣を構える。
さてと、仕事の時間だ。ライル達が王都で暴れてる間に、たっぷりと稼がせて貰うとするか。




