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「……凄い、これが私達の里なのね」
泉の水を汲みにエレミアと一緒に家から出ると、初めて見る里の風景に感動していた。
「この先いくらでも見れるから、早く泉に行こうよ」
放っておいたら、何時間でもこの場所から里を眺めてそうだったので、急かす事にした。
「そうだね、もう何時でも見れるんだ……」
俺達はいつもより、ゆったりとした歩みで泉へ向かう、その途中、いつも朝に声を掛けてくれるエルフの女性が近付いてきた。
「あら? 今から行くの? 今日は随分とゆっくりね。寝坊でもしたのかしら?」
「あ!? この声は、ナルルスさん? おはようございます」
エレミアは聞き覚えのある声に、嬉しそうに返事をした。 エルフの女性はエレミアの両眼を見て驚いたのか、視線を外さず固まっている。
「エ、エレミア…… その眼は? も、もしかして…… 見えてるの?」
「はい! この魔道具のおかげで、見えるようになったんです! ライルが作ってくれたの」
「ああ…… 本当に? 嘘じゃないのね…… こうしちゃいられないわ! 早く皆に知らせないと!」
エルフの女性は、そのまま走り去っしまい、その場に残された俺達はまた歩き始めた。
泉へと向かう中、エレミアは常に上機嫌だった。初めて見る景色に、心が踊っているようだ。 特に“色”に対しては過剰に反応を示した。
「ライル! これは緑っていう色なのよね? 地面は茶色、この石は灰色? ていうのよね?」
知識では知っていたものを初めて確認できて、子供のようにはしゃいでいる。無理もない、ずっと黒一色の世界で過ごしてきたんだから。
「あの葉っぱは緑では無く、黄緑だね」
俺がそう答えると、感心したような、でも不思議そうな顔で見つめている。
「ヘ~、同じ緑でも色々あるんだね。 凄いね…… 色で溢れてる」
そうして泉へ到着すると、エレミアはピタリと止まり、暫く経った頃、漸く口を開いた。
「ライル…… 世界って、こんなにも綺麗なんだね。 いつもの里が、道が、この泉も、まるで初めて来た場所みたい。 眼に映る全てが馴染み深くて、初めてで…… 何だか、不思議ね」
「そうだね…… でも、世界は綺麗なだけじゃないよ。 見たくないものも見てしまう」
「うん…… 分かってる。 でも、何も見えないより遥かにましだよ。 見えなければ、受け止めることも出来ない。 何も見えないまま、知らないまま、周りが勝手に進んでいく。 あんなのはもう、嫌だから…… だから、ライルには本当に感謝しているわ。私に世界を、ありがとう」
俺が言わなくても、エレミアは分かっていた。世界は美しく、残酷だということを…… だけどそれを受け入れ、今この瞬間を素直に喜んでいる。 俺はまだ、そこまで出来ない。まだ、残酷な世界を受け入れられない。
俺は薄情な人間なんだろうか? 自分の都合で魔物や動物は殺せるのに、人間やそれに近い者は殺せそうにない。 これは、薄情ではなく卑怯と言うのかな?
水を汲み里に戻ると、人集りが出来ていた。 一体何事か? と思い近寄ってみると、瞬く間に大勢のエルフに囲まれてしまった。
「エレミアちゃん! 見えるようになったってのは本当かい?」
「俺はいつかこの日がくると信じてたよ!」
「良かったな~、本当に良かった!」
「まあ! 綺麗な眼だね~、さらに美人になったんじゃない?」
「人間の坊主! お前がその眼を作ったんだってな。やるじゃねぇか!」
「人間もなかなかやるな! 見直したぜ!」
集まったエルフ達は、皆嬉しそうで、なかには泣いている者もいた。 エレミアも笑顔でそれに応える。掛けられ続ける祝いと感謝の言葉は終わりが見えず、家に着いた時はもう昼過ぎになっていた。
「ふぅ~、やっと着いた…… それにしても凄かったな」
「うん、あんなに沢山いたんだね。 みんな凄く嬉しそうだった」
「それだけ、大切にされていた証拠だよ」
「私、ずっと迷惑に思われてるんだと思ってた。 でも、違ってたんだね。 喜んでいる皆の顔が見れて、凄く嬉しい……」
その後、ララノアと共に畑仕事に向かったのだが、ここでも囲まれてしまい、いつもより多く時間が掛かってしまった。
夕暮れ時、家に帰りつくとエドヒルが既に帰ってきていた。そしてもう一人の魔力が視える、どうやら来客のようだ。
「お! ライル、おっかえり~」
「お邪魔しているよ」
そこにはアンネと長老――イズディアがいた。
イズディアはエレミアに近付き、義眼を見据える。 そして、深々とその頭を下げた。
俺達が驚きで声を失っていると、
「私の力不足のせいで、長く苦しめてしまった。結局、私は何も出来ずに…… すまなかった」
「そ、そんな!? 長老が謝る事なんかありません! 私は、里の皆や長老には感謝しかありません。 こんな私の為に、ありがとうございます」
イズディアは顔を上げ、柔らかな笑みを浮かべ、「此方こそありがとう」 と声を掛け、今度は俺の方へ近付いてきた。
「ライル君があの魔道具を作ったとアンネから聞いたよ。 里を代表して礼を言わせてほしい。 大切な里の仲間を、友の娘を救ってくれて、ありがとう……」
そう言うとイズディアはまた、深く頭を下げた。 エルフの長老が人間の子供に頭を下げる、これがどれ程重大な事かは俺には分からないが周りの三人がひどく驚き、顔が引き攣っているので想像するのは容易かった。
「い、いえ…… 此方が勝手にした事ですから、気になさらないで下さい。 此方こそ差し出がましく、申し訳ありません」
何だか気後れしていまい、思わず俺も頭を下げてしまった。
「はぁ~…… ライル、謙遜もそこまでいくと嫌味になっちゃうよ。ここは素直に、どういたしましてって言えばいいんだよ」
頭を下げ合う俺達にアンネが呆れた様子で肩を竦め、首を左右に振っていた。




