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トラブルに見舞われたものの、その後は特にこれと言った邪魔も入らず、予定よりも少し遅れて王都付近へと到着する。
夜営の準備をしている時、クレスからマナフォンで連絡が来た。
「リビングアーマーは気掛かりだけど、このまま予定通り行く事になったよ。僕達がいる軍は王都の東側に、ライル君達がいる軍は西側から攻める。ある程度王都から兵士や騎士達を外に出したら、僕達とライル君達で合流して王都内へ精霊魔法で侵入するから、アンネには前以て僕達がいる場所に来てほしい。でないと精霊魔法での転移は出来ないんだよね? 」
移動する場所を実際に見て覚えておかないと転移は出来ないからな。王都内に潜入する時は、ガンビットとエイブラムと初めて会った宿の部屋にする事となった。話を聞くに、彼等はまだあの宿にいるらしい。しかもまた最上階の部屋だと言う。
「この作戦、上手くいくでしょうか? 」
「上手くいくさ。僕達には二度目なんてないからね。ここで決めないといけないんだ」
そうだ、このチャンスを逃してしまえば後はない。次に国を取り戻す機会がくるのは何年後になるやら。その時は内戦ではなく、国同士の大規模な戦争になる可能性が高い。そうさせない為にも失敗は許されない。
夜、少数の見張りを残して皆が休む中、俺は一人で夜空を見上げていた。
空一面に広がる星は、地上のいざこざなんて関係なく今日も綺麗に輝いている。朝になればこの星達は姿を晦まし、血生臭い戦が始まる。また人が大勢死んでいく。大切なものを守る為に、譲れないものの為に、皆命を賭ける。
はぁ…… 正直、逃げ出したい気分だ。誰かが死ぬのはもう見たくない。目を閉じて、耳を塞いでしまいたい。俺はただ、この世界で新しい家族と暮らしたいだけなのにな。今度は自分から手放さないように…… それなのに、どうしてこんなに敵が多いのかね。
『ここで逃げたとしても、誰も相棒を責めたりしねぇぜ。だからよ…… 無理する事はねぇと、俺様は思うがね』
どうやら俺の心が魔力収納内にいるテオドアに伝わってしまったようだ。
『気遣いどうも。でもな、ここで逃げたら俺は何も変われないんだよ。前世と同じで流されるだけの人生で終わってしまう。自分で自分を失望させたくないんだ。嫌な事から逃げてきた人生は、前世でもう嫌というほど経験してるからさ』
そう、ここで逃げたら何も変わらない、変えられない。それじゃ記憶を持ったまま生まれ変わった意味があるのか?
『そんな人生も別に悪かねぇとは思うけど、相棒は既に経験してんだもんな。二度目の人生か…… 俺様も似たようもんだけど、ま、お互い好きに生きようぜ』
テオドアも人間としての生が終わり、レイスになった。ある意味生まれ変わったも同じ。だけど俺の場合は違う世界から転生したので、どうにも常識の齟齬が大きくて今だに馴染めていない。特に人の生き死については日本じゃ考えられない程に軽い。
そんな中で好きに生きる、か。
もう一度空を見上げる。すると一筋の光りが流れて消えた。こういう時は願い事を三回繰り返すと叶うなんて聞くが、願いが多すぎて一つに絞れないな。
明日も早いし、そろそろ眠ろう。再び流れる星に願いを込める。どうか、この戦に命を賭けてきた者達が報われますように。
◇
今日は朝から空気がピリついていた。誰もが緊張を隠しきれず、顔が強張っている。戦直前の空気は重苦しく、この先も馴れる事はないだろう。不安と恐怖で胃が締め付けられ、今朝食べた物が逆流してしまいそうになる。気分は最悪、こんな空気の中で笑ってる奴がいたら、それはもう正気の沙汰じゃない。
指揮官の指示で黙々と行軍し、王都の西側に陣取る。暫くすると西門から王都の兵士と騎士、それにリビングアーマーが姿を現す。やはり来たか…… 隊列は騎士が一番前でその後ろに兵士、一番門に近い所にこの前よりもずっと多いリビングアーマーが控えている。どれだけ人の命を犠牲にしたらあれだけのリビングアーマーを用意出来ると言うのだろう? そう思うと胸くそ悪くなる。
嫌な並びだ。どうせ死体はアンデッドとして利用するからと考えているのか。人的資源を有効に使っているとも取れるが、面白くない。命はそんなに安くはない筈だ。だから、そちらの思惑通りに動いてやるものか。
周囲にハニービィ達を飛ばし、戦況を把握する。両軍、距離を保ち向かい合う。嵐の前の静寂が支配する空間で、お互いに睨み合い、己の心音だけが嫌に煩く感じる。疲れてもいないのに目眩を覚え、喉が渇く。
「全軍、突撃ィィイィィィ!! 」
初めに動いたのは王都側の兵士達だった。剣を抜き放ち、恐怖と悲壮の表情を浮かべて襲い掛かってくる。あの人達もレイスに取り憑かれ無理矢理に戦わされているのだろう。そんな者達を殺すなんてしたくはない。
「抜剣! 構え!! 来るぞ、十分に引き付けてから迎え撃てぇ!! 」
剣と剣がぶつかり、金属の合わさる音がそこかしこから聞こえてくる。リビングアーマーはまだ動く気配はない。先ずは兵士達で様子見か? 随分と余裕を見せてくるけど、此方としても好都合。
俺達の陣形は、神官を後ろへは下げずに冒険者や兵士達と共に前に出て貰っている。何故そんな無謀だと思われる事をしているかと言うと、これも作戦の内なのだ。
王都の軍と俺達では圧倒的に王都軍の方が数に有利である。しかしながら、大半の者達は望んでもいない戦にレイスに憑依されて無理矢理にでも参加させられている状況だ。
なら、彼等を解放して味方に引き込めばいいと考えた。兵士と冒険者で相手を押さえ、神官達が浄化魔法で取り憑いているレイスを消す。そうすると向こうは一時的に気を失うが、湊町奪還でも、少しすれば意識は戻っていた。その後、俺達の軍に加わって貰うのだ。
これで人数差は埋まり、拮抗するどころかいずれ此方が上回る。東側でも殿下達が戦い始めたのをハニービィを通して確認済み。そろそろかなと思っていた時、クレスからの連絡が入った。




