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オーガとの戦闘を終え、魔核から魔力結晶を作り出した俺は、本格的に義眼作りに取り掛かった。
まずは、八面体の魔力結晶を俺のスキルで丸く形作った物を二つ用意する―― これが眼球の代わりになる。両眼にしたのは立体視の為だ。この義眼はあくまで眼の代用であり、片眼だけだと遠近感がとりづらくなってしまう。
後は、ここに術式を刻む訳だが、術の構築が非常に複雑で、ギルディエンテと共に悩みながら構築していった。 ギルディエンテの魔術の知識は豊富で、何でも千年前に人化して人間達に混じって知識を得ていたらしい。
俺がアイデアを出し、ギルディエンテがそれを式として形にする。自然とそんな役割になっていた。
部屋の中で籠りっきりは流石に申し訳ないので、手伝える事は出来るだけしている。 朝はエレミアと一緒に泉へ水を汲み、昼は畑の手伝い。 たまに、エドヒルとその他のエルフ達と共に狩りにでている――俺の、というかハニービィの索敵能力が目当てだけど。
そんな日々が続き、少しずつだけど里のエルフ達に受けいられ始め、挨拶程度には言葉を交わしてくれるようにはなってきた。
アンネは毎朝長老の所へ行き、夕方には疲れた様子で帰ってきては、酒を呑んでいる――何だか前世の自分を見ているようだ。
ギルディエンテ――ギルはエルフから譲ってもらったワインを毎晩のように呑んでいる。 最近はアンネと一緒になって、つまみを要求するようになった。 『ギルディエンテは呼び辛かろう、ギルで良い』 そう言ってくれたので、俺はギルと呼んでいる。 後、ギルの寝床となる洞穴を作成し、これでやっと落ち着いて休めると喜んでくれた。
ハニービィの蜂蜜はエルフ達にも好評で、もうほとんど在庫が無くなるほどだ。 この里には甘いものが無いらしく、たまにやって来るドワーフから砂糖を譲って貰っているらしい。
エルフとドワーフは仲が悪い訳ではなく、かといって良くもない。 「ドワーフは体中から鉄の匂いがするから苦手だ」 と、エルフ達は言っていた。 だけど、取り引き相手として交流はしているみたいだ。
里にあるナイフや剣、その他の鉄製品はドワーフから仕入れた物で、かわりに里からは野菜やワインを渡している――ほとんどワインなんだが、やっぱりドワーフは酒好きのようで、気が合いそうだ。
そんな穏やかな生活をしながら義眼を作り始めて、一ヶ月が過ぎた頃、ついに完成した。
赤く透き通った球体に、魔術言語で出来た術式がまるで魔法陣のように、表面に刻んである。 魔力を込め、発動すると模様は蒼白く光り出して、とても綺麗だ。
理論上は問題なく、術の発動と安全性も何度も実験を繰り返し確認した。 後は、エレミアにこの義眼を着けて貰うだけだ。
いつも通り朝食をとった後、それぞれの仕事に向かう三人を呼び止め、このまま残ってもらった。 そして、ここで初めてエレミアの眼を作っていたことを話し、それが完成した事を伝えた。
「おお、遂に出来たのだな。 これで本当にエレミアの眼が見えるようになるのか?」
「え? どういう事? 私の眼が見えるって……」
「もうちょっと、詳しく説明して貰いたいわね~」
事情を知っているエドヒル以外は事態を飲み込めていないようで、ぽかんとしている。 エドヒルは二人に、眼の代わりになる魔道具がある事、それを俺が考え、作り出したことを丁寧に説明して貰った。
「本当にそんな物があるの?」
「ああ、あるよ。 これを両眼に嵌めて、術式を発動させるだけでいい。 エレミアの魔力に合わせて調整したから問題はないはず」
それを聞いてもエレミアはまだ懐疑的だ。無理もない、ずっと見えないことが当たり前だったのに突然、見えるようになりますよと言われても信じられないよな。
「危険は無いようだし、試すだけでもしてみれば?」
ララノアがそう説得して、とりあえず試そうと言うことになった。
「それじゃあ、義眼を嵌めるから瞼を上げてくれないかな?」
「……わかったわ」
ゆっくりと瞼を上げると、そこに目玉は無く、ただ暗い穴がポッカリと空いているだけだった。
「気持ち悪いでしょ? 出来れば見せたくなかったな……」
「全然、何もかわらない。 いつも通りの綺麗な顔だよ」
エレミアは、困ったようで喜んでいるような顔で軽く微笑む、俺は慎重に義眼を二つの窪みに嵌め込んだ――大きさは前にこっそり調べたので、ピッタリだった。
「じゃあ…… 魔力を流して、魔術が使えるなら分かるはずだから」
「うん…… 多分、大丈夫」
二つの義眼に魔力が流れて、術式が発動する。 蒼白く光る魔法陣は少し大きい黒目のように丸く、美しかった。
暫く時が止まったかのように動かなかったエレミアだが、自分の手をゆっくりと顔の前に持っていき、開いたり閉じたりを繰り返している。
「うそ……これが、私の、手?」
どうやら、初めて見た自分の手に驚いているようだ。ちゃんと術式が正常に発動したみたいで安心した。
「エレミア……あなた、本当に、見えているの?」
ララノアが問い掛けると、エレミアの赤い瞳がそちらへ向く。
「……お…母さん? お母さん……なの?」
その言葉を聞くや否や、ララノアはエレミアに近寄り抱きしめた。その眼には涙が溜まり、今にもこぼれ落ちそうだ。
「ああ! 神様、この奇跡に感謝を…… 本当ね? 本当に見えているのね? 」
「見える……見えるよ! お母さん! 私……見えてるよ」
二人が抱きつき喜びあっている側にエドヒルが近付いていく。
「エレミア……」
自分を呼ぶ声の方へ、エレミアは顔を向けた。
「この声は、兄さん? ……兄さんって、そんな顔をしてたんだね」
嬉しそうに笑うエレミアにエドヒルは何も言わずに抱きしめた。
「もう…… 痛いよ、兄さん」
二人は暫く無言で抱きしめ合っている。 エドヒルの肩が僅かに震えていたのを、俺は見逃さなかった。
「あっ、そういえば……ライルは?」
ようやく落ち着いた頃、エレミアは思い出したかのように俺を探している。
「ここだよ」
「ライル! ありがとう! 私、見える…よう……に」
俺の姿を捉えたエレミアは言葉を失ってしまった。 恐らく、顔の痕を見て驚いたのだろう。 それとも、予想以上に酷い姿だったのかな?
そのまま、無言で此方へ近付いて、俺の左頬にそっと手を添えてきた。 その蒼白く光る赤い瞳でじっと見つめながら、
「これも、生れつき?」
「うん、そうだよ」
そう答えた瞬間、何か柔らかなものに包み込まれる。 エレミアに抱きしめられた事にはすぐに気付かなかった。
「ありがとう…… ライル、私に光を、色を与えてくれて……ありがとう」
体に痛みを感じるほど強く抱きしめられ少し困ったが、俺のわがままでやった事にここまで喜んでくれて、何故かこっちも「ありがとう」と、言ってしまった。 それを聞いたエレミアに、
「変なの、何でライルがお礼を言うの?」
そう言われ、二人で顔を見合せ、微笑んだ。




