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空を明るく照らす浄化の光に、レイスは苦しみ踠き消えていく。百人近くいる神官達による浄化魔法は中々に壮快である。他のアンデッドはレイスのように消えはしないが、明らかに動きが鈍く弱体化しているのは明白。この調子なら犠牲無しで乗り切れるか?
そんな期待をしたがそうもいかず、一人のヴァンパイアが動き出す事によって戦況が変化した。
そのヴァンパイアは牛の角と尻尾を持ち、背は二メートル近くはある巨体で何故か上半身が裸だった。…… そう、牛獣人のヴァンパイアだ。他にも馬と熊といった獣人のヴァンパイアもいる。後は普通のヴァンパイアが数人。
エルフやドワーフの他にも、獣人のヴァンパイアも存在してたか。
牛獣人のヴァンパイアは、額に生えている角に血を纏わせて、鋭く巨大な角へと変貌させ、両腕を岩のようなゴツゴツとした感じに血でコーティングしていた。
グモォォオォォ!! と、地鳴りを轟かせ走ってくる姿は、テレビでやっていたスペインでの闘牛を彷彿とさせる。
突進してきた牛獣人のヴァンパイアが持つ血で強化された角で冒険者を串刺しにすると、大きく頭を振って遠くへ投げ飛ばす。
腹部に風穴を開けられた冒険者の生存は絶望的だ。早く神官達の元へと運ばないと。しかし牛獣人のヴァンパイアは、血でコーティングされた岩のような両腕で、冒険者達を薙ぎ倒しつつも走る足は止まらない。まるで人を引き倒しながら進む暴走列車だ。
まずいな、これでは負傷者が増えていくばかり。誰かあのヴァンパイアを止めてくれ!
『フン、我に任せよ』
そう言って、ギルが牛獣人のヴァンパイアの前に立ちはだかり、手にしている大剣を降り下ろす。しかし血の岩を纏った腕で受け止められてしまったが、敵の快進撃を止める事は出来た。
しかしいくら人化してようともギルの一撃を正面からまともに食らって、彼処まで平然としている牛獣人のヴァンパイアについ関心してしまう。
『あぁ~、ありゃ見覚えがある。結構強いぜ? さしものギルディエンテでも苦戦は免れそうもねぇな』
あと他の獣人のヴァンパイアにも見覚えがあると言う。テオドアの記憶が確かなら、あの獣人のヴァンパイア達は少なくとも五百年は生きている。手強そうだけど頼むぞ、ギル。
「ほぉ? 我の一撃を正面から耐えるか。見事と褒めてやろう」
「貴様に褒められたところで不快なだけだ。俺のこの両腕で殴り潰してやる! 」
牛獣人のヴァンパイアがギルに構っている間に、重傷の冒険者をまだ無事な冒険者が神官の元へと運ぶ。
空を浄化魔法で照らしていた神官達は冒険者達の治療の為、一人、また一人と抜けていき、浄化の光がだんだんと暗くなるに従い、アンデッド達の動きが活発になっていくのが分かる。
「ちっ! 今度はヴァンパイアが多いな。出来ればやりたくなかったが、仕方ねぇ」
「ヴァンパイアを相手にするのは初めてっすね。何か緊張するっす! 」
「いくぞ~、あたしの精霊魔法でボッコボコだぜい! 」
ガストール達を含めた冒険者達は協力して通常のヴァンパイアの相手をしているみたいだが、やはりヴァンパイアってのはしぶとく、かなり苦戦を強いられているようだ。
残りの獣人のヴァンパイアは、クレス達が抑えている。
馬獣人のヴァンパイアが血液操作のスキルを使い、血でコーティングをして足を馬のように変化させた。その血の蹄で繰り出す強烈な蹴りをレイシアは盾で防ぐが、魔力との繋りを通して余裕の無さが伝わってくる。
「くっ、なんと言う威力。防ぐだけで精一杯だ」
「…… レイシアはそのまま防御に徹して。攻撃は私がやる」
「うむ、承知した! 」
今のところ、馬獣人のヴァンパイアはレイシアとリリィに任せて大丈夫そうだ。後一人は確か熊獣人のヴァンパイアだったな。そいつとはクレスとアンネが相手をしているみたいだ。
血液操作によって、太く鋭い爪を生やした両腕をクレス目掛けて降り下ろす姿は野生の熊よりも凶悪だ。
血の爪を躱しつつ反撃に出るクレスだが、その太くなった腕で防がれてしまう。防御と攻撃に優れた腕に、流石のクレスも苦笑いである。
「ドワーフのヴァンパイアも厄介だったけど、獣人のヴァンパイアも大概だね」
「ヴァンパイアの癖に生意気なのよ! あたしがこの世からオサラバさせてやるわ!! 」
クレス達が獣人のヴァンパイアに付きっきりになってしまったので、他のアンデッドが冒険者達を襲う。負傷した者達の治療で神官達が抜けていき、アンデッドを弱体化させていた浄化の光が段々と弱くなっていく。視界も悪くアンデッドの動きが活発になり、あれほど優勢だったのに徐々に形勢は逆転していった。
これは不味いな。どうにかして再びアンデッドを弱らせなければ、どんどん犠牲が増えていく。やっと此処まで集まったのに、これじゃ王都へ攻めるのが遅れてしまうよ。そして集まったところをまたこうやって攻められでもしたら、何時まで経っても国は救えない。
「ライル様、私が抜けた神官達の代わりを務めますので、魔力の補給をお願い致します」
「アグネーゼさんが? でも抜けた神官達の代わりなんて、かなりの魔力量を必要としますよ? そんな量の魔力を身に宿したら、アグネーゼさんの体にどんな影響が出るか分かりません」
「それは承知の上で御座います。ですが、これ以上の犠牲を増やしたくはないのです。どうかお願い致します、ライル様」
生物にとって自分の許容量を超えた魔力を持つのは危険で、体に悪影響しか及ばさない。それを分かっている筈なのに、アグネーゼは強い意思を宿した瞳で俺を見詰めてくる。覚悟は出来てる、そう訴えかけているようだった。
「…… 分かりました。でも、危ないと感じたら魔力供給は切りますよ? 」
「ありがとうございます、ライル様。無理を言ってすみません」
アグネーゼは集中して魔力を練る。どんどん魔力が消費されていくアグネーゼに俺は供給していった。一体どれ程の浄化魔法を放とうとしているのか、練られていく魔力を視て冷や汗が流れる。
「くっ…… 成る程、これは確かにきついですね。ですが此処で膝を折るわけにはいかないのです」
アグネーゼは苦しそうにしながらも、練りに練った魔力で特大の浄化魔法を空に発動する。巨大な虹色に輝く光球が天高くから地上を照らし出す。それはまるで虹の太陽のようである。
その光を受けたアンデッドは再び動きが鈍くなり、弱体化に成功したみたい。これなら押し切れそうだ。
しかし、これを維持する為の大量の魔力を俺から供給されているアグネーゼは、息も切れ切れで顔色も悪く今にも倒れるんじゃないかと心配で気が気でない。
今すぐにでも魔力供給を止めてしまいたいという思いに駆られるが、それではアグネーゼの覚悟に泥を塗ってしまう行為である。ここはぐっと堪えるしかない。早く…… 頼むから早く戦いが終わってほしい、俺はそう強く願わずにはいられなかった。




