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「その鎖、調べさせて貰ってもいいですか?」
さっきまでアンネと言い争っていたが、一旦やめて此方へ向き直り、
「別にかまわんが、どうやって調べるのだ?」
「俺は魔力支配と言うスキルを持っています。 このスキルは魔力で触れた物の情報を読み取ることが出来るんです。 もしかしたら、その魔術を解除する事も可能かも知れません」
ギルディエンテは軽く眼を見張り、喉を鳴らす。
「ほぅ、 支配のスキルを持っているか…… 成る程、そこの羽虫がお前と共にいる訳だ。 承知した、存分に調べるが良い」
ん? ギルディエンテが何か意味深な事を言っていたような気がするけど、今はこの鎖に集中しなければ…… 許可を貰ったので早速、魔力を鎖に当てて情報を読み取る。
…… これは、なかなかに酷い。 これに巻き付かれたら、魔力を外に放出する事ができず、体の自由も奪う。 しかも術式の維持に必要な魔力を対象から奪い取るという鬼畜仕様だ。 だからギルディエンテの体は傷付いたままなのか、これを考えた奴は絶対ドSだな…… だけど、強力な事には変わりないので、この術式は覚えておこう。
さて、魔術の解除だが…… 術式の一部を俺の魔力で無理矢理、削り取ってしまえば効力は失うはずだ。 かなりの魔力を必要とするが、今の俺の魔力量ならば問題はない。
「少し時間が掛かりますが、解除は可能です」
「なんと!? それは本当か? 我は自由になれるのだな?」
心なしかギルディエンテの声が弾んでいる感じがする。 まぁ、それも当然か、千年ぶりに動けるんだもんな…… 喜ばない筈がない。
「それで、お前は何を望む? 封印を解く見返りとして我に何を求める?」
「義眼の魔道具を作るために知恵をお貸りしたい」
ギルディエンテは何かを考えるように、視線を虚空に向け、やがて此方へと戻す。
「そんなに、そのエルフの女が大事か? 聞けば、まだ出会って一日ほどしか経っていないのだろう? そこまでする義理も義務もないはずだ…… 同情でもしたのか?」
何故? 確かに、ギルディエンテの言うことは正しい…… エレミアは今のままでも、十分生活が出来ている。 眼の見えない自分を受け入れ、納得して、工夫しながら今を強く生きている。
もしかしたら、俺のしようとしている事は、余計なお世話かも知れない。 それでも…… それでも俺は、この世界を、大切に守ってくれている家族の顔を、里のみんなを視て貰いたい。 そう、これは、ただの――
「――俺のわがままだ。見る手段があるのなら、見えるようにしたい。 そう思ってしまうのは可笑しなことか? ドラゴンならそうかもしれないけど、俺は人間だ! 同情のどこが悪い? 自己満足でも、偽善でもいいじゃないか! 義理も義務も必要ない、ただ、俺がそうしたいと思ったんだ!!」
言ってしまった…… 後から後悔の念が押し寄せてくる。ついカッとなって、勢いで喋ってしまった。 自分勝手な人間だと思われたかも知れない、でも、これが俺の正直な気持ちだ。
「わがままか、実に人間らしい愚かな考えだな…… 馬鹿正直にも程がある。 普通はもっと隠すものだ」
呆れた様子でギルディエンテは言っているが、俺を見つめる金色の瞳は、初めの時の鋭さが消え、柔らかものになっていた。
「そこが、ライルの良いところよ。 まあ、ドラゴンには解らないでしょうけど!」
アンネはまるで、自分の事のように自慢していた――いや、全然自慢にはならないからね、なんでそんなに誇らしげなのか解らないよ。
「…… 気持ちは分かった、理解はしていないがな…… お前は我の封印を解く、我はお前の魔道具作りに協力する…… これは取引だ。解るな?」
「はい、よろしくお願いします」
ふぅ~、 よかった。 協力はしてもらえるようだ。
「面倒くさいわね、素直に協力するっていえばいいじゃない…… 初めから断る気なんて無かった癖に」
「うるさいぞ、羽虫、余計な事を言うな」
ん? どういう意味だ? 最初から協力する気だった?
「小僧――いや、ライルよ、細かい事は気にしなくて良い、早く封印を解いてくれるか?」
「あっ、はい…… 分かりました、今解きます」
疑問を振り払い、封印の術式に干渉して、一部分を強引に削り取った。 すると、蒼白く光っていた鎖は輝きを失い、ただの無骨な鎖へと成り下がった。
「おお! 体が軽くなった。 久しぶりの感覚だ」
ギルディエンテは鎖を引きちぎり、その巨体をゆっくりと確かめるように、動かしている。
しかし、でかいな…… こんなのいきなりエルフの里に連れていったら、問題になりそうだ。魔力収納で運ぶしかないか…… その旨をギルディエンテに伝えると、
「ほう! それは興味深い! 是非、お願いしたい」
興味津々のようだ。 たが、それを聞いたアンネが待ったをかけた。
「ちょっと待ってよ! わたしの素敵空間がドラゴン臭くなっちゃうよ! エルフの皆には、わたしから説明するからさ…… やめない?」
「何を言っている? ライルの能力であってお前のでは無かろう? それに本人からの提案なのだ、お前は文句が言える立場にあるのか?」
まだアンネが反対しているが、ここは我慢してもらい、ギルディエンテを魔力収納へと招待した。
『おお!? これ程の魔力が満ちている空間は久しぶりだ。 なんとも懐かしい…… ここなら我の体を存分に癒す事が出来る。 ライルよ、取引の内容を変更しても良いか?』
『はい、それは構いませんが、どんな内容にするんですか?』
『うむ、それはな、我がこの場所に滞在する許可を貰いたい。その間、我はライルに力を貸そう…… と言っても、今の我の体では戦闘行為は難しいので、知恵を貸すぐらいしか出来んがな』
それって、常にドラゴンが俺の中に居るって事だよな。 今は傷付いてボロボロだが、ドラゴンはドラゴンだ。 いざという時には頼りになるはず、断る理由が無い。
『分かりました、その内容で取引しましょう』
『そうか! では、これから世話になる。 それと、早速頼みたい事があるのだが…… ここに洞穴のような場所を用意出来ないだろうか? そこを我の寝床としたいのだ』
『洞穴ですか? それには大量の岩と土が必要になりますので、時間を貰ってもいいですか?』
『かまわぬ、よろしく頼むぞ』
『はい、分かりました』
ギルディエンテは適当な場所でその巨体を丸め、休み始めた。俺はアンネに取引内容の変更を伝えると、
「なんで、そんな約束すんのよ!! じゃあ、これからずっと、あいつがライルの中にいるって事!? 冗談じゃないわ! 文句言ってくるから、中に入れて!」
言う通りにアンネを魔力収納へと入れると、一直線にギルディエンテに向かって行った。
『くぉらぁ! このくそドラゴン! 誰の許可を貰って、ここに居座ろうとしてんだ! 出てけ!!』
『うるさいぞ、羽虫…… 休めないではないか…… それと、許可ならライルから貰っているぞ』
『にゃにお~、上等だ! 表に出やがれ!』
『だから、嫌だと言っているだろ』
随分と騒がしくなりそうだ。 それよりアンネさん、 真っ暗で何も見えないんですけど…… 早く帰りたいですけど…… 戻ってきてくれませんかね……




