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――ドラゴン…… それは前世でも、とても有名な存在…… 最強の生物で高い知能を持ち、強靭な肉体と剣をも弾く鱗に覆われ、口から火を吹き、大きな翼で空を自由に飛び回る天空の覇者…… 男なら一度は夢見るだろう…… ドラゴンの背に乗り、共に大空を翔る姿を――
「そのドラゴンなんだよな!」
これは凄いぞ! あのドラゴンに会える日が来るなんて…… ヤバい、そう思ったら緊張してきた。
「な~にが、共に大空を翔る姿を――だよ! あんた、高いとこ駄目でしょ! まったく、あんなトカゲ野郎の何処がいいんだか…… 理解に苦しむね!」
「向こうの世界じゃ、ドラゴンは全国的に有名なんだから仕方ないだろ? それで? そのドラゴンは何処にいて、どうやって会いに行くんだ?」
時間がどれくらい掛かるのかが問題だな。
「何時でも会いに行けるよ。わたしの精霊魔法を使えばね」
「え? それはどういう……?」
頭の中が ? で一杯になっているのを見て、アンネは可哀想な子を見る目でため息をついた。
「あのね、もう忘れたの? 精霊は何処にでも宿っているんだよ、目に見えないものでもね」
目に見えないもの、空気とかかな?
「空間にも精霊は宿る」
「空間!? 空間に精霊が宿るの? そんな馬鹿な……」
「馬鹿じゃないよ! 馬鹿なのはライルだよ! 空間の精霊は実際にいて、その力を借りればどんなに距離が離れていても、空間と空間を繋げて、あっという間に移動が出来るのさ!」
瞬間移動のようなものか、それが本当なら、これからの移動が楽になるな。 ん? まてよ……
「なぁ、そんなのが出来たなら、なんで始めから使わなかったんだ? そうすれば村を探さなくてもよかったのでは?」
「わたしが強く印象に残ってる場所しか行けないし、五百年、旅をしてきたんだよ…… そんだけあれば地形も変わってるし、国だっていつの間にか滅んで新しい国が出来てるんだよ! いちいち覚えてらんないよ!」
そう言われたら、そうだよな…… でも、同じ場所でも風景が違うと移動出来ないのか、精霊も中々融通がきかないな。
「でも、そのドラゴンがいる場所は行けるんだ?」
「まあね、あそこは絶対に変わりようがない所だからね」
一体どんな場所なんだ? 危険な所じゃなければいいんだが……
「それで? いつ行くの? 」
う~ん、そうだな、出来るだけ早いほうがいいだろうな…… でも、もうすぐ夕飯だし、
「夕飯を食べてから、お願いしてもいいかな?」
「ういうい、いいよ~…… 会いたくないな」
余程嫌いなんだな、会っていきなり戦闘になったりしないでくれよ。
この後、エレミアが夕飯が出来たと呼びに来たので一階のダイニングルームに向かい、夕飯を頂いた――すぐに移動したいから、この日はお酒だけ渡して、疲れたので先に休むと言って部屋に戻った。
「それではアンネ先生! ひとつ宜しくお願いします!」
「うむ…… よろしい、精霊魔法の真髄をしかと見届けるように」
相変わらず乗せやすい性格をしているよ、多分一生変わらないだろうな。 そんな事を思っている内にアンネはその身から魔力を放出し、空間の精霊に呼び掛けた。
「空間の精霊よ…… わたし達をあの憎きトカゲ野郎の元へと空間を繋ぎたまへ……」
そんな私怨がたっぷり含んだ詠唱を唱えると、アンネの目の前の空間が歪み、円い穴が空いた。大きさは余裕で人ひとり通れるほどだ。穴の中は何処かに繋がっているみたいだが、真っ暗で何も見えない。
「うし! さあ、ライル、いくよー!」
そう言ってアンネは先に穴の中へ入って行ってしまった…… あの中へ入るにはかなり勇気がいるな…… よし! と気合いを入れて俺も穴の中に進んで行った。
中に入って初めに思ったのは…… 暗い! 真っ暗で目の前が何も見えない。 こんなのどう進めばいいんだ?
「何してんの? 立ち止まっちゃって」
「うお! びっくりした…… 脅かさないでくれよ」
急に声を掛けてくるから驚いてしまった。 心臓に悪いからやめてほしい。
「あんた、魔力が視えるんでしょ? なんで驚くのよ……」
「別に四六時中、視ている訳じゃないよ」
魔力を視る事に集中すると小さな白い影が視えてきた。これはアンネだな…… ん? それとは別の、この暗闇の先に何か大きな魔力の塊が視える。何だか恐い感じがする魔力だ、気が付くと俺の足が軽く震えていた。
「光の精霊よ、闇を照す灯りとなれ」
アンネがそう唱えると、光の球体が四つ出現して、辺りを明るく照らした。 それで分かったのが、ここは石で出来た通路のようだ。 俺の前へと真っ直ぐ道が続いている。 後を振り返ると、同じように直線の通路が続いていた。
「なあ…… アンネ、ここはどこなんだ?」
「さあ? 分かんない、わたしもたまたま流れ着いただけだから……」
とりあえず、俺達はあの巨大な魔力の塊へと足を進めた。 カツーン、カツーン、と自分の足音だけが壁に反響し、暗闇の中に吸い込まれていく。
どのくらい歩いただろうか? 通路のような細い道を抜けると、そこは広い空洞になっていて、その中央にぼんやりと蒼白く光っている鎖のような物が、何か大きな物体に巻き付いていた。
その大きな物体が目視できる所まで近づいてみると、 その光景に思わず、息を呑んだ。
それは余りにも巨大で、頭だけでも俺の身長を軽く越えていた。 全身が黒い鱗に覆われ、赤い線のような模様がまるで血管みたいに、体中に刻まれている。 角は全部で三本、頭のこめかみに当たる部分から長い角が左右に一本ずつ上に向かい生えており、鼻の頭に小さな角が一本、そのどれにも、赤い血管のような模様がついていた。
「……空間の歪みを感知したかと思えば、やはり貴様か……矮小なる者よ。 人間など連れて、何をしに来た?」
黄金に輝く眼に睨まれ、腹の奥に響くような低音の声を聞いただけで、膝から力が抜け、倒れそうになるのをぐっと堪え、何とか体勢を維持した。
なんていう迫力だ…… ただ喋っただけで、これほどの威力があるとは…… ドラゴンは生で見ると、凄く恐ろしいな……
「うっさい!! わたしだって来たくて来た訳じゃねぇよ! ライルがどうしてもって言うから仕方なくだよ! そうじゃなきゃこんな所、誰が来るかってんだ! この死に損ないが!!」
っ!? おいおい! アンネさん!? 何でこんな相手にそんな喧嘩腰でいけるんだよ! 馬鹿なの? やめてくれよ…… 俺はまだ死にたくないぞ……




