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「ねぇ、ちょっと訊きたいんだけどさ……」
「なに? どうしたの?」
泉からの帰り道、さっきから疑問に思っていた事を訊いてみた。
「エレミアは水の魔法が使えるんだよね? ならその魔法で水を創り出す事は出来ないの?」
そうすれば、わざわざ水を汲みに行かなくてもいいのではないか?と思ったのだ。
「出来るけど…… それだと意味ないよ、魔法で創った物は魔力が尽きれば消えてしまうよ」
なに? そうなのか、知らなかった。魔力があればあるだけ水が創り出せるって、そんな都合の良いことはないのか。
「でも、お風呂のお湯は水魔法で創ったのを使ってるよ。使い終わったら消えてくれるから、便利なの」
「お湯も創り出せるんだ?」
「うん、お湯だけじゃなくて、氷も創れるよ。 慣れれば、相手を凍らす事もできるのよ」
水魔法、恐いな…… 汎用性が高過ぎる。 他の魔法も同じなのか? だから、ハロトライン伯爵も含め貴族達は魔法に拘っていたのか。 懐かしいな、まだ半年しか経っていないのに…… クラリスは今、どうしているのだろうか? 早く立派になって、親孝行したいものだ。 前世では結局なにも出来なかったからな…… 孫の顔も見せてやれなかった。
「どうしたの?」
急に黙りこんだので、エレミアが心配そうに訊いてきた。
「ん?…… 少し、親のことを思い出していた、といっても育ての親だけどね……」
「へぇ、どんな人なの?」
「女の人なんだけど、とても優しい人だよ……怒ると恐いけどね」
「フフ…… 母親はみんなそうだよ」
母親はみんな同じ……か。そうだったら、いいのにな。
「ただいま~」
「た、ただいま戻りました」
ふぅ~、何事もなく家に着いた。 しかし、歓迎されていないとは思っていたが、ここまでとは…… 里のエルフ達の態度は実に分かりやすかった。 俺を見極めようと見てくるか、不審者を見るような目で見てくるかの二通りしかなかった。これは俺が嫌われている訳ではなく、エレミアの為だという思いが感じた。
エレミアは家族だけではなく、里の皆から大切にされているのだと安心したと同時に、少し羨ましいと思ってしまった。
「ここに一つ、水瓶を置いて」
エレミアに言われた通り、キッチンの側に水瓶を一つ、残りは倉庫に置いて戻ると、ララノアがキッチンの水瓶に何かを入れていた。
「何を入れたんですか?」
「これ? これはね~、魔核よ。火の術式が刻んであるの…… それを入れて一度水瓶の水を熱湯にして、冷ましてから生活用水として使用してるのよ。 魔法を使ってもいいんだけど、魔力は貴重だからね」
煮沸消毒をしているのかな? 川の水なら濾過しないと危ないのだが、あれだけ澄んだ水ならそれだけで大丈夫なんだろう。
「この後の予定はなんですか?」
「そ~ね~、私達は畑仕事があるけど、一緒に来る?」
そうだな、他に予定もないし、手伝わせてもらおう。
「はい、よろしくお願いします」
ララノアとエレミアに付いていき、広い土地へ着いた――ここは野菜畑のようだな。トマトにキュウリ、おっ? あそこに見えるのはトウモロコシ畑か…… 馴染み深い野菜を見ていると、何だか安心してくる。
そんな風に和んでいたら、エルフの女性達がやって来る。女性達の俺を見る目は厳しく、警戒の色が濃く出ていた。 その内の一人が此方に近づき、声を掛けてきた。
「あんたが例の人間の小僧だね? 話は聞いてる。 長老の許可があるから文句は無いけどね、みんな不安なのさ…… だから、少しでも妙な真似をしたら、私達は何時でもあんたを捕らえる準備はしてある。そこんとこ肝に命じておくんだね」
いきなり警告を受けてしまった。 まぁ、仕方がない事だ。 少しずつ、信頼を勝ち取って行けばいい、焦ることはない。
「はい、 わかりました。 極力ご迷惑を掛けないよう、気を付ける所存であります。どうぞ、よろしくお願いいたします」
そのまま、腰を直角に曲げ、頭を下げた。
「あ、ああ…… 分かってくれたなら、それでいいよ」
あれ? 何かおかしな事でも言ったか? 頭を下げているので見えないが、若干相手が引いてるような気配を感じる。
「フフフ…… 大丈夫だよ、ライルは絶対悪い人間じゃないから、だから安心して」
「そうかい? エレミアがそう言うなら、いいんだけどさ…… 何かあったらすぐ私に言うんだよ」
そう言い残して、エルフの女性は畑へ向かって行った。
「ありがとう、 擁護してくれて」
「ううん、私は本当の事を言っただけだから…… 皆もすぐに解ってくれるよ、ライルは優しい人だって」
優しい人か…… エレミアにとって、今の俺はそんな風に感じているのか…… 前世では義務と打算だけで生活していたからな。 そう言って貰えて嬉しいと思う反面、エレミアの信頼を裏切らないようにと、精神的圧迫を感じてしまう。
それから、俺は彼女達と畑仕事の手伝いをした。最初はそんな体で何が出来るのか? と思っていた彼女達だったが、俺の魔力支配の力で土を耕したり、水や荷物を運んだり、雑草も手早く処理していたら、「なかなか使えるじゃない」 とお褒めの言葉を頂いた。
便利な人間だと、利用価値を見出だして貰えたのかな? と思っていたら、「ライルが真面目で一生懸命だったからだよ」 そうエレミアが言ってきたが、仕事を不真面目にしたらいかんだろ……と余り納得は出来なかった。
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畑仕事を終えて家に帰り、ララノアとエレミアは夕飯の準備をしているなか、俺は部屋で椅子に座り考え事をしていた。それはエレミアの眼のことだ。
この世界には魔術がある。それで眼の替わりを作れないかと――所謂 “義眼” というやつだ。 義眼の魔道具を作って、エレミアに世界を見せてやりたい。 そうすれば、一時的ではなく、魔道具が壊れでもしない限り、光を得ることが出来る。
だけど、問題がある。 それは、作り方が分からない。 大体の事は考えてはあるが、どうやってそれを形にすればいいのか思い付かないのだ。 魔力念話のように、魔道具が捉えた映像をエレミアの頭の中に浮かび上がらせることが出来たら…… くそ!こんな時、アルクス先生がいてくれたらな…… いやいや、今いない人を求めても仕方がない。
一人で頭を悩ませていたら、アンネが窓から入ってきた。
「うい~、今日もしんどかった~…… ライル、蜂蜜酒」
帰ってきてすぐ酒を要求してきやがった。 なんか遠慮がなくなってきたな…… まぁ、出すんだけどね。
「ん? どったの? 難しい顔しちゃって」
「アンネは魔術には詳しくはないの?」
アンネなら、もしかして…… 一縷の望みをかけて訊いてみた。
「ぜ~んぜん! まったくわかんない!」
全力で否定してきた。 俺はガックリと肩を落とし、長い、それはもう長いため息が口から溢れ出てきた。
「どうしたの? とりあえず、わたしに話してみんさい」
アンネに言われるまま、話してみた――エレミアの眼の事、義眼の事、そして自分の知識不足の事を。
「イズディアさんはどうかな? 魔術に詳しいと思う?」
「多分、駄目だと思うよ…… もしそうなら、とっくにその義眼とやらを作ってるか、似たよう物を作ってるよ」
「はぁ~、 そうだよな、やっぱり自分で何とかするしかないか……」
諦めて、一人でどうするかと考え始めようとしたら、
「う~ん…… あんまり薦めたくないけど、仕様がないよね、 すっごい嫌だけど」
ん? 今度はアンネが頭を抱えている。一体どうしたというのか?
「どうしたんだ、アンネ? 何かいい案でも思い付いたのか?」
「ま~…… いい案っていうかね、わたしの知り合いにいるよ、魔術に詳しい奴、多分この世界の誰よりも……」
なに? それが本当なら是非、紹介してほしいのだが、アンネの顔が思いっきりしわくちゃになっているのが気になる……まるで、にが虫を噛み潰したような顔だ。
「そいつは、アンネと仲が悪いのか?」
「そ~なんだよね…… な~んか気が合わないというか、すんごい偉そうな態度でさ~…… 正直に言って、だいっ嫌いなんだよね!」
おぅ…… あのアンネをここまで嫌いにさせるとは、逆に興味が湧いてきた。
「頼むよ、アンネ、 俺に紹介してほしい」
「む~、 わかった…… ライルの頼みだからね、仕方なくね」
何とか紹介してくれる気になったようだ。
「所で、どんな人なんだ? その魔術に詳しい奴ってのは」
「ん? 人間じゃないよ、ドラゴンだよ」
…… はい? …… “ドラゴン”!?




