13
あの悔しい思いをした酒盛りの翌日、俺は朝食を頂いていた。
「昨日は楽しかったわ、ありがとう、ライル」
「いや、楽しんでくれたみたいで何よりだよ」
昨日の一件でエレミアとだいぶ打ち解けたようだ。酒は偉大なり……か
朝食も終わり、エドヒルは他のエルフと狩りに行き、アンネは嫌々ながら長老の元へ向かった。さて、世話になっているのだから、何もしない訳にはいかないよな……何か手伝える事はないかな?
「ララノアさん、何か俺に手伝える事はありませんか?」
「え?……そうね~、それじゃあ、エレミアのお手伝いをお願いしようかな」
「はい、わかりました」
「準備してくるから、ちょっと待っててね」
そう言うとエレミアは二階へ上がっていった。
エレミアの手伝いか……何をするのか分からないが、とりあえずついていくしかない。
「お待たせ、それじゃついてきて」
エレミアに連れられた場所は様々な物が置かれていた――どうやら倉庫のようだ。
「これから、これを持って泉の水を汲みに行くの」
エレミアが手を置いているのは大きな水瓶だった。
「泉から水を? 毎日してるの?」
「うん、そうよ。これが私の朝の仕事なの」
結構な大きさの水瓶だ。これだけでも重そうなのに、水を入れたらさらに重くなるよな。それを毎日? どこにそんな力が?
「どうやって運んでいるの?」
「ん? 身体強化の魔術を使えば楽に運べるよ」
「魔術? エルフも魔術を使えるんだ……」
「エルフだって使えるよ、何? 人間だけだと思ったの?」
エレミアは可笑しそうにクスクスと笑っている。 魔術は人間だけだと、いつの間にかそう思っていたようだ。
「ライルは魔力を使えば運べるよね。どのくらいの重さまで運べるの?」
水瓶は全部で七つある。収納すれば一度にまとめて運べるな。
「魔力収納を使えば、まとめて運べるよ」
「え!? 本当?……そう言えば昨日いってたよね、確か魔力収納って、空間収納みたいなものだって。それが本当なら凄い助かるよ、お願いしてもいいかな?」
「うん、任せてよ」
魔力で全ての水瓶を覆い、魔力収納の中へ入れた。エレミアは水瓶のあった場所に手を伸ばし確かめていたが、その手に触れる物はなかった。
「……凄いね、本当に無くなってる」
「それじゃ、行こうか?」
「そうね、これなら早く終わりそうだわ」
エレミアと一緒に玄関から外に出ると、少し先にある木に下へと続く階段があるので、そこから下りるのかな? と思っていたら、エレミアは突然、木から飛び降りた。
「は!? ちょっ! エレミア!?」
慌てて下を覗いて見ると、エレミアの体の周りに風が吹いていた――まるで風を纏っているみたいだ。エレミアはそのまま風を纏い、ゆっくりと落ちていき無事に着地した。
俺も急いで、魔力飛行で後を追う――このままだと置いていかれるかもしれないので、怖いとか言ってる場合ではなかった。
「びっくりしたよ……今度から飛び降りる時は、そう言って貰いたいよ」
「あっ……ごめんね、いつもの癖で、それにライルは飛べるって聞いていたから大丈夫かなと思って」
高所恐怖症の事は聞いていないのかな? あの高さから飛ぶのは、かなり勇気がいるんだぞ! まあ、何事もなくて良かったよ。
「こっちよ、この道を進むと泉に着くわ」
エレミアと一緒に地面を歩きながら、森の奥へ進んで行く、エルフ達が何度も通っているからなのか、草が生えてなく地面が剥き出しになっていて道のようなものが出来ていた。
「さっきのは、風の魔法?」
「さっきの?……ああ、飛び降りたときの? そうだよ、風の力で落ちる速さを緩めたの」
成る程、そんな事も出来るのか、魔法は想像次第で何でも出来るからな、改めて魔法の多様性を知ったよ。
「エレミアも教会で祈りを捧げたんだ?」
人間の街に行ったのか、それとも里の中に教会のような場所があるのか……しかし、この後のエレミアの言葉は予想外なものだった。
「教会で祈り? 違うよ、エルフはみんな生まれた時から魔法スキルを持ってるよ」
……え? どういう事だ? 生れつきということは“先天的スキル”だよな。
「人間だけだよ、神々の許しを得て魔法スキルを授かるのは」
許し?……神々に祈りを捧げているのではなく、赦しを乞うているとでも言うのか? もしそうなら、人間にはどんな罪があるのか? 千年前に神を召喚しようとしたことか? いや、恐らくもっと前かもしれない。
「人間は何故、神々に赦しを貰わなければならないんだ? 人間にはどんな罪があると?」
エルフなら、人間よりもずっと長命なエルフなら知っているかもしれない。
「……ごめんね、私もよくは知らないの、兄さんから聞いたんだけど、話半分で聞いていたから……余り覚えてなくて」
エドヒルが?……今度聞いてみるか。
そんな話しをしていたら、目的の場所へ着いたみたいだ。そこは木々に囲まれた大きな泉で、深さもそれなりにあるはずなのに、水が地下からこんこんと涌き出ている様が見えるほど透き通っている。木々の間から日の光が差し込み、より幻想的に見える。
「着いた……ここが“アルフの泉”よ……どう? 綺麗?」
「ああ……息を呑むぐらい綺麗だ。こんなに澄んだ水は初めてだよ……」
良く見たら、左の方へ水が流れている。この先は川にでもなっているのかな?
「そう、私も見てみたいな……」
あっ……そうか、エレミアは目が見えないんだった。迷いなくここまで歩いてきたから、失念していた。
何だか気不味いな、彼女にもこの景色を見せてあげられたら……ん? 待てよ、出来るかもしれない。魔力念話で俺の見た景色をエレミアに映像として送れば可能だ。
その事をエレミアに伝えたのだか、断られてしまった。
「ありがとう、気持ちは凄く嬉しいわ。でも、ごめんね……それをしてしまうと、きっと戻れなくなっちゃうから……だから……」
そうか……そうだよな、最初は喜んでくれるだろう。でも、それを知ってしまったら、それ無しではいられなくなる。一時的に光りを与えても、また暗闇に戻ってしまう。その恐怖と不安は本人しか分からない。
だったら、初めから知らない方がましだ。バカだな俺は……余計に彼女を悲しませてしまった。
「その……ごめん、そこまで考えてなかった」
「ううん、いいの……さっきも言ったけど、ライルのその気持ちは凄く嬉しかったよ、ありがとう」
情けないな……励ますつもりが、逆に励まされてしまった。
「さあ、仕事に取り掛かりましょう! 水瓶を出してくれる?」
気を取り直して、魔力収納から水瓶を取り出した。エレミアはそれを確認すると、自分の体から魔力を放出し、その魔力を泉へと伸ばした。
魔力が泉の水にある程度溜まったら霧のように消えていった――これは魔法が発動する状況と似ている。
その直後、泉の水が盛り上がり水球ができた。水球はゆらゆらとその身を揺らせながら此方へ向かい、水瓶の中へ入っていった。
「今のは、魔法……なんだよな」
「そうよ、水の魔法で泉の水を操ったの」
ということは、エレミアは少なくとも二つ以上の魔法スキルを持っている訳だ。
「凄いね、魔法もだけど、その正確な操作……本当に見えてないのか疑ってしまうよ」
「フフ……当たり前よ、何年この里にいて同じ事を繰り返していると思っているの? 二百五十年よ、流石に慣れるわ。それに目が見えない分、耳や鼻が良く利くようになったわね、あとは、気配?かしら、それも感じられるようにもなったわ」
感覚を一つ失うと他の感覚が鋭くなると聞くけど、正にそれだな、人間の体というのは良くできている……エルフだけど……しかし……
「二百五十年、流石エルフ……長命だな」
「兄さんは三百五十歳だし、長老に至っては千年以上らしいわよ」
「ララノアさんは?」
「それは本人に聞いて……」
うん、無理だ、諦めよう……人間諦めも肝心だからね。
「そう言えば、父親はどうしたの? まだ見ていないけど……」
「……お父さんは……もう、いないの……」
「あっ……そう……なんだ……ごめん……」
何だか今日は地雷を踏んでばかりだな……
「いいの、もう二百年前の事だし……私はまだ五十歳だったから、余りお父さんとの思い出も無いし……ね。お父さんは魔物の群れからこの里を守ったんだって兄さんから聞いたの……当時の結界は今みたいに強力なものではなかったらしいから……お父さんだけでなく、他にも勇敢なエルフの戦士達が神々の身許へ向かったらしいわ。だから、少し寂しいけど、それ以上にお父さんを誇りに思う。きっと兄さんも同じだと思うわ」
「そうか、エレミアのお父さんは、この里の英雄なんだね……」
残りの水瓶にもエレミアの魔法と俺の魔力支配で水を入れ、泉を後にした。




