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腕なしの魔力師  作者: くずカゴ
【第二幕】マナの大樹と眼なしのエルフ
27/812

11

 

 その女性はゆっくりとした足取りで二階から下りてきた。肩まで伸びた緑色の髪を後でまとめて紐で縛っている。身長は俺より頭一つ分大きく、全体的に細くてスレンダーな体型をしている。しかし……目は固く閉じていて、開かれる様子はない。


「ああ、ただいま……エレミア、今日から暫く世話をすることになったライルだ。お前も気に掛けてやってくれ」


「今日からお世話になります、ライルです。 ご迷惑をお掛けしますが、よろしくお願いいたします」


 エドヒルから紹介されたので、失礼のないように挨拶をした。


「フフ……これはご丁寧なお客様ね、私はエレミア。エドヒル兄さんの妹よ。よろしくね、ライル……君?……男の子だよね?」


 やっぱり、彼女は……目が……


「ああ、ライルは人間の男の子だ」


 俺の代わりにエドヒルが答え、それを聞いたエレミアは驚いたように声を上げた。


「え!? 人間がこの里で暮らすの? ……兄さん、大丈夫なの?」


「問題は無い。長老から許しは貰っている。それに、アンネリッテ様の連れだからな」


「アンネリッテ様って、あのアンネリッテ様? 勇者様と一緒に魔王を倒したあの?」


 本当に有名なんだな、アンネって……


「そうだ。今、長老と共に里のため、力を貸して下さるそうだ」


「そう、なら安心ね……ごめんねライル君、人間が私達と一緒に暮らすなんて、初めての事だから」


 それは不安な気持ちになるのも仕様がない事だ。結界まで張って人の侵入を拒んでいるのだから。


「いえ、大丈夫です。不安になるのも当然ですから」


 エレミアは顔を綻ばせて、


「良かった、いい人そうで安心したわ。これからよろしくね、ライル君」


「はい、こちらこそよろしくお願いします」


 俺とエレミアのやり取りを静観していたエドヒルだったが、一区切りついた所で口を開いた。


「ライル、もう気付いていると思うが、エレミアは目が見えない……」


 おぅ……随分ハッキリと言うんだな、突然の事で驚いてしまった。


「それは、怪我で……ですか?」


 俺の問に答えてくれたのはエドヒルではなく、エレミアだった。


「ううん、違うわ。生まれた時から見えないの……と言うより私には目そのものが無いのよ」


 生れつき眼球が存在しないということか、それって俺と――


「――お前と似ているな」


 思考を途中で遮られ、声のした方へ顔を向けると、エドヒルが神妙な面持ちで此方を見つめていた。


「兄さん?……似ているって、どういう事?」


 エレミアは訳が分からず首を傾げ、エドヒルは此方を見つめたままコクりと頷いた。


「エレミアさん……俺もなんです。俺は左目が見えず、両腕が無い状態で生まれました……」


 最初は意味が分からずポカンとしていたエレミアだったが、段々と理解してきたのか……手を前に突き出し彷徨わせながら此方へ近づいて来たので、俺もそれに合わせてエレミアに近づいた。


 エレミアの手が俺に触れた時、両膝をつき、俺の肩から二の腕へと、ゆっくりと確認するように手を這わせ、やがて中身の無い布地へたどり着く。


「本当なんだね、本当に私と同じような人がいたのね……」


 何かを噛み締めるようにエレミアは呟いた。


「厳密に言うと、似たような境遇ですけど……」


「そうね……それでも、私はうれしい。私だけじゃなかったんだって……ごめんね、貴方の不幸を喜んでいるようで……」


「いえ、気持ちは解ります。俺も同じですから……」


 ひとりだけ、まわりの人達と決定的に違うと言うのは、かなり精神的に堪えるものがある。どうして自分だけこんな目に遭わなければならないんだ!と、思ってしまうだろう。

 俺の場合は知っていたから……前世で体の一部を失っても諦めず、努力をして、絶望を乗り越えて、魔法や魔術の無い世界で活躍している人達を知っているから……何とか大丈夫だった。それでも時々、こんな体じゃなかったらと思う時がある。


 彼女はどうだろうか? いくら境遇が似ているからと言って、同じではない。エレミアの気持ちを完全に理解する事は不可能だろう……でも、俺という存在が少しでも、彼女の支えになれたらと思う。


「改めて、よろしくね……ライル君」


「はい……こちらこそ、よろしく……」


 こうして、エルフの里での生活が始まった。

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