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その女性はゆっくりとした足取りで二階から下りてきた。肩まで伸びた緑色の髪を後でまとめて紐で縛っている。身長は俺より頭一つ分大きく、全体的に細くてスレンダーな体型をしている。しかし……目は固く閉じていて、開かれる様子はない。
「ああ、ただいま……エレミア、今日から暫く世話をすることになったライルだ。お前も気に掛けてやってくれ」
「今日からお世話になります、ライルです。 ご迷惑をお掛けしますが、よろしくお願いいたします」
エドヒルから紹介されたので、失礼のないように挨拶をした。
「フフ……これはご丁寧なお客様ね、私はエレミア。エドヒル兄さんの妹よ。よろしくね、ライル……君?……男の子だよね?」
やっぱり、彼女は……目が……
「ああ、ライルは人間の男の子だ」
俺の代わりにエドヒルが答え、それを聞いたエレミアは驚いたように声を上げた。
「え!? 人間がこの里で暮らすの? ……兄さん、大丈夫なの?」
「問題は無い。長老から許しは貰っている。それに、アンネリッテ様の連れだからな」
「アンネリッテ様って、あのアンネリッテ様? 勇者様と一緒に魔王を倒したあの?」
本当に有名なんだな、アンネって……
「そうだ。今、長老と共に里のため、力を貸して下さるそうだ」
「そう、なら安心ね……ごめんねライル君、人間が私達と一緒に暮らすなんて、初めての事だから」
それは不安な気持ちになるのも仕様がない事だ。結界まで張って人の侵入を拒んでいるのだから。
「いえ、大丈夫です。不安になるのも当然ですから」
エレミアは顔を綻ばせて、
「良かった、いい人そうで安心したわ。これからよろしくね、ライル君」
「はい、こちらこそよろしくお願いします」
俺とエレミアのやり取りを静観していたエドヒルだったが、一区切りついた所で口を開いた。
「ライル、もう気付いていると思うが、エレミアは目が見えない……」
おぅ……随分ハッキリと言うんだな、突然の事で驚いてしまった。
「それは、怪我で……ですか?」
俺の問に答えてくれたのはエドヒルではなく、エレミアだった。
「ううん、違うわ。生まれた時から見えないの……と言うより私には目そのものが無いのよ」
生れつき眼球が存在しないということか、それって俺と――
「――お前と似ているな」
思考を途中で遮られ、声のした方へ顔を向けると、エドヒルが神妙な面持ちで此方を見つめていた。
「兄さん?……似ているって、どういう事?」
エレミアは訳が分からず首を傾げ、エドヒルは此方を見つめたままコクりと頷いた。
「エレミアさん……俺もなんです。俺は左目が見えず、両腕が無い状態で生まれました……」
最初は意味が分からずポカンとしていたエレミアだったが、段々と理解してきたのか……手を前に突き出し彷徨わせながら此方へ近づいて来たので、俺もそれに合わせてエレミアに近づいた。
エレミアの手が俺に触れた時、両膝をつき、俺の肩から二の腕へと、ゆっくりと確認するように手を這わせ、やがて中身の無い布地へたどり着く。
「本当なんだね、本当に私と同じような人がいたのね……」
何かを噛み締めるようにエレミアは呟いた。
「厳密に言うと、似たような境遇ですけど……」
「そうね……それでも、私はうれしい。私だけじゃなかったんだって……ごめんね、貴方の不幸を喜んでいるようで……」
「いえ、気持ちは解ります。俺も同じですから……」
ひとりだけ、まわりの人達と決定的に違うと言うのは、かなり精神的に堪えるものがある。どうして自分だけこんな目に遭わなければならないんだ!と、思ってしまうだろう。
俺の場合は知っていたから……前世で体の一部を失っても諦めず、努力をして、絶望を乗り越えて、魔法や魔術の無い世界で活躍している人達を知っているから……何とか大丈夫だった。それでも時々、こんな体じゃなかったらと思う時がある。
彼女はどうだろうか? いくら境遇が似ているからと言って、同じではない。エレミアの気持ちを完全に理解する事は不可能だろう……でも、俺という存在が少しでも、彼女の支えになれたらと思う。
「改めて、よろしくね……ライル君」
「はい……こちらこそ、よろしく……」
こうして、エルフの里での生活が始まった。




