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妖精達と話が纏まった所で、久しぶりに帰郷したアンネの為に宴を催す事になった。と言っても妖精達はただ騒ぐだけで、料理やお菓子、酒等は此方が用意するんだけどね。
エレミアが料理をしている間に、果物に蜂蜜、白玉餡蜜やケーキといった色んな甘味を用意する。会場の設置はアンネに指揮してもらい、妖精達が準備していた。
面白そうな事が始まると察知した妖精達は、文句を言わずにせっせとテーブルと椅子を並べていく。本当に楽しむことに全力を注ぐ種族だよな。
瞬く間に会場の設置を終えた妖精達を、アンネは一ヶ所に集めて何やらこそこそとやっている。一体何を企んでいるのやら。
「よ~し! 厳正な抽選で選ばれた妖精諸君!! これから、あたしの素敵空間であり、新居でもある魔力収納に案内するよ! はぐれないようについてきてね~ 」
そんなアンネの声が聞こえたかと思ったら、ぞろぞろと妖精達を引き連れて俺のもとへ近付いてきた。
「アンネ…… もしかしてだけど、これ全員収納内に? 」
「そだよ~、あたしの家を自慢すんのよ! と言うわけでよろしく~ 」
「あんまり中で騒いだり、荒らさないでくれよ」
言っても無駄だとは思いつつ、アンネと妖精達を魔力収納の中へと入れる。
初めて魔力収納に入った妖精達は目の前に広がる光景に驚いているのか、呆然としていた。しかしそれも束の間、すぐに騒ぎ出す。
『す…… すっげー!! なにこれ!? 』
『おぉぉ!! なんつう量の魔力とマナなの! 信じらんない!! 』
『こんな空間が存在するとは…… まさに奇跡だね! 』
『あぁ…… 凄く居心地が良い。あたしも此処に住みた~い! 』
妖精達による驚愕と羨望の声を聞き、アンネは上機嫌に胸を張る。
『フフフ…… 驚くのはこれからだよ! 先ずはあたしの家に案内するからついてきんしゃい!! 』
アンネは妖精達を収納内にある家に連れていき、その後もマナの大木、花畑、果樹園、湖と案内していった。その都度、妖精達は大袈裟に反応をしてくれるので、アンネの機嫌はますます良くなる一方だ。
収納内にいるムウナ、テオドア、アルラウネ達、ハニービィとクイーンを妖精達に紹介し終わり、アンネと妖精達一同はギルの寝床である洞穴へと向かった。
『なに? 何か嫌な感じがする』
『くせぇ、くせぇ。これは龍の匂いだな?』
『何で此処に龍がいんの? 』
一気に妖精達が不機嫌になっていく。アンネだけでなく、妖精というのは総じて龍がお嫌いのようだ。過去に何かあったのだろうか?
『皆聞けぇー!! あそこには人間達から厄災龍なんて呼ばれてるあのギルディエンテがいる! このトカゲ野郎はあたしに断りもなく勝手にライルと約束して住み着きやがった!! ここはあたし達妖精の楽園であり、デカイだけのトカゲなんてお呼びじゃあないのよ! これから皆の力であのクソトカゲ野郎を追い出すぞー!! 』
『なんてふてぇ野郎だ! 』
『せっかくの楽園が台無しだよ! 』
『流石は龍、なんて汚い!! 』
『傲慢な龍め…… 目にもの見せてやるぜい! 』
アンネの言葉を受けていきり立つ妖精達。
『よ~し…… いくぞー! 突撃だぁぁ!! 』
号令と共に、妖精達は一斉にギルの寝床へ突っ込んで行く。その数、優に百は越える。
『む!? 何事だ! 』
異変を察知したギルが目を覚まし、警戒体制に移った所で丁度妖精達と対峙する形となった。
『何やら騒がしいと思ったら、仲間の羽虫を集めて何をする気だ? 』
『そんなの決まってんでしょ? あんたの心と体に、あたし達の恐ろしさを刻み付けんのよ! 覚悟しろい!! 二度とあたしに偉そうな口を叩けなくしてやんよ! 』
『ほぅ? 面白い、やれるものならやってみろ。羽虫が何百匹集まろうが我の敵ではないわ! 』
『言ったわねぇ~…… みんな! いくぞー!! 』
斯くして、アンネ率いる妖精達とギルの戦いの火蓋が切られた。
内容はまぁ、言わなくても良いだろう。何時もの小競合いがちょっとばかり規模が大きくなっただけだ。
『うへぇ…… トカゲに群がる羽虫共ってか? こりゃ壮観だわな』
『アンネたちも、ギルも、どっちも、がんば! 』
テオドアとムウナは、寝床から出て暴れているギルと妖精達を遠目に、すっかりと観覧ムードで楽しんでいるし、アルラウネ達も畑仕事を一時中断して見入っていた。
はぁ…… 騒ぐなって言ったのに、やっぱり聞いてくれなかったか。田んぼや畑を荒らしたら、問答無用で追い出すからな!
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「くそ~…… あのトカゲ野郎め~、次こそはあたしの足下にひれ伏せさせてやる! 」
アンネ達とギルの争いは、双方痛み分けという形で終わらせた。あれ以上暴れられては他の場所に被害が出ると判断して、強制的にアンネと妖精達を魔力収納から追い出したのだ。
まったく、仲間が沢山いるからって調子に乗り過ぎだ。後で厳しく言っておかないとな。
程なくして宴会が始まった。テーブルの上には肉、野菜、魚料理と、クッキーやケーキ等の甘味もある。酒は蜂蜜酒と果実酒を用意した。デザートワインは生産量が少ないので、ここでは出さない。飲みたければ働いてくれ。
始めの内はデザートワインが無い事に妖精達も文句を垂れていたが、蜂蜜酒を飲むんだらピタリと止まった。
「よっしゃあ!! みんな! 練習通りにいくよー! 」
日も暮れ宴も盛り上がってきた所で、アンネとその周りにいる妖精達が何かを始め出す。
アンネ達の周囲に魔力が集り出したのが視えると、暗くなり始めた会場に、淡く黄色に光る球体が幾つも浮かび上がる。
「…… 綺麗ね」
その幻想的な風景にエレミアはポツリと言葉を溢す。灯りの代わりなのかな? うん、本当に綺麗だ。こんなの前の世界では絶対に見れないだろうね。
「ふぅ…… まったく、もう少し女王としての自覚を持って欲しいものだわ」
俺の隣で蜂蜜酒を飲み、愚痴を漏らすのは女王代理のリーネである。余程苦労しているご様子。
「あの、すいません。俺としても、今アンネに抜けられたら困るんです。俺にはアンネが必要で…… ですから、これからも女王代理として頑張ってくれませんか? 」
「そうね…… カーミラって奴と世界のマナ不足の件もあるし、仕方無いわ。女王様がああなのは今に始まった事ではないから。五百年位前も同じだった。一人の人間に入れ込んで、あたしに全部押し付けて行ったのよ」
多少酔っているのか、敬語を忘れたリーネは上気した顔で溜め息を吐く。
「まぁ今度はあたし達にも得になる話だから良いんだけどね。報酬のお酒と甘味、忘れないでよね? 」
「はい、大丈夫ですよ。しっかりと払いますから安心して下さい」
「なら良いわ。それと女王様の事、お願いね。ああ見えて結構寂しがり屋だから」
そう言ってアンネを見詰めているリーネの目は、とても優しげだった。他の妖精達もアンネを慕っているようだし、何だかんだ言っても皆から好かれているんだな。
しんみりとした気持ちで酒を飲んでいたら、突然何処からか轟音が鳴り響く。
な、なんだ!? 吃驚した俺は音の出所を探ると、どうやらアンネ達が作り出した光球から発せられているようだ。
「あれには、光の精霊と音の精霊が混じってるようですね」
すっかり酔いが覚めたリーネが、そのように判断する。尚も鳴り響く轟音、だけど何処かで聞いた事があるような? 激しいドラムとベースとギターの音。あれ? これってまさか、前に魔力念話で俺がアンネに視せた前世の音楽だよな?
轟音の正体に気づいた時、アンネが歌い出す。やっぱりそうだ。これは俺の前世での世界にあった音楽だ。でも、よりによってこれかよ……
アンネの口からは、その体に似合わないダミ声が発せられ、周囲の妖精達は皆揃って激しく頭を上下に揺り動かす。幻想的な風景をぶち壊すように、大音量で激しい曲が流れる。
何だこれ? 妖精達がゴリゴリのパンクで乗りまくっている光景は余りにもミスマッチ。しかもそれを見ていたムウナが魔力収納から飛び出して踊り出した。
「お!? いいぞ~化け物! 踊れ踊れ~! 」
「いえ~い! 異世界の音楽、さいこう~♪ 」
「まだまだ夜はこれからだぜぇー!! 」
「ひゅー! 女王様、いかす~! 」
ムウナの間接を無視した異様な踊りに、妖精達は大興奮。これには先程までうっとりとしていたエレミアも唖然として言葉も出ない。
『ヒャハハ! こりゃうけるぜ! 』
『だから妖精は好かんのだ。情緒というものを考えんからな』
もう滅茶苦茶だ…… そりゃあ、好きだった日本のロックバンドをアンネに聞かせたのは俺だよ? でもまさかこんな事になるとはね。歌詞は日本語と英語だから意味は通じていないみたいだけど、結構エグい内容だ。それを神に遣わされた妖精達がノリノリでハードコア・パンクを歌ってるとは…… なんという皮肉である。
この騒々しい宴は朝まで続いたのだった。




