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俺に矢を放ってきた人物は木の上から飛び降りこっちに近づいてきた。
その人物は緑色の長髪で腰まで伸びている。緑色の目をして、長い鼻筋で中性的な容貌をしていた。
声からして男性だろう、正に美男子というのは彼のための言葉ではないかと思うほどだった。
「結界に異常があったと聞いて来てみれば……貴様は何者だ? どうやって結界を抜けてきた?」
俺はゆっくりと立ち上り、
「えっと、その……こんにちは」
軽く一礼をした。とりあえず、最低限の礼儀として挨拶をしなくてはと思い、してしまった。
「む?…………こんにちは」
おぅ……相手も少し戸惑っていたが、挨拶を返してくれた。悪いエルフではなさそうだ。
「「…………」」
お互いに微妙な空気が流れる……どうしようかと悩んでいると、
「あんたら、なにやってんの?」
アンネが呆れた様子で聞いてきた。
「妖精? こんな所で珍しいな、何用ですか?」
エルフの男はアンネを見て、驚いてるようだ。
「やっほい♪ 近くまで来たから、寄ってみたんだ。あんたらの所にさ、イズディアってエルフはいる? わたしの知り合いなんだけどさ」
「イズディア様は我らが里の長老です。長老と知り合いの妖精……まさか、貴方様はアンネリッテ様では?」
「ん? そうだよ? わたしはアンネリッテ、それとこっちはライルね」
「なんと!? 本当にアンネリッテ様なのですか? ……俺では判断はできませんので、長老の元へ案内致します」
アンネはエルフの間では有名なのかな? そう言えば勇者と知り合いとか言っていたしな。
「それで、この者は貴方様のお連れですか?」
エルフの男が俺について聞いてきたので、フードを取って自己紹介をすることにした。
「ライルと言います。この度はお騒がせしてしまい、すみませんでした」
「人間の子供か……しかし、ひどい傷だな……成る程、それで我らの里に来ようとした訳だな」
ん? 何言ってんだ? 訳が分からず呆けていると、
「む? 違うのか? てっきりエルフの秘薬を求めて来たのだと……」
なに? エルフの秘薬? それがあればこの体をどうにか出来るのか? しかし、そんな希望はすぐにアンネが打ち砕いた。
「ああ、違う違う、本当にたまたま近くを通っただけ……それに、ライルの体は薬や魔法ではどうする事も出来ないよ。生まれつきだから、怪我をしている訳じゃないからね」
やっぱりか、怪我を治す薬や魔法はあるけど、人間の魂を作り直すのは無いか……
「生まれつき?……そうか……」
エルフの男は何だか複雑そうな顔で俺を見てくる……何かあったのだろうか?
「俺の名はエドヒル……妖精が連れているのだから悪い人間ではないのだろう。これから里へ案内するからついてきてくれ」
そう言うとエルフの男――エドヒルは歩き始めた。
「あの、アンネはエルフの間では有名なのですか?」
さっきから気になっていることをエドヒルに聞いてみた。
「む? お前はアンネリッテ様の事を知らないのか? エルフだけでなく、世界規模で名を轟かせているのだが……」
え? そんなに有名なの? 全然知らなかった。でも信じられない。
「ふっふ~ん♪ わたしってば超有名人!」
アンネは飛びながら、誇らしげに胸を張っている。器用だな……
「本当に知らないのか? 人間は五百年で忘れてしまうのだな……アンネリッテ様は、勇者と共に魔王を倒したお方だ。里の長老イズディア様も勇者の仲間であった」
は!? 勇者の知り合いじゃなくて仲間だったのか……そりゃ有名にもなるわな……
「あ~、そんな事もあったね~」
隣で呑気に飛んでいるアンネを見てると、別の妖精なんじゃないかと思っていたら、今度はエドヒルから声を掛けられた。
「もしや、左目だけでなく、腕も……なのか?」
「え? はい、両腕の肘から下がありません」
「……そうか……それで両親は?」
あ~、なんて答えようか……少し考えていたら、アンネが代わりに答えてくれた。
「捨てられたんだよ! 全く、ひどいもんだよ!」
それを聞いたエドヒルは顔をしかめ、
「やはり、人間は愚かだな……どんなに時が経っても変わらない」
その声には怒りと哀しみが込められているように感じた。
「でも、いい人間もいますよ。その人のお陰で俺は今、生きていますから」
「しかし、結果的にお前は捨てられた。憎くはないのか? 復讐したいとは思わないのか?」
憎しみか、酷い事をするとは思うけど、憎くは無いな。両親がいなければ俺は生まれて来なかったかもしれない、クラリスがいなければ死んでいたかもしれない……アンネがいなかったらここまで、やってこれなかったかもしれない……そもそも一回死んでるし、そう考えると俺は助けて貰ってばっかりだな。感謝する事はあるけど、恨む事は無いかな?
「無いよ、逆にこんな体で生まれて申し訳ないと思うよ」
すると、突然エドヒルは立ち止まり、怒鳴ってきた。
「何故だ!! 何故そんな考えになる!? お前は悪くないはずだ! 生まれ方なんて選べる事なんか出来ないのに……」
突然のことで呆気に取られていると、
「すまない……少し、取り乱してしまった。先を急ごう」
そう言ってまた歩き始めた。
「?……どうしたんだろうね?」
アンネと俺はお互いの顔を見合せ、不思議そうに首を傾げた。




