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「俺もひとつ聞いていいかい? 大陸ではまだ奴隷制度があるんだよな? 君も奴隷を所持しているのか? 」
取り調べをしている衛兵がそんな事を俺に尋ねてきた。
「はい、俺の店で奴隷を二人雇っています。今は奴隷を買うのではなく雇う形になっています」
今の大陸での奴隷制度を衛兵に説明すると難しい顔をして、むぅ、と軽く唸る。
「それは…… 奴隷と言うのか? 何か思ってたのと違うな」
「そうですね。勇者クロトのお陰で大分奴隷制度が改善されましたから、既に別物になってしまってます。でも、これはあくまでも奴隷制度なので、それを利用している人も奴隷と呼ばれているだけです。いっそのこと、別の呼び方に代えてしまえば良いのにとは思いますけどね」
「確かに、そこまで行くともう奴隷とは違う気がするな」
そんな話をしていると取調室の扉が開き、一人の衛兵が入室してエレミアの検査が終わったと報告した。結果は白、エレミア自身にも魔道具にも、隷属魔術は施されてはいなかった。まぁ当然の結果だな、そんな術式は刻んだ覚えはないからね。それで見付かったとか言われたら、俺は衛兵側の不正を疑うよ。
この時点で俺への奴隷所持の疑いが晴れ、取調室から出た俺はエレミア達がいる部屋へ向かった。
「ライルさん! 大丈夫でしたか? 乱暴な事はされませんでしたか? 」
部屋に入ったきた俺にテオドールは心配そうに声を掛けてくる。
「失敬な、我々はそんな野蛮な事はしない。話を聞いていただけだ」
取り調べを担当していた衛兵が、心外だと言わんばかりに顔を顰める。
「エレミアは大丈夫だった? 何かされたりとかはしなかった? 」
「えぇ、大丈夫よ。ただちょっと調べて貰っただけだから」
そうか、何もなくて良かった。大人しくしていたムウナにもありがとうと言って頭を撫でる。身の潔白が証明されたコトだし、疲れた体と心を温泉で癒すとするか。
「あの! はじめまして。あの眼の代わりとなる魔道具を作製したのは貴方だとエレミアさんからお聞きしまして。是非とも話を聞かせてほしいのですが、お時間宜しいでしょうか? 」
そう声を掛けてきたのは、丸眼鏡をかけた特に特徴もない髪の短い女性だった。
「あぁ! これは失礼しました。私はエレミアさんを調べさせて頂いた魔術師のレインと申します」
「貴女がエレミアを…… 俺はライルと言います。レインさんのお陰で誤解を解くことが出来ました。ありがとうございます。お話の件ですが、疲れたので温泉に入った後でも良いですか? 」
とにかく早く疲れきった体をほぐしたいのだ。
「えぇ、勿論良いですよ。大変でしたからね…… そうだ! 私のお薦めの温泉がありますのでどうですか? 疲れた体によく効きますよ」
「それは良いですね」
「では、ご案内致します」
俺達はレインに案内され、お薦めの温泉へと向かう。エルフの青年とその取り巻き達は、まだ衛兵達の説教が続いているようで鉢合わせにはならなかった。ムウナは、レインがいるので魔力収納には戻らず、そのままついてきている。
「しかし、あのような術式があるとは思いませんでした。映像を写し、保存する魔道具が遺跡から発掘されてはいますが、まだ完全には解明されていません。エレミアさんの眼にはその術式を元にされていますね? 何処からそんな発想が出るのか不思議ですよ。あっ、私はですね、主に遺跡の調査をしていまして、そこで発見される魔道具に刻まれている術式を研究しているんです。ライルさんが持っているマジックバッグも千年前に使用されていた物を再現したんですよね? 空間魔術の研究は今までされていましたが実用化には至らず、他の魔術師の方達も難儀していた所、突然出てきたこのマジックバッグです。もう驚きすぎて絶句してしまいましたよ。ライルさんは何処で魔術を習ったのですか? 今は十五才で、ご自分の店をお持ちだとか。そうすると学園には通っていませんよね? どなたから教えて貰ったのですか? それとも我流で? 」
よく喋る人だな。温泉に入ってからと言ったのに、話が途切れる気配がない。
レインの質問攻めに合いながらも温泉に到着し、身も心もリフレッシュ。人に薦めるだけあって良い温泉だった。施設内の畳み部屋で寛いでいると、エレミアとレインがやって来る。
「どうでしたか? いい湯でしたでしょ? 私のお気に入りの温泉なんですよ」
「えぇ、疲れが吹っ飛びましたよ。ありがとうございます。レインさんは遺跡調査の仕事をしていると言っていましたが、ご出身はこの国なのですか? 」
「はい、ジパング出身ですよ。大陸の魔術学園で魔術を習いまして、その時に遺跡にある魔道具に興味を持ちました。まだ解明されていない未知の魔術が遺跡には沢山あるんです。もう、楽しくて仕方ありませんよ。ただ…… この国では理解を示してくれる人は少ないですけどね」
あはは、とレインは指で頬を掻く。最近、ジパングから大陸へ留学を希望する人が少しずつだけど増えてきているらしい。これも新しい王の政策のひとつだと言う。これでちょっとでも、ジパングの人達の大陸のイメージが変わってくれたらと思う。
さて、この後はどうしようか? 温泉を一、二軒回ったら旅館に戻ろうかな。などと考え建物から出ると、何処から嗅ぎ付けたのか、あのエルフの青年が俺達を待ち構えているかのように、一人で腕を組み立っていた。
「待っていたぞ! 大陸人! 」
うげぇ…… 何でいるんだよ。誤解は解けた筈だろ? 一体何の用なんだ?
「確か、アズエルさん…… でしたよね? まだ何かあるんですか? 」
「フンッ! 今回は上手く逃げたようだが、次はそうもいかないぞ。覚悟しておけ! そもそも大陸人との交流など不要なのだ。今までこの国だけでもやっていけたのに…… 今の王は何を考えているんだか。次の王には今度こそ僕がなる。そしたらジパングから全ての大陸人を追い出し、交流などというふざけた事は一切禁止する。野蛮な大陸人何ぞにこの国をいいようにされてたまるか! 」
母親から大陸での出来事を聞かされて育ってきたアズエルには、自分の国に大陸の人間がいるだけで汚されているように感じるのだろう。それほどまでに、心底大陸の人間を嫌っている。ちょっとやそっとではその考えを変えるのは難しい、どうしたものか。
「ライル! あぶ、ない! 」
突如、ムウナがただならぬ雰囲気で叫び、俺は突き飛ばされた。地面に転がり、何事かと急いで顔を上げた先には…… エレミアの振るう蛇腹剣でムウナの首が切り落とされていた。
…… は? どういうことだ? ムウナが庇ってくれなければ俺が斬られていた。どうしてエレミアが? 一体何故?
現状を確認しても俺の頭は混乱したまま、整理が追い付かない。テオドールも驚きで動けないようだ。エレミアはすぐさま剣を構え直し、俺に向かって踏み込んでくる。それでも思考が追い付かず動けない。斬られると思った刹那、見えない壁がエレミアの剣を弾き、首をはねられたムウナが体だけでエレミアを横から蹴り飛ばす。
「ライル!! ボケッとしてんじゃないわよ! 死にたいの! 」
魔力収納から出てきたアンネが俺に渇を入れる。
「でも、エレミアが…… なんで…… 」
「落ち着いて、エレミアの魂が何かで縛られている。あれは、隷属魔術ね。誰かがエレミアに隷属魔術をかけたのよ」
エレミアに隷属魔術が? 一体誰がそんな事を。
「あっははは! 凄いね! 首がなくても動けるんだ? これは予想外だったなぁ」
笑い声のした方へ視線を向けると、そこには楽しそうに顔を歪めるレインの姿があった。




