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腕なしの魔力師  作者: くずカゴ
【第七幕】郷愁の音色と孤独な異形者
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30

 

「うわっ! 何あれ? 気持ちわる!! 」


 アンネは嫌悪感を隠すことなくぶちまけた。あれが犠牲者達の無念の集りだとは理解してはいるが、気持ち悪いものは気持ち悪い。


 化け物は人間の腕をギルの方へ伸ばす。俺の意識が化け物の中に囚われている間でも、ギルと化け物は死闘を繰り広げていたようで、ギルの体はボロボロだ。鱗は所々剥がれ落ち、片目が潰され、残った右手の爪は欠けている。


「ライル君!!! 」


 大声で俺を呼ぶクレス、強い意思が宿った目だ。まだ諦めてはいない、俺はクレス達に魔力を繋げて、消費した魔力を補充する。


 魔力が回復したクレスは光魔法で全身を光らせ、一瞬とも思える早さでギルの近くまで移動する。そして、剣を構えると光が剣身に集まりだし、大きな光の刃が形成された。


「ぅぉぉおおお!! 」


 クレスはその大きな光の刃を振るい、ギルに迫り来る化け物の腕を斬り落とす。


『ギルディエンテが力を溜め終わるまで守るんだ! 』


 クレスの魔力念話を受けたレイシア、リリィ、ルドガーは即座に動き出した。


 たが、斬り落とされた化け物の腕に異変が起き始める。腕がボロボロと崩れたかと思えば、欠片一つ一つが人間の様な形に変化して、ドワーフの兵士達に襲い掛かって来たのだ。


「はぁ、仕方ない。わたしがトカゲ野郎を守るから、あんた達はドワーフ達と一緒に細かいのをお願い! 」


 俺とエレミアにそう伝えて、アンネはギルの元へ飛んで行った。


「それじゃ、行こうか」


「ええ、今度は無茶しないでね」


 人型の化け物達が、ドワーフ達に飛び掛かる。しかし持ち前の俊敏さと膂力でもって、斧の一撃で仕留めていく。やられた人型の化け物は再生することはなく、蒸発する様に消えていった。無限に再生する訳ではないのか。だが安心は出来ない。ドワーフは瞬発力はあるけど持久力がない。

 クレス達が巨大な化け物を傷付ける度に、その肉片から新たに人型の化け物が産み出されて行く。これは確実に持久戦になる。


 新しく産み出される人型の化け物達を、エレミアは水魔法で凍らせ足止めして、蛇腹剣を巧みに操り、化け物達を斬り伏せる。遠距離では雷と風の魔法を使い仕留めていく。

 俺も、ギルの鱗と爪で作製した丸ノコで人型の化け物を切り裂き、爆裂の魔術を施した魔石爆弾で各個撃破する。


 しかし、いくら倒しても化け物達の数は減るどころか、増える一方だ。数が多すぎるんだよ。この時の俺は、疲れと数の多さで辟易として注意力が散漫になっていた。死ねば蒸発する化け物がまだ上半身だけ残っている事に疑問を感じなかったのだ。


「っ!? しまった! 」


 腕だけで跳躍して向かってくる化け物に、対処が遅れる。致命傷が防げれば魔力支配で治せるから大丈夫だ。痛い思いはするが、教訓だと思って受け入れよう。そう覚悟を決めると、横から黒い影が化け物に覆い被さり、ドラゴンの腕で頭を叩き潰す。


 蒸発して消えていく化け物をじっと見ているのは、あの化け物の中で見た、異形の男の子の姿をしたムウナだった。


「ありがとう、助かったよ」


「どう、いたし、まして」


 無表情で途切れ途切れに話す姿は、相変わらず感情が読み取りづらい。


「ライル! 大丈夫だった? 」


「ああ、ムウナが助けてくれた」


 エレミアはムウナに近づき、その頭を優しく撫でる。


「ありがとう、この調子でライルを守って頂戴。一人で突っ走る事が多いから、私だけだと手に余るのよ」


「わかった、まかせて」


 え? 自分では慎重派だと思ってたんだけど、エレミアにはそう見えているらしい。


「弩砲の照準を合わせろ! あの化け物に残っている杭を全て撃ち込むぞ! 」


 ルドガーの号令でドワーフ達が動く。人型の化け物達は尚も数を増やし襲い掛かってくる。レイシアとルドガー率いるドワーフの兵士達は、弩砲を守るように化け物達の前に立ち塞がり迎え撃つ。


「ドワーフの兵士達よ! ここは死守するぞ! 」


 レイシアの怒号が辺りに響き、化け物達と対峙する。そして化け物達とドワーフ達が激しくぶつかり合った。一人もこの先を通すまいと、ドワーフ達は必死で斧を振るう。リリィも魔術で応戦し化け物達の数を一気に減らしていく。


 クレスとアンネは、巨体の化け物を相手に大立ち回り。巨体から伸びて襲いくる無数の腕を、クレスは光を纏った剣で、アンネは風の精霊魔法で切り落とすが、その腕から人型の化け物が生まれてくるから始末に負えない。


「隊長! 準備完了! 何時でも発射可能です! 」


 三つの弩砲が巨体の化け物に向いている。俺は鎖の封印具を収納した後、アンネの傍まで魔力を伸ばし鎖を取り出した。


『アンネ! この鎖で化け物を縛るんだ! 魔術の発動を忘れるなよ』


『わーってるよ! わたしに任せんしゃい! 』


 アンネは魔力で鎖を操り、巨体の化け物を縛り上げ、鎖に施されている魔術を発動させる。鎖の表面が蒼白い模様が浮かび上がり、巨体の化け物の動きが鈍くなった。


「撃てぇぇ!! 」


 ルドガーの合図で、三本の杭が弩砲から発射される。魔術が発動している杭は、蒼白く光る模様を輝かせながら化け物の巨体に突き刺さった。化け物の動きがさらに鈍くなっている所に、続けて杭を弩砲に装填して打ち続ける。


「まぁ、一応ダメ押しってことで」


 俺は残りの一本を魔力で操り、化け物に突き刺した。巨体の化け物の動きが完全に止まるのを確認したギルが、傷ついた体で空へ飛び上がる。


「みんなー! 集まれー! 」


 空間の精霊魔法で戻ってきたのか、いつの間にかアンネとクレスが俺達の近くに来ていた。


「これからアンネさんが結界を張りますので、出来るだけ近くに集まって下さい! でないとギルティエンテの攻撃に巻き込まれてしまいます! 」


 人型の化け物達をいなしつつ皆が集まると、俺達の周りを囲うように、空間が歪んでいく――が外の様子が分からない程ではない。例えるなら、大きなシャボン玉の中にいるみたいだ。


『精霊の力で、簡易的に空間を遮断したのよ。隔絶された空間にはどんなものの侵入も許さない。といってもこれは簡易的なものだから、外の光と空気は通るんだけとね。それ以外なら防ぐ事ができるよ。だけどね、これが結構魔力を使うのよ。悪いんだけどさ、暫くわたしに魔力を補充し続けてくんない? 』


 アンネに頼まれて魔力を補充している最中に、ギルの大声が空から聞こえてきた。


「憐れな化け物よ! その醜い姿は見るに耐えない、我が破滅の力でもって消え失せろ!! 」


 溜めに溜め込んだ魔力を破壊のエネルギーに変え、勢いよくギルの大きく開いた口から発射される。ドラゴン渾身の一撃、 “ドラゴンブレス” 普通のドラゴンでさえ脅威なのに、厄災龍と呼ばれているギルのドラゴンブレスは正に必殺の一撃。


 黒い光という矛盾を感じる眩い閃光が、ギルの口から化け物の巨体に向かっていき、辺りは光に包まれた。余りの眩しさに目も開けていられない程である。その後に耳を劈く様な爆音と暴風が俺達を襲う。俺は地面にうつ伏せになってやり過ごす。やがて静かになると目を開き立ち上がる。そして目の前の光景に俺は思わず息を呑んだ。


 巨体の化け物がいた所には、巨大なクレーターが出来上り、周囲は綺麗な更地と化している。クレーターの傍にはギルが力尽きたかのように横たわっていた。

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