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腕なしの魔力師  作者: くずカゴ
【第七幕】郷愁の音色と孤独な異形者
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27

 

 気付くと真っ暗な空間にいた。ここは一体何処なんだ? 周りを見ても暗闇だけでなにも見えやしない。地面も何もない空間に漂う浮遊感。


 とにかくここから出なくは。俺は魔力飛行の感覚で体を進める。いや、進んでいるのか分からんね。なんせ暗闇だからな。


 そうやって暫くじたばたしていたら、暗闇から白い影が浮かんできた。それは人の形をした白い影だった。これは見覚えがある。俺がいつも視ている魔力の白い影と似ていた。だとするとこれは人間なのか?


 その白い影から女性と思われる声が聞こえてくる。


「痛い、苦しい、なんで? 何で私がこんな目に遭わなくちゃならないの? なんで? ねぇ、なんで? 何でなのよ!!! なんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんで…… 」


 なんだこれは? うっ、胸が苦しい。この女性の想いが直接俺にぶつかっているみたいだ。俺はこの場から何とか離れようとした。だけどそれは出来なかった。何故なら、俺は無数の人型の白い影に囲まれていたからだ。視界を埋め尽くさんばかりの白い影達に、言い様のない恐怖が俺を襲う。その白い影一つ一つから声が聞こえてくる。


「ウゥゥ…… 痛い、痛い、助けてクレェェ、もう嫌だ」

「はらぁ減ったぁよぉ、ひもじいィィィ! 」

「恐い…… 止めて! お願い…… もうヤメテよ」

「ウェェェン、パパ、ママ、どこなの? どうしてボクをひとりにするの? 」

「チクショォォォ、俺ばっかり不公平だ。他の奴等も同じになればいい…… 死ねよ、死んじまえ、皆死んでしまえばいい」

「何も見えない、聴こえない、自分はどうなった? いや、自分って何だ? 分からない、わからない、ワカラナイ」


 止めろ!! 止めてくれ…… そんなものを俺にぶつけないでくれ。


 この人達の恐怖が、憎しみが、悲しみが、俺に流れ込んでくる。苦しい…… 胸が張り裂けそうだ。嫌だ、ここには居たくない。早くここから離れたい。


 白い影達は人の形から顔の形へと変化する。その顔は老若男女と様々だが、どれも苦悶の表情を浮かべていた。


 俺は逃げ出した。このままでは気が狂ってしまう、顔の形をした無数の白い影達を押し退けて進む? 昇る? 落ちる? 前後左右の感覚さえも分からず、あの声が届かない場所を求めて、それだけを考えて……


 どれくらい移動しただろうか、あれほどいた白い影達はもう見えない。足に硬いものが当たる。もしかして、これは床? 地面? とにかく足が着く。ここからは歩いて進む、歩くという行為がこれ程までに安心するとは知らなかった。


 暗闇を一人で歩く。周りには誰もいない、いつも俺の中にいるアンネも、ギルも、クイーンとハニービィ達も、馬のルーサも、鶏達も、エレミアも…… 誰もいない。


 次第に歩みは遅くなり、完全に止まる。暗闇に一人立ち尽くす。不安と恐怖が俺の胸に溜り、意味もなく大声で叫びたくなる衝動に駆られてしまう。


 俺はこの感覚を知っている。夢も目標も無い、ただ生きているだけの生活。先の見えない将来に不安を募らせ、孤独死の恐怖に怯える。だから前世では夜に呑み歩いた。余計な事を考えずに眠れるように。


 一人は心細いよ…… 戻りたい…… アンネとギルの口喧嘩を聞いたり、ハニービィ達の働く姿を眺めたり、俺の店で休憩するデイジーやガンテ達に文句を言って、シャルルとキッカが今日の売上を嬉しそうに報告してくれて、母さんとエレミアが作った料理を皆で食べる…… あの日常に帰りたい。もう、あんな夜は過ごしたくないんだ。


「あ…… あ、あああぁ、うああぁぁぁ!!! 」


 この衝動を抑えられずに叫んだ。胸に溜まった不安を吐き出すように…… 誰も聞くことはない、誰にも聞かせられない叫びを暗闇の中で上げ続ける。





 はぁ、少しスッキリした。戻ろう、皆の元へ。


 また歩き出した俺の目線の先に、ぼんやりと明かりが見える。俺は走った。あの明かりが何なのかはどうでも良い、久しぶりに見た明かりの傍に行きたかったのだ。


「なんだ? あれは…… 」


 近づくにつれて、明かりの正体が明らかになっていく。プラネタリウムみたいに、暗闇の中で小さな灯りがぽつぽつと浮かび、その真ん中で大きく光輝く巨大な物体。これはなんて言い表せばよいのだろう、巨大な物体には口の様な物、目の様な物、他にも見た事がない器官の様な物が生えていた。


 その周りには、これもまた言葉では難しい程の醜い化け物達が円になって、何処からともなく聞こえてくる笛と太鼓の音色に合わせて踊り狂っている。


 そんな異様な光景に目を奪われ、覚束無い足取りで近付いて行くと、踊り狂う異形な者達を離れた場所で見詰めている物体がいた。黒い肉のような質感を持った小さな塊、リリィから聞いた化け物の最初の姿に当てはまる。


 バスケットボール程の塊は、小さな目でじっと踊りを見続ける。俺が傍に近付いてもチラリと此方を見ただけで、すぐに目線を踊りの方へ戻す。


 そうか、此処はあの化け物の意識の中なんだ。俺が魔力で化け物と繋がった時、俺の意識が化け物の意識へと引きずり込まれたのか。だとすると、今俺の横にいる小さいのが本体の意識で、この光景は本体が造り出した幻影、いや、記憶か?


 小さな塊は、まるで羨ましむように踊っている者達を見ているので、何となく声を掛けてみた。


「踊りたいのか? 」


 小さな塊はまたチラリと此方を向くと、体から口を形成して喋り出した。


「おどり、た、い? うん、おどりたい、けど、おどれない」


 うん? どういう意味だ?

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