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「ただいま戻りましたわ! どうぞ、これはお土産です」
約二週間の旅を終えて、シャロットは無事に戻ってきた。お土産だと言って、よく分からない木の置き物を受取って話を伺う。
結果から言うと、マセット公爵の協力を取り付けることに成功したらしい。公爵領へ向かう途中と、パーティの前日に妨害工作があったが、それを予想していたカラミアにより、事前に防ぐ事が出来た。領主とシャロットが直接狙われたりもしたけど、クレス達の活躍のお陰で危うく難を逃れたそうだ。
「領主殿はきちんとお守り致したぞ! 」
フンスッ! と自慢気に鼻を鳴らすレイシアにクレスは苦笑いを浮かべる。
「約束は守ったよ。だけどシャロット嬢には護衛は必要無かったかな? ゴーレムのシュバリエは勿論のこと、シャロット嬢も中々の実力だったよ」
「お褒めに預かり、光栄ですわ」
多少のトラブルはあったものの、無事にパーティに出席できて、料理も出すことが出来た。その珍しい味にマセット公爵はいたく気に入り、味噌と醤油を使った新鮮な魚介料理を味わってみたいと、インファネースに別荘を構えると決めたらしい。
マセット公爵の協力のもと、フォードリック侯爵を詳しく調べると同時に、ボフオート公爵の動きにも注意してくれるようだ。過去の事はもう分からないが、領主襲撃の件では何か掴めるかも知れないとマセット公爵は動いてくれている。
今のところ、味噌と醤油はインファネースだけでしか味わえない。今回だけ特別に持ち出したと説明したら、ボフオート公爵みたいな味覚破壊者なんかにインファネースを奪われてしまっては、折角の素晴らしい調味料が生かされず消えていってしまう恐れがある。それならばと積極的に協力する約束をしてくれた。
何でもこの調味料には無限の可能性を感じるとか、興奮しながら熱弁していたという。どんだけ気に入ったんだよ。
取り合えず、これでボフオート公爵に対抗する力は手に入れた。マセット公爵に睨みを効かせて貰い、ボフオート公爵の動きを封じてる間にフォードリック侯爵を断罪する準備を整えていく予定だ。カラミアは既に動き始めている。シャロット曰く、
「あんなに悪どい笑顔のカラミアおば様は初めてですわ」
と、若干顔が引き攣っていた。
まだまだ安心は出来ないけど、反撃の狼煙は上がった。領主を中心としたこの都市は、もはや一枚の大きな岩だ。公爵家の邪魔がなければ、如何に侯爵であろうとただでは済まないだろう。新参者の俺では大した力にはなれないと思うが、協力は惜しまないつもりである。
◇
春の訪れを感じてからおよそ一ヶ月、もう夏が到来した。この一月で南商店街は大分変わり始めてきている。なんと、外から来てここに住むと決めた商人が土地を借りて店を構え始めたのだ。
肉屋に、小料理屋、そして念願のパン屋もできた。今まで他の商店街に行かなければ買えなかったお店のパンが食べれるのは嬉しい。俺の魔力支配のスキルでも、作ろうと思えば作れるのだが、全部既存のパンしか作れない。
新しいパンなんて素人の俺には思いつかないよ。それに、店やパンの種類によって生地の配合も細かく違ってくるので、軽い気持ちで手を出すと痛い目を見てしまう。という訳で、我が家の食卓のパンはその店で購入している。
「邪魔するよ! ライルはいるかい! 」
威勢良く店に入って来たのは西商店街代表のティリアであった。暑いのに元気だね。
「いらっしゃいませ。何かご用ですか? 」
「用があるから来たんじゃないのさ。何言ってんだい? 」
はて? この世界には形式美という概念は存在しないのだろうか?
「まぁいいさ。ライルから教えて貰ったアイスクリームっていう冷たい菓子が思いのほか好評でね。他にもないのか聞きにきたのよ」
そう、西商店街の喫茶店には新たなメニューとしてアイスクリームを出している。俺がティリアに覚えている大まかな事を伝えて、形にして貰ったのだ。最初は自分で作っていたのだが、材料を集めて作るのが段々面倒になってきたので、ティリアに丸投げしてしまった。これなら食べたい時に店にいけば食べれるぞ。勿論ただではない、それなりの見返りも要求してある。ティリアの仕入れ先のひとつである酪農家を一人紹介して貰った。
これで牛乳と卵の仕入れルートが出来た。それとは別に、金を払って鶏をオスとメスの二匹ずつ、計四匹を譲ってもらって魔力収納内で育てている。魔力が濃い場所だと、植物の成長速度は大幅に上り、野菜や果物に関しては味も良くなるという結果が出ている。
動物は長くいると魔物に変化するものもいると言われているが、収納内でのんびりと過ごしている馬のルーサには、これといった変化はまだ見られない。変化するものも、というからしないのもいるのだろう。そもそも魔獣が増える原因は、主に魔獣同士の交配が一般的であって、野生動物が魔獣に変化してしまう確率は低いとアルクス先生の研究で分かった。しかし、変化しなくても体が丈夫にはなるようで、購入した時よりもルーサはガッチリとした筋肉質な肉体になっていた。
なので、この鶏達も魔物とはいかないが何かしらの変化があって、卵の味も良くなるのでは? と思い、こうして魔力収納内で育てようと至った訳だ。
「ちょっと! 聞いてるのかい! 」
おっと、考え事が過ぎたようだ。えっと…… アイスクリームの種類だっけか?
「牛乳の他に果物の汁を使ったり、チョコレートを混ぜたり、干し葡萄をお酒に浸けたものを混ぜたりと、色々試してみてはどうですか? 」
「へぇ、良いわねそれ。早速試してみるわ! 」
来たときよりも、威勢良く店から出ていくティリアを見て、ほんとこんなに暑いのに、何であんな元気なんだと疑問に思ってしまう。俺は夏が得意ではないから余計にそう感じるのだろう。どっちかと言えば暑いより寒いほうが好きだな。汗をかくのが嫌なんだよね、ベタベタして気持ち悪いから。
だからこそ、夏を涼しく快適に過ごす為に、今作っている魔道具が俺には必要なのだ。




