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腕なしの魔力師  作者: くずカゴ
【第六幕】南商店街の現状と対策
125/812

16

 

「誘魔薬…… それは本当ですの? リリィさん」


 何だか雰囲気が変わったシャロットにリリィは軽く頷いた。


「そうですか…… お二方、ご協力感謝致します。後は此方にお任せ下さい」


 どうしたのだろう、誘魔薬の名前を聞いた途端にシャロットの表情は険しいものになった。何か心当たりがあるのだろうか?


「あのさ、シャロット。俺に何か出来る事はあるか? 」


「そのお心遣い、有り難く存じます。ですが込み入った事情が御座いまして、できるだけ此方で何とかしたいと考えておりますの…… でも、都合の良い事を申しますが、ライルさんのお力が必要になった時には、わたくしにご協力頂けますでしょうか? 」


 不安が色濃く出ている瞳を向けて、遠慮がちに聞いてくる。力を貸してくれだって? そんなの聞かれなくとも答えは決まっているよ。


「ああ、勿論。当然だろ? 俺達は仲間なんだから、何時でも頼ってくれ」


 真っ直ぐに、それでいてハッキリとシャロットにそう告げると、安心したのか少しだけ表情が柔らかくなった。


 シャロットは用事が出来たと言って客間から退出していったので、俺とリリィは館を後にする。結局、領主には会えなかったがリリィから毒は完全に除去したので問題はないと言われた。


 そう言えばリリィは回復魔術が使えるんだったな。傷だけじゃなくて毒も治せるのか。


「なぁ、誘魔薬ってなんなんだ」


 館から出て南地区に向かっている途中、俺はリリィに誘魔薬について尋ねてみた。


「…… 魔を誘う薬。それを一滴でも垂らすと周囲の魔物、魔獣が理性を失い、行く手を阻む者には容赦なく襲い掛かりながらその場所目掛けて集まってくる。人間には無味無臭で分かりにくいので、昔から暗殺の手口に良く用いられている」


 マジか…… 暗殺って、つまり領主を殺したい奴がいるって事だろ? やっぱり何処かの貴族の仕業なのか? 貴族同士の足の引っ張り合いはよくあると、シャロットが遠い目をして言っていたからね。命を狙われる事だってあるんだろう。


 暫く歩いていると冒険者ギルドが見えてきた。俺は商店街に行くからリリィとはここでお別れだ。


「…… ライルの用事が済むまでこの街にいるから、それが終わったら私と一緒に来て貰いたい所がある」


「分かった。それと、その世界の危機ってやつを今教えてはくれないのか? 」


 リリィはじっと俺を見つめた後、踵を返して歩いて行った。何で肝心な事は教えてくれないんだよ! ほんとに世界の危機なのか怪しくなってくるね。


『ライルよ、あの娘の知識を我のスキルで読み取ったのだがな…… 千年前の魔術知識があったぞ。その知識を何処で手に入れたかは分からんが、用心せよ』


 千年前の魔術知識があるだって? どういうことだ? まさか古代人ではあるまいし、ますます訳が分からないよ。


 少しげんなりして店に戻ると、中にはキッカとシャルル、デイジーにリタとアルクス先生、そして如何にも不機嫌を露にしているエレミアの姿があった。


 うわぁ、すんごい怒ってるよ。置いてきたのは不味かったかな。


「えっと…… た、ただいま戻りました」


「お、おかえりなさい。ライルさん」


 キッカはぎこちない笑顔で挨拶を返してくれた。


「ちょっと、エレミアちゃんをどうにかしなさいよ。空気が重くて仕方ないわ。シャルル君なんかさっきから震えっぱなしよ」


 デイジーの言葉通り、シャルルはカウンターの向こうでぷるぷると震えている。気持ちは分かるぞ、俺も怖い。


「た、ただいま。エレミア」


「…… 随分とお早いお帰りね。もっとゆっくりしてきても良かったのよ」


 おうふ、かなりご立腹のようだ。


「いや、向こうも結構忙しそうだったからさ…… その、ごめん。領主様が襲われたと聞いて、焦っていたんだ」


「はぁ…… 気持ちは分からなくはないけど、ライルが焦った所で結果は変わらないわ。貴方まで何かあってからじゃ遅いの。お願いだから私を置いて行かないで、じゃないと守れないわ」


 不機嫌な態度から一変して、今度は悲しそうな雰囲気を醸し出す。かなり心配を掛けてしまったようだ。


「ごめんよ、次からは気を付ける」


「…… ううん、私の方こそ意地悪言ってごめんね。ライルの中には心強い味方がいるのは分かってはいるんだけど、どうしても不安になってしまうの。私の知らない所で危険な目にあっているんじゃないかって」


「いや…… あの二人が出てきたらもっと酷い事になりそうだからね。やっぱりエレミアに傍にいてもらわないと俺も不安だよ。これからもよろしくお願いします」


「ええ、此方こそ宜しくね」


 どうにか機嫌が直ったエレミアと顔を見合せていると、痺れを切らしたデイジーが声をかけてくる。


「ねえ! 早く領主様の安否を教えてくれないかしら。こっちも心配で仕方ないのよぉ! 」


 ああ、そうだった。領主が無事だと知らせないと…… 俺はデイジー達に領主が魔獣の群れに襲われ毒で倒れたが、冒険者達のお陰で助かった事と作為的なものの可能性があると伝えた。


「誘魔薬ですって!? 禁薬じゃないの! 使用するのは勿論、持っているだけでも捕まるわよ。一般人が気軽に入手出来るような代物ではないわ」


 デイジーも誘魔薬は知っていたようで、凄く驚いていた。成る程、禁薬と指定されているのなら、それなりに地位と金がある奴でないと入手は難しいはずだ。


「つまり貴族の仕業だと? 」


「そうねぇ…… そうなるかしら。悔しいけど、貴族が相手じゃ私達では手も足も出ないわね」


 確かに、過疎りかけの商店街にいる商人では、出来る事は無いに等しい。シャロットには自分達で何とかするとも言われたし、俺達は大人しく経過を見守るしかないみたいだ。


 意識不明だった領主が目覚めたのは街に戻ってきてから二日後の事だった。

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