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このハロトライン領から王都まで馬車で片道で約4日掛かるらしく、途中の村や町などで宿を取りながら向かうらしい。
そんな話を御者から聞き、馬車はただ土を固めただけの様な道を走っている。
「どうでさぁ! 坊ちゃん、乗り心地最悪でしょ! なはははは!!」
何が楽しいのか、ガッタンガッタンと揺れる馬車を操りながら笑っている。
これじゃあ景色を楽しむ余裕がない、想像してた馬車の旅と全然違う! ちくしょう、けつが痛ぇ…こういう時はお約束として、けつが割れそうだ!! と言えばいいんだろうか? まぁ、一人で言っても寂しいだけだから言わないけど……
硝子がない窓から見える広大な平原を眺めながら、こんなのが四日も続くのかと早くも心が折れそうになった。
尻が痛い以外は何も問題はなく、日が沈む前に最初の町に着いた。そこで宿を取り、一泊する予定だ。
その日の夕食は御者と一緒に宿の食堂で食べた。
「坊ちゃん、食事中でもフードは取らねぇんですかい?」
「うん、ハロトライン卿から人目に晒すなって言われてるからね」
そう答えながら、魔力を使いパンを一口サイズにちぎり口へと入れた。
「こりゃまた、器用ですね……魔術か何かですかい?」
「いや、魔力を使って食べてるんだ」
御者は感心したみたいに、
「へぇ、そりゃあ便利ですねぇ、魔力でそんなことがねぇ」
御者と取り留めのない会話をしながら食事を終え、そのまま宿の部屋へと戻りベッドに横たわる。
はぁ、疲れた。初めての馬車、初めての旅、初めての町、今日は初めて尽くしだったな。観光する時間がないのは残念だけど、そんな雰囲気でもないし、伯爵は俺と一緒にはいたくないらしい。でもあの馬車はちょっとひどい、おかげで体中が痛い。
疲れが結構溜まっていたのか、すぐに眠りへと就いた。
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旅は順調に進んでいる、途中ゴブリンの襲撃にあったが、あっという間に護衛の四人が切り倒した。
その動きは素早く、ゴブリンを一振りで切り裂いていた。彼らの戦いを見て、あんなの俺の知っている人間の動きじゃないと思った。
「お~! やっぱいつ見てもすげぇなぁ!」
それを見ていた御者が少し興奮した様子で声をあげた。
「すごいよね、あの動き……」
俺もつられて呟いたのが聞こえたのか、
「坊ちゃんもそう思いやすか? 魔術ってのはすげぇもんですねぇ」
「魔術? あの動きは魔術によるものなんだ?」
「へい、そうですぜ。確か、身体強化の魔術……だったけな? 自分の体をすんげぇ強くするらしいですぜ」
そんな魔術もあるのか、恐らく術式を刻んだ対象を強化するようなものだろう。
それにしてもゴブリンだよ、遠くから見たら小さな人のように見えた。それが切り裂かれ、血を撒き散らして絶叫する姿は見るに耐えない。
ここまで血の匂いが漂ってきて吐きそうになったが、何とか我慢できた。
しかし、初めて見た、生き物が殺される所を……前世でも死体は見たことはあるが、殺される所は無い。
だからだろうか、嫌悪感が物凄い。俺も彼らのように殺せるのだろうか? 自分の身や大切な人を守るために……
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ハロトライン領から出発して、四日目の夕暮れに王都へと着いた。空へと高くそびえ立つ城壁が出迎えてくれた。
「お~、でかいなぁ~」
「そうでしょう! 初めて来た奴ぁ、皆驚くんでさぁ!」
遠くからでも見えていたが、近くまで来るとここまで、でかいのか。
貴族用の門を通り、王都の中へと馬車を進めた。道は石畳でとても広く作られいる。
ここは商店街なのか、様々な絵が描かれた看板をつけている店が並んでいた。
夕日に照らされた王城がとても神秘的に見えて少し感動してしまい、ちょっとうるっときてしまった。
しばらく進むと、今まで泊まってきた所とは比較にならないほど豪華な外装をした宿の前に止まった。
これはもう宿というより “高級ホテル” だなと、少しばかり気分が高揚していたら、
「さぁ! 出発しますぜ、坊ちゃん」
御者はそう言い、俺が乗っている馬車だけ動き出した。
「え? あそこに泊まれるんじゃないの?!」
「違いますぜ、俺達ゃべつの宿へ泊まりやす。そんで明日の朝、旦那と教会で落ち合う予定でさぁ」
「それも、ハロトライン卿から頼まれたんだ?」
「へい、そうですぜ」
そうして、自分が泊まる宿へと着くと、すぐに部屋のベッドに飛び込んだ。
ふざけんなよ! ちくしょおおぉぉぉ!! ぬか喜びさせやがってぇぇ……いや、ここの宿も十分良いとこだよ。でもさぁ、アレを見たあとだとねぇ……結局、王都に着くまで伯爵と顔を会わせることはなかった。はぁ、もうこのまま寝るか。
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翌朝、宿を出発して教会へ向かった。
教会の中へと入ると待合室のような場所に案内され、そこにはもう、伯爵が待っていた。
「行くぞ、ついてこい」
そう言って、一人で先に歩いて行ったので慌ててついていく。
着いた場所は聖堂だった。高く広い空間に長椅子が幾つも設置され、中央の窓は七色の大きなステンドグラスになっていて、色の一つ一つに人物が描かれていた。その人物は女性や男性、老人と様々だ。
「見事なものでしょう? 私も初めて拝見したときは、言葉を失いました。あの七つの色はそれぞれの属性を表し、その中に描かれているのは、各属性を司る神々の御姿です」
俺が無言で見上げていたら、いつの間にか祭服に似たものを着た老人がいた。
「これはカルネラ司教、こんな朝早くにお呼び立てして申し訳ない」
伯爵がカルネラ司教と呼んだ老人は、穏やかな笑みを浮かべ、
「いえいえ、大丈夫ですよ。神々は、いついかなる時でも祈りを聴いて下さります」
「それは、大いに結構ですな」
カルネラ司教は俺の方へ近づき、
「さあ、フードを脱いでも大丈夫ですよ。この時間はまだ、誰も来ません」
俺はその言葉に従い、魔力を使ってフードを脱いだ。
「貴方に神々の祝福があらんことを…………何も心配することはありませんよ、これからあなたには儀式を受けてもらいます。こちらへ」
カルネラ司教は中央先の祭壇へと足を進めたので、それについていった。
その祭壇には何かの金属で作られた箱があり、その箱は観音開きになっていた。
カルネラ司教が鍵を外し、箱の扉を開けると……中には七色に輝く丸い水晶の様なものがあった。
「本来なら、この神器に手をかざすのですが、あなたの場合は仕方がありませんので、額を神器へ」
この神器と呼ばれた七色の輝く物に自分の額をつけた、まるでお辞儀をしているみたいだ。
「さぁ、集中し神々に祈るのです。さすれば道は開かれん」
俺は目を閉じ、強く祈った。
神さま……いるのなら、どうかお願いします。俺に、魔法を………大切な人を、場所を、自分を守れる力を、どうか……どうか……どうか……………
だが、神は魔法を授けてはくれなかった。




