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「―― という事があったんだけど…… 」
店を閉めた後、皆で夕食を食べながら今日の昼に起きた事を話していた。
「僕の休憩中にそんな事があったのですね。リアンキール商会とマーマル商会の会長さんからのお誘いですか…… マーマル商会は良いとして、リアンキール商会は心配ですね。あまり良い噂は聞きませんので、気を付けた方がいいでしょう」
「何か仕掛けてくるかも知れないと言うことですか?」
「ええ、その可能性は高いです。恐らく向こうの狙いは蜂蜜ですね。ライル君を取り込めば、あの蜂蜜を自由に出来ると考えているのでしょう。それをどう扱うかは分かりませんが、貴族等の裕福層に狙いを絞って、お金を巻き上げるつもりだと思いますよ。もし、リアンキール商会に入ったとしても、ライル君の待遇が良いという保証もありませんし、信用はできません」
インファネースに来て三年のアルクス先生が言うのであれば、注意が必要だな。ただ、直接的な被害や妨害は仕掛けて来ないと思う。もし日頃からそんな事をしていたら、あの領主とシャロットが今まで見過ごしていない筈だ。それとも、上手く法の目をのがれているのだろうか。
「マーマル商会はどうなんですか?」
「西商店街のマーマル商会ですか? 特にこれといった悪い噂は聞きませんね。常にお客の要望に全力で応えようとしています。ただ、客層が限られていますけど。まぁ、西地区は住宅街ですから仕方ないと言えなくはありませんが」
う~ん、悪い人ではないと思うけど、どうも気が合わない所があるというか、彼女の信念には素直に首を縦に振りづらいんだよ。
「でもマーマル商会の会長は、えらく都合の良い所に出てきたわね。まるで機会を計っていたようだわ」
確かに、エレミアの疑問は俺も感じていた。あれは偶然にしてはタイミングが良すぎる気がする。
「それは実際に計っていたのでは? あれだけ大きな商会ですから、間諜の類いがいてもおかしくはありません。リアンキール商会の会長が動いたとあっては、マーマル商会にその情報が行くのは必然です」
じゃあなにか、アルクス先生の言う通りでスパイのような者がいて、リアンキール商会のカラミアが動き出したのを知り、マーマル商会のティリアも動き出した。あのカラミアを止めに入ったのも計算の内って訳か?
「それも戦略ですからね。僕達は常に見張られていると思ってもいいでしょう」
プライバシーも何もあったもんじゃない。でもこの世界では当たり前なのだろう、情報収集は基本戦略だからね。この分じゃ、寝ている間に店に入られる可能性もあるかも。もっと防犯面をしっかりさせないといけないな。
「東のサラステア商会はどうなんですか?」
「サラステア商会ですか? 確か会長の名前がヘバック・サラステアと言いまして、今年で五十二歳になる御老体です。貿易商ですので、彼の目は常に都市の外に向けられています。他国や他領の情勢には機敏ですが、この街に関しては、リアンキール商会やマーマル商会と比べると疎いようです」
それなら、あまり関わりになることは無さそうだ。一番に気を付けなければならないのはリアンキール商会で、その次がマーマル商会だな。
店の防犯として、今から出来るのはハニービィ達にお願いするぐらいしかないので、早速今夜からハニービィ達に店の中や周りを見張ってもらうように頼んだ。
◇
会長達との邂逅から十数日、やっとデイジーが酔い治しの薬の調合が安定して行えるようになり、商品としてそれを売りに出したところ、その効き目に驚いた冒険者達によって噂は拡がっていき、一躍デイジーの店の人気商品になっていったらしい。
何でも、酔い治しは様々な “酔い” に効果があるみたいで、二日酔いは勿論のこと、馬車酔いに船酔いまで治してしまう。そればかりか、事前に服用すれば酔い止めにもなるらしく、馬車の移動が多い行商人や船旅をしている貿易商人も購入している。
「もう、笑いが止まらないとはこの事ね! これも、ぜ~んぶエレミアちゃんのお陰よぉ、ありがとね♪ 」
薬の調合で忙しかったのか、暫く店に来なかったデイジーが久しぶりに訪れては、嬉しそうに近況を報告してくれた。
「上手くいったのなら良かったわ」
エレミアはデイジーによる感謝のウィンクを受け流しつつ、冷静に答える。
少しずつだけど、南商店街に活気がついてきたみたいで、冒険者や商人だけでなく、市民の客もちらほらと確認できるようになっきた。酒場や宿屋以外の店にも人が寄ってきているし、リタ達の服屋とデイジーの薬屋にも新規の客が増えたらしい。ガンテの鍛冶屋は特に変化は無かったけど、相変わらず一定の需要があるので問題はないようだ。
俺の店にもクッキーを求める客が女性冒険者以外にもここの市民の客が増えてきている。商人達は酒と魔道具を、冒険者達は金を貯めてマジックバッグを購入したりするので、日々の売り上げも徐々に上がっていった。
この調子で南商店街を盛り上げて行けると、この時は本気で思っていたが、そう上手くはいかないらしく、ある日を境にパッタリと客足が遠のいてしまった。原因は大方予想がついている、リアンキール商会とマーマル商会が遂に動き出したのだ。
リアンキール商会は俺の “洗浄の魔道具” の術式を魔術師を使って読み取り、同じ物を作った。しかも、宝石等を使用して豪華に仕上げ、貴族向けとして売り出し始める。そっちの方が利益が見込めると判断した商人達はこぞって買い求め、此方の洗浄の魔道具は段々と買われなくなっていった。
マーマル商会は、西商店街で新しくお菓子と紅茶を提供する店を構えた。所謂喫茶店のようなものだ。内装もお洒落過ぎず、落ち着いた雰囲気にしてあり、ケーキやクッキーの種類も豊富で、店内だけでなく持ち帰りも可能である。
そのせいか、せっかく来てくれるようになった市民の客はみんな向こうに流れてしまい、それだけでなく多くの女性冒険者達もそっちの方に行ってしまった。
お陰で午後だけじゃなくて、午前中も暇な時間が増えていき、徐々に上がっていった売り上げも、今では右肩下がり。このままじゃ不味いな、本格的に対策を練らないと本当に南商店街が歓楽街へと変わってしまうかも知れないぞ。




