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母さんが落ち着いたのを見計らって、二階のダイニングルームへ連れていく。
ガストール達は気付いたらいなくなっていた。残りの金は後で受け取るとエレミアに言伝てを残して店から出ていったそうだ。気を使わせてしまったな。また酒でも奢れとか言われそう、まぁ今回は素直に奢るけどね。
「おや? クラリスさん、今着いたのですか?」
テーブル席に着いて紅茶を飲んでいたアルクス先生が、少し驚いたように尋ねた。
「お久し振りです。アルクスさんのお陰で、こうしてまた、この子と会う事が出来ました。どんなに感謝してもしきれません」
「いや、僕も偶然この街で会っただけですから、感謝されるものではないんですがね」
アルクス先生は困り顔で頬を人差し指で掻く。自分で見つけた訳ではなく、偶発的な出会いだったので気まずいのだろう。
「それでも、私の代わりに捜してくれていました。この五年、アルクスさんの手紙があったからこそ、私は今を迎える事が出来たと思っています」
そうアルクス先生に伝えると、母さんは深々と頭を下げる。
「そう言って貰えると助かります。あんな不甲斐ない報告しか出来なかったのに…… さぁどうぞ、お掛けください。お互い積もる話が沢山あるでしょう」
アルクス先生に席を勧められて座る母さんの対面の席に俺も座った。
何から話していいのか分からずに黙ったままの俺と母さんに、アルクス先生は助け船を出す。
「そういえば、ここに来たということは館の仕事を辞めてきたのですか? 」
「え? え、ええ。そうです、流石にすんなりとは行きませんでしたが、ちゃんと話はつけてきましたよ」
そうか、それで到着が遅くなったのかな? でも話をつけてきたのなら、ハロトライン伯爵から何かしてくる事はないだろう。
その話を切っ掛けで、母さんは今までの事を話し始める。五年前のあの日、伯爵から俺は死んだと言われてどうしてもそれが信じられず、一人で俺を捜そうと決意したらしい。
しかし、アルクス先生からの手紙による説得と、代わりに俺を捜すという提案をのみ、館で働きながら待つことにした。
伯爵に無理を言ってまで育てた俺が結果を残せなかった事で、肩身の狭い思いをしていたが、それでも俺が生きていると信じて疑わなかったそうだ。
何度も館から飛び出して捜したいという衝動に駆られたけど、もしかしたら戻ってくるんじゃないかと思い止まっていたと話してくれた。
「ごめんね、母さん。辛い思いをさせて…… 」
あの時は館に戻らない方が母さんの身の安全に繋がると判断してそうしたけど、精神的な苦しみまでは考慮していなかった。
「ううん、良いのよ。待つことには慣れているから…… アルクスさんからの手紙で、不思議な子供の噂が書かれていたのを見たとき、貴方は生きていると確信したわ。だから、そんなに苦にはならなかった」
真っ直ぐに俺を見詰め、嬉しそうな微笑みを向けられた俺は、もうこの顔を曇らせてはいけないと決意を新たにする。
「それより貴方の事が聞きたいわ。教えて、今までどのように暮らしてきたのかを…… 」
今度は俺の話が始まる。内容はアルクス先生とシャロットに話した事と同じで、時折アルクス先生に補足して貰いながら進んでいった。
母さんは離れていた時間を埋めるかのように、真剣な面持ちで話に耳を傾けている。魔力支配の説明やギルとアンネの紹介もして、俺の話が終了すると母さんは席から立ち上り、エレミアとギル、アンネに向かって頭を下げた。
「この子を守ってくださり、有り難うございます。ライルが生きているのはあなた方のお陰です。本当に、感謝しております。どうかこれからも、この子の力になってあげて下さい。どうか…… 宜しくお願い致します」
必死に頼み込む姿に、三人は当然のように応える。
「あったり前じゃん! 嫌だと言われても離れないかんね! 何処までもついていくから、覚悟しろよ~」
「ライルは私に光を与えてくれた。この恩は一生忘れる事はないわ。エルフの一生は長いから、寿命が尽きるその時まで守り続けるつもりよ」
「うむ、ライルには日頃世話になっているからな。それに、こんな居心地の良いねぐらを手放す訳はなかろう? 我に任せておけ、どのような相手であろうと、敵ならば容赦なく八つ裂きにしてやろうぞ」
その言葉に母さんは安堵したのか、笑顔でお礼を述べた。
「有り難うございます…… ライル、頼もしい人達と巡り会ったわね。これなら私も安心できるわ」
まあね、危なっかしい所はあるけど、何だかんだで頼りになる自慢の仲間達だよ。
「でも、魔力支配というのは凄いのね。やっぱり貴方は特別な存在なのよ! 流石は私の自慢の息子だわ! 」
それまでと違い、急にテンションを上げて抱きついてくる。そういえば、前に魔力が視えることを話したら凄く興奮してたっけな。そんな光景を見ていたアンネ達の方から 「親バカ」 という単語が聞こえてきた。
止めて! 俺も薄々そうじゃないかな? と感じているんだから。 恥ずかしい…… せめて言葉に出さないで心の中だけでお願いします。
その後、エレミアと母さんが夕食を作ってくれて皆で頂く。俺と母さんとエレミア、アンネにギルとアルクス先生との食卓は、お酒が加わって騒がしいものになった。特にアンネが…… でも楽しいな。ここには一人として血の繋がりはないけれど、まるで家族のようだ。こう思っているのは俺だけじゃなければうれしいのだけど。
生まれ変わって十五年。紆余曲折を経て、漸く自分の居場所を手に入れたような気がした。




