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信長Take3【コミカライズ連載中!】  作者: 松岡良佑
7章 天文20年(1551年)戦国大名への道
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71話 新たなる動き 織田、浅井そして――

【尾張国/那古野城 織田援軍出発前日】


 信長は斎藤家の近江侵攻を聞いた時に、援軍として帰蝶、佐々成政、丹羽長秀を選抜したが、それとは別に滝川一益にも別命を与えていた。

 それは、『六角家の調査、及び、六角家に人質として居る猿夜叉丸(浅井長政)の確保』である。


 近江の地形に明るい滝川一益には適任で、名目上は斎藤家への援軍として帰蝶の部隊に所属はしているが、完全独立行動を取っていた。

 その結果、見事に琵琶湖で猿夜叉丸の確保に成功した。


 実は、信長は前日に帰蝶とファラージャでこんな話をしていた。


《浅井長政に朝倉義景か》


《浅井長政さんはまだ幼児ですよね? もし浅井と何らかの関係を持ったら、於市さんを嫁がせますか?》


《それよな。長政は死ぬ可能性もあるが……。前々世の奴はワシを期待させるに充分の、かつ、失望させるに充分の事をしでかしおった。何が影響して性格や考えが変わるかどうかわからぬが、コレばかりは見守らねばなるまい》(62話参照)


《しかし殿? 斎藤家が近江に侵攻するとなると、史実とは違い、近江の情勢は私達が知る以上に荒れますよね? 長政殿はこの時期は確か……》


《確か長政めは……この頃は六角家での人質生活だったはず……だったか? しかし後に浅井家に戻る歴史的事実がある……。近江情勢が変わると、ひょっとしたら帰還時期が早まるかも知れんな……。よし、一益に動いてもらうか》


 信長は、正しいのか定かでは無いあやふやな記憶を元に、自身の人生経験ではなく、策としての予測に聞こえるように一益に命令を下した。


『(確か)浅井久政の長男の猿夜叉丸が六角家に人質として居る(はず)』


『斎藤家の侵攻が成功し、六角との関係に亀裂が入ると予測される場合』


『(たぶん)琵琶湖を経由して人質の交換がある(かも)』


 この様に極めて不確かな、かなり大雑把な予測を立て、最後にダメ押しで付け加えた。


『かもしれない……そんな気がする。その程度の可能性の話じゃ。じゃからまぁ、万が一の可能性よりも低いと思うがな。何なら忘れても良い』


 要するに『ダメで元々』だ。

 任務の重要性を比率で言えば『六角家の調査』が99%で、『猿夜叉丸確保』が1%であり、猿夜叉丸の確保は主任務のついでの上、成果を一切期待しない。

 当然、信長公認の失敗前提の任務であり、もっと砕けた表現で言うなら『暇でやる事無くなったら、調査のついでにチャンスがあれば攫ってしまえ』程度の命令である。


 当の一益も、信長の意向は良く理解し、戦の最中には一切、猿夜叉丸の捜索は行っていない。

 むしろ本当に忘れていた程である。


 何せ横山城決戦の決着がついた時に、『おっ、そう言えば』と、ふと思い出したぐらいだ。

 しかも『まさかとは思うが念の為。せっかく近江に来たのだし琵琶湖でも見物しとくか?』と配下に冗談めかして言う程度の気持ちだ。

 そんな気持ちで琵琶湖に船を出したら、あっさり六角家の船団を見つけてしまい、これまた運よく霧の掛かった琵琶湖だったので難なく奇襲を成功させて確保に成功してしまった。


 実に時間的な無駄の無い、犯罪史上稀にみる鮮やかな誘拐劇であった。


 誘拐した一益の笑顔が猿夜叉丸にとって鬼の形相に見えたのは、一益にとっても驚愕の出来事で戸惑って顔が引きつっていたからである。


 こうして信長は、一益からの早馬での報告を那古屋で受ける事となる。



【尾張国/那古野城 織田家】


「ゲホッ!? ブっ! 何じゃと!?」


 自分で命令しておきながら報告を聞いて驚き、食べていた飯を噴出し、素っ頓狂な声を挙げてしまった信長である。

 伝令は飯まみれの顔でもう一度報告する。


「は、はい! 滝川殿が近江の琵琶湖で猿夜叉丸確保に成功したとの事です。尾張に移送するとの事!」


(……ほ、本当に成功させてしまうとは!?)


 信長の率直な感想であった。

 確かに信長は猿夜叉丸の確保を命じた。

 しかしその命令は、卓越した頭脳で緻密な計算によって導き出された謀略などでは無い。

 信長と帰蝶だけが持つ、歴史的事実から逆算した可能性の一つを突いた、謀略とはとても呼べない不安定な策であった。


 だから信長も確保の報告を受けた時は、食べていた飯を噴出してしまったのである。

 ただ、頭の片隅ではこうも思っていた。


(……ひょっとしたら『ワシと出会う』と言う事実が、歴史の修正力に繋がって、凄くアッサリ確保してきてしまうかもしれぬ。下手したら、仮にこちらが拒んだとしても会う運命にあるかもしれない。……そんな気がする)


 信長の中で、ほんの一抹程度だった懸念は実現してしまった。


 信長の天運なのか?

 歴史の修正力なのか?

 はたまた人知の及ばぬ強大な力が働いたのか?

 事実は分からない。


 ただ、信長と猿夜叉丸が出会う。

 これが真実であり結果である。


 とは言え、なすがまま流される信長では無い。

 信長はこの事実に変化を加える事にした。

 それが斎藤道三である。

 今回の戦が斎藤家主導故の配慮であるが、もう一つ秘めたる思いもあった。


 ただ出会うだけでは、結局また裏切るかもしれない―――


 そうならない様にする為の斎藤道三である。

 信長にとって浅井長政の裏切りは、長政には必然でも信長にとっては正に『青天の霹靂』であって、是が非でも避けたい事態である。(63話参照)

 今回の歴史では、斎藤家が主として浅井に向き合う流れであるが、なればこその処置である。


 信長だけでは理解されなかった信長の正義を、梟雄と名高い道三と一緒で、しかもまだ幼く人間的に成長しきっていない今の猿夜叉丸なら、あわよくば脳の深い所に信長の思想が根を張ってくれるかもしれない。

 もし、将来成長した後に何らかの事象が原因で、信長に対して敵味方どちらに付くかで心が揺らいだ時、歴史の修正力を跳ね返し、信長側に傾く最後の一押しにつながる可能性を信じて。


 そう決意を固めた信長は、一益には尾張ではなく稲葉山城に来るように命令し、自身も稲葉山城に向かった。

 まずは先回りして斎藤道三と面会し、自身の思惑と狙いを、転生と歴史的事実をぼかして虚実交えて説明した。


「―――先にお知らせした書状通り、配下が思わぬ収穫を上げました。浅井家の嫡男である猿夜叉丸確保です。その子は浅井家に対する切り札になるやもしれません。聞けばまだ幼子らしいので、先手を打って我等でしっかりと懐柔してしまい将来の味方にしとうございます。さらに猿夜叉丸は中々利発であるとの事―――」


 道三は、信長の表面上に出てこないが、しかし確かに熱意を感じる妙に説得力のある熱弁に、かつての正徳寺の会見を思い出した。


「そ、そうなのか……? 何とも凄まじいまでの念の入れ様よの。まぁ良い。ちょうど今手掛けている事も一段落付いたところじゃ。婿殿の余興に付き合うとするか。……ところで、その子らは?」


 道三は信長が一緒に連れてきた幼い子供たちに目をやる。

 幼いながら姿勢を崩さず公式の場である事を弁えている。

 若かりし頃の信長とは大違いであった。


「はっ。ワシの弟と妹で、三四郎(さんしろう)(織田信包)、五七郎(いしちろう)(織田信治)、十一郎(といちろう)(織田長益)、 於市(おいち)です。あと2人、織田で預かっている満天丸(まんてんまる)(北畠具房)、海三郎(九鬼嘉隆)です。教育と言ってもまだまだ子供ですからな。同年代の遊び相手も必要でしょう。猿夜叉丸と年の近い子を選んで連れてきました。こ奴等もついでに教育を受けさせようと思います」


「そうか、抜かりないのう。ふむ? では斎藤家からも遊び相手を出すか。誰ぞ、勘九郎(かんくろう)(斎藤利堯)、勘太郎(かんたろう)(斎藤利治)、於龍(おたつ)藤花(ふじか)を呼んでまいれ。あ奴等にも良い機会じゃ。表舞台にでる準備をさせようかの」


 こうして信長と道三、子供が10人が猿夜叉丸と交流を持つ事となった。

 道三の提案は信長にとっても渡りに舟であった。

 幼い兄弟達を連れてきたのは、人生において織田家と長政の繋がりを、信長以外とも深める為。

 史実で分かり合えなかった信長と長政も、長政と同年代なら通じ合えるかもしれないとの思惑があった。

 いわゆる『下手な鉄砲数打ちゃ当たる』では無いが、10人も揃えれば誰かしら竹馬の友も出来るかもしれない。

 史実で長政と結婚する於市に関しては、信長もどうするか最後まで迷ったが、出会いの場だけは作り、あとは流れに任せる事とした。


 メインの教育係は信長、道三、帰還してくる帰蝶、ようやく怪我が癒えて現場復帰となる平手政秀が行う事となった。

 分担は、思想や政治を信長が、駆け引きや商売を道三が、武芸を帰蝶が、その他一般教養を政秀が担当する。


 人数も多いので、かつての竹千代教育よりも強力な布陣である。


 この11人は竹千代教育の反省を活かし、座学もあるにはあるが、徹底的に現場での教育となった。

 従って狭い城内だけでなく、美濃から尾張まで幅広く活用した教育である。

 もちろん年齢に応じた考慮はあったが、その教育現場に居合わせた既に前線で活躍する兵たちは、その訓練風景に懐かしさと哀れみを持って応援するのであった。


 後にこの11人は一同に介したときに語ることになる。

 あの地獄があったからこそ今がある―――と。

 その地獄訓練の模様はまた別の話である。


 なお猿夜叉丸は、浅井家から攫って来たと知る者は極めて僅かである。

 可能な限り浅井家に察知されない為の策であった。



【近江国北/雨森城 浅井家】


「真に申し訳ありませぬ! 水中も捜索いたしましたが見つけられませんでした!」


「たわけ!! 『見つかりませんでした』で済む話か!?」


 浅井家の雨森城では、猿夜叉丸奪還作戦を失敗した遠藤直経が平身低頭謝罪し、古参の家臣が糾弾していた。

 主君の嫡男の奪回を失敗したのだから、謝罪は当然と言えば当然なのだが、如何せん失敗の内容が予想を超えて悪かった。


 例えば『奪回を失敗して六角に叛意がバレた』と言うのは、決して受け入れられる事態ではないが、十分予想の出来る範囲である。

 また仮に、あってはならない事ではあるが、猿夜叉丸が討ち死にしたとしても、最悪の事態であるが予測は可能である。


 何せ襲撃して奪うのであるから、そう言った事態も十分考えられる。

 猿夜叉丸がまったく関係ない場面で船から落ちて水死した、と言う可能性も予測する事はできない事も無い。


 しかし今回は、誰か分からない第三者が、浅井と朝倉と六角しか知らぬ人質交換を察知し、六角兵を全員殺害して猿夜叉丸を()()()


 横山城決戦からまだ日も浅い。


 むしろ浅井家としては、これ以上無い程のスピードで奪還を決意し行動を起こした。

 斎藤家も、久政を討ち取っていないのは分かっている話なので、まさか人質が交換されるとは思うはずが無い。

 ならば、策としての隙も皆無であったはずであるのに、それでも猿夜叉丸の存在を消されてしまった。


 せめて猿夜叉丸の遺体でもあれば、対処もできるし諦めも付く。

 しかし生死不明の行方不明は、その事実を利用する者が居る可能性もあるので、浅井家として先手を打てる事が一つを除いて何も無い。

 その一つとは猿夜叉丸を討ち死に扱いにして、完全に諦める事であるのだが。


「皆、落ち着け。確かに良くないが良い。喜右衛門(遠藤直経)に落ち度は無い」


 戦国大名として今回の敗戦で一皮向けた久政は、即座に猿夜叉丸を諦めた。


「湖賊か斎藤か? それとも他の第三者なのか分からぬが、相手が上手だったという事だ。ワシらもまさか察知されていたとは予測できんかった。もし猿夜叉丸が生きていて、どこぞの勢力がそれを元に接触してきたら、それはその時に考える。それよりも前を見よう」


「と、殿……!?」


 息子が、嫡男が消えたのに久政には悲観に暮れた様子は無く、むしろ久政よりも戦国時代に適応していたハズの家臣達の方が、己の不明を恥じる有様であった。


「六角兵が殺されていたと言う事は間違いなく六角の仕業ではない。つまり六角は人質交換に応じた。だが、猿夜叉丸が消えて行方不明となった。ならば我等は六角の(くびき)から解き放たれたと見てよかろう。最低限ではあるが達成された成果じゃ」


 久政の言う通りであった。

 過程はともかく、これで六角家に対し懸念は無くなった。

 朝倉家に従う事にはなったが、斎藤家に匹敵する朝倉家の後ろ盾を得て南に専念できる今のこの状況は決して最悪の事態ではない。


「それよりも今は体勢の建て直しじゃ! まずは全兵を使って大至急水田を整える! それと同時に宗滴殿の仰っていた専門兵士を我が浅井家でも導入する! 領地内外問わず流人や活躍の場が無く燻っている者を集めよ! 特に元々我等の領地であった地からは念入りに人を集めよ! みすみす斎藤家に戦力をくれてやる訳にはいかぬ! 猿夜叉丸が消えたからと言って慌てふためいている暇なぞ無いぞ!」


 多大な損失と犠牲と払いつつ、史実よりも勢力としては弱体化したが、戦国大名として成長した浅井家。

 今回の戦の結果で、プラス面とマイナス面が釣り合っているかと言えば、マイナス面の方が大きいであろう。

 土地も失い後継者候補も失った。

 六角から開放されたが、結局朝倉に従属するハメになった。

 それでも浅井久政の顔は、以前よりも生気と覇気に満ちた若武者らしい雰囲気を纏うのであった。



【近江国北/朽木城 朽木家】


 屋敷の庭で二人の男が会話をしているが、片方の男は抜き身の刀を手にして構えている。


「ふ~ん? それで斎藤が勝ったって訳か。戦に強いと言うのは羨ましい話じゃのう。ハッハッハ! ……セイッ!!」


 一人の若者が自虐的に笑ったあと、刀を振って一閃、目の前を舞っていた蝶を切り裂く―――事は出来ず、蝶は我関せずとばかりに義藤の頭上を舞った。


「チッ! 戦も下手なら個人の武も下の下。この状況も必然って訳か」


 苦い顔で蝶を見上げる若者の名は足利義藤。

 役職は室町幕府第13代征夷大将軍。

 後の足利義輝である。


 昨年、義藤は三好長慶と争い敗れ、朽木に逃げ込んでいた。

 乱世になって将軍は最早飾り同然だ。

 だが飾りとしてすら京に鎮座する事も許されぬ状況は、飾りどころか塵芥(ちりあくた)同様に成り下がってはいても、京に鎮座できる天皇よりも悲惨な境遇であった。


「頼みの六角も、此度の戦では何の役にも立たなかった訳か……。六角定頼めも老いたか?」


 そう言ったのは細川晴元。

 とは言え自身も、かつての家臣である三好長慶に追い出された身であるからして、偉そうな事を言える立場ではない。


「右京大夫(細川晴元)、将軍とは何の為に存在するのかのう? ワシの命令なぞ誰も従いやせん。じゃが従わぬのもアレじゃが、反逆されて居場所を奪われるって、これでも武士の頂点たる将軍といえるのか?」


「そ、それは……」


 晴元は答えに窮してしまった。

 もちろん晴元にとって、将軍の必要性を答える事など簡単である。

 ただし、その答えはどんなに言い繕っても義藤には白々しく聞えてしまうだろう。

 晴元にとって将軍とは『都合の良い』事、つまり己がやりたい放題できる言いなりのロボット将軍である。


 義藤が飾りのまま従うロボット将軍なら晴元も答えに窮する事は無いが、晴元にとっては残念ながら義藤は若くとも、その辺りの詭弁や飾り立てた言葉など簡単に見抜いてしまう頭脳がある。

 ただ、落ちぶれた晴元にとっては、ロボット将軍に収まらない義藤の才能は損得を抜きにすれば実に魅力的で、見捨てられずに付き従っている。


「出かけるか」


 刀を鞘に納めると、唐突に義藤が言った。


「ど、どちらへ?」


「琵琶湖を横断して斎藤家に」


「六角家に庇護を求めるのでは無いのですか?」


「それはいつでも出来る。それよりも今勢いのある斎藤と、その後ろ盾である織田と会って見たい」


「そ、それは―――」


 晴元も織田の勢いは知っている。

 更に天下布武法度の存在も知っている。

 将軍の存在を真っ向から否定する許しがたい法度である。


「なあに、天下布武法度は知っておるが、いきなり殺される事は無いじゃろ。今は面子に拘っていては何も成し遂げられん。これ以上失わぬ為にも、利用できるものは何でも利用する。それにはまず知る事じゃ! 奇しくも今は身軽な身じゃ。復権したらこんな事は出来ぬぞ? 今しかないのじゃ!」


 若く、しかも失う物が限りなく薄っぺらい将軍職しかなくなった義藤は、そう宣言して斎藤家へ向かうのであった。


 信長の挑戦が一つの歴史を動かした瞬間であった。

この話に出てくる信秀と道三の息子の幼名及び、娘の名前は、於市を除きオリジナルです

北畠具房の幼名も同様です。

調べても正しい名前が分かりませんでした。

正しい名前が判明次第変更していきます。


なお、名前はオリジナルですが、すべて実在はしています。


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