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信長Take3【コミカライズ連載中!】  作者: 松岡良佑
7章 天文20年(1551年)戦国大名への道
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70話 横山城決戦後始末

【近江国/斎藤家 横山城】


「き、帰蝶……! ワシはもう駄目かも……ウグッ! ……知れぬ……」


 床で臥せっている斎藤義龍は、息も絶え絶えに虚ろな目を帰蝶に向けた。


「……兄上」


 帰蝶は神妙な面持ちで横たわる兄を見る。


 横山城を手に入れた斎藤軍。

 義龍は横山城での決戦で、朝倉宗滴の最後の攻撃である弓部隊の斉射で多数の矢を受けてしまい重傷を負った。


 本来なら斉射を浴びたとしても、広範囲に散った矢が精々2、3本命中すれば上出来である。

 周囲には精鋭兵たる馬周衆もいるし、身を挺して庇う家臣も多数いる。

 総大将が遠距離から狙い撃ちされると言った事態も無くは無いが、かと言って滅多にあるものでも無い。


 事実、戦の時、義龍は本陣を離れて前線に行こうとしていた。

 本陣ならば目印もあるので(おおよ)その居場所は掴める。


 しかし、朝倉宗滴の神懸かった読みは本陣から出撃した義龍の位置を的確に察知し、集中斉射を浴びせた結果、滅多に無い狙い撃ちを成功させた。

 義龍は甲冑のお陰で即死に至る急所や致命傷は避けたが、それでも隙間や鎧を貫通した矢に多数射られ、さながらハリネズミの様であった。


 義龍はそんな状態でも怯まずに奮戦し指揮を取ったが、自分でも無理を感じ取ったのか、まもなく最後の力で美濃三人衆に指示を出し倒れた。


 激痛と出血により意識を失ったのである。


 甲冑のあらゆる場所から滴り落ちる血は、これ以上の戦闘続行が明らかに無理な様相を呈しており、例え部隊が混乱していなくとも追撃など出来ようはずがない程に、義龍は凄惨な姿となっていた。

 その後、義龍の援軍に駆け付けた帰蝶がすぐに治療を始めて、十数本刺さった矢を取り除き、傷口を塞ぐ治療は酸鼻を極めた。

 死んでも不思議では無い義龍の負傷は、帰蝶の懸命の治療と義龍の体力のお陰で、何とか死なずに済んだと言える程に運良く命を繋ぎ留めていた。


 その絶体絶命の窮地から生還した義龍が、力を振り絞って帰蝶に懇願していた。


「き、帰蝶……これがワシが生きている内で……出来る最後の! 頼みじゃ……」


 掠れる声を振り絞りながら、義龍が弱々しく震える手を伸ばし、帰蝶の手を握った。


「もう少し、この横山城に……もう少し……アグッ! 滞在するわけには……いかぬか……?」


 帰蝶は義龍の顔を見ると、目から一筋の涙が流れ落ちた。


「もう少し……!」


 その時、義龍の眼光に力が戻る。

 消えかけた蝋燭が最後の力を振り絞って明るく灯すかの如く。


「しつこい!!」


「あぎゃあッ!?」


「それでは兄上、ゆっくり御静養なさいませ!!」


 帰蝶は兄の伸ばした腕を捻り上げ、当の義龍は絶叫を挙げた。

 実は義龍は帰蝶に留まって欲しいが故に、小賢しい芝居をしていただけであった。

 本当の症状は、重症ではあったが重体ではないので命に別状は無かった。

 手当した帰蝶にはすべてお見通しである。

 もちろん帰蝶の適切な処置がなければ出血多量で死んでいたであろうが、今は傷だらけで動けない程度で収まっていた。


 義龍は余計な事をしたお陰で、肉体の怪我は矢傷に追加して手首関節の捻挫と、精神だけが瀕死の重体にランクアップしてしまった。


 こうして軽口が叩ける程度で奇跡的に生き残った義龍ではあったが、宗滴の戦いで矢の斉射を受けた時、本陣は蜂の巣を突いたかの様な大混乱に陥り、まんまと朝倉宗滴に逃げられてしまった。

 その後は何とか精神力と根性で指揮は行ったが、とても朝倉浅井軍を追撃できる状況ではなく、浅井、朝倉連合軍を追い払っただけでも良しとしなければならない状況であった。


《あの血達磨(ちだるま)の立往生した弁慶の様になりながら戦った兄上と、床で横になっている兄上が同一人物だなんて信じられないわ……。やっぱり私の知る歴史と今の兄上は全然違うわね……》


《そ、そうなんですねー……》


 そう評さざるを得ない帰蝶であった。


 ちなみに義龍の倒れる間際の指示とは、横山城と小谷城周辺の安全確保及び、西と南側の浅井領の併呑である。

 小谷城には安藤守就が入り、焼け残った城の一部と麓に急造した砦を拠点に防御拠点を作り始めた。

 朝倉浅井軍が退却した雨森城が近隣にある為、必然的に対浅井の最前線拠点となる。

 更に残りの斎藤、織田連合軍で南は六角領に面する佐和山城まで、西は琵琶湖に通じる地域の併呑を命じた。


 浅井軍は全兵力を投入して敗れたので、領内の拠点に碌な兵力は無く、大した争いも無く城は次々に開城された。

 この辺りは信長の北伊勢攻略と同様に、農繁期を利用した侵攻でもあるので手間は掛からず、佐和山城には稲葉良通が入り、六角との対応を一手に担う事となった。


 琵琶湖に通じる横山城から西の城や拠点も同様である。

 氏家直元が西の山本山城に入り小谷城と連携し周辺に睨みを利かせる。


 こうして近江で浅井が支配していた地域の内、南側の一帯を斎藤家が手に入れる事となった。


 あとの問題は、失った兵力と周辺地域の農作物の管理である。

 浅井軍が根こそぎ農兵を徴兵したので、農村に人手が居ないのである。


 農兵の家族が居るには居るが、若い働き手が居ない上に、斎藤、織田軍の略奪を警戒し逃散してしまっていた。

 稲を育てるつもりであるならば、遅きに失した感があるが、何もしないよりは何かすべきであるとして動く事にした。


 略奪行為の絶対禁止と農民に咎が及ばない事を必死に喧伝して回り、年貢も生産量が回復するまで優遇する事を約束し、浅井軍から離脱した農兵はそのまま大事に保護して大至急水田の整備を行わせた。

 これは織田軍の帰蝶が親衛隊を各地に派遣し、治安の回復と民の暮らしの保障を積極的に担った結果である。


 同時に親衛隊に水田の準備を手伝わせて迅速な田植えを行う事となった。

 流石に種モミの選定まで行う時間は無いので近江従来のやり方であはあるが、手間暇かけない分、種まきは準備が出来た水田から随時行われていった。


 同時に美濃や尾張からも多数の人員を呼ぶ事となった。


 失った戦力の回復が目的であるが、周辺地域を併呑した今年はこれ以上の侵攻を無理と判断した。

 主君の義龍も万全ではないので、それならば出来る事を、と言う事で美濃の大垣城に通じる街道の整備を少しでも進めてしまおうと言うのである。


 大垣城から伊吹山の麓を縫うように街道を作り、近江への通行を容易にして補給や流通を確保する為である。


「それでは十兵衛殿(明智光秀)、私は一旦報告の為に尾張に帰ります。兄上の事、くれぐれも宜しくお願いします」


「は! お任せを! 尾張の殿にもよろしくお伝え下さい」


 寝込む義龍の代わりに横山城を管理する事となった光秀に挨拶し、帰蝶は丹羽長秀と佐々成政、と親衛隊の大部分をそのまま残し、僅かな供回りだけで一旦尾張に帰還するのであった。


「今回の戦後処理は中々大変ね……。勝った我々がこうなのだから、浅井はもっと大変なのかしら? 後は殿の読みが当たったら万々歳ね……」


挿絵(By みてみん)



【近江国/雨森城 浅井家】


 浅井家は帰蝶の予想通り大変な事になっていた。


 だが、その大変の度合いは帰蝶の予想を超えて、存亡の危機と言って良い程の未曾有の危機に直面していた。

 それもそのはずで、浅井家は先代の浅井亮政の活躍で急成長してきた一族であるので、領地や勢力は拡大の一途を続けてきた。


 例え局地的に戦で負けた事はあっても、浅井家の根幹は揺るぐ事のない程度で、盤石な体制を築いてきたのだが、しかし今回の敗戦でその地盤が大きく揺らいだ。

 かつて一度にこれだけの領地を失った事は無いので、敗戦処理や問題が山積みとなってしまった。


 領地が半減するので当然家臣に対する俸禄も減る。

 忠誠心厚い家臣なら『やむを得ない事』として受け入れてくれるだろうが『俸禄が全て』との思想を持つ者は当然離れていく。


 離れるのはある意味仕方ないが、この『離れる先』が問題だ。


 最悪なのは、主君との繋がりが深い朝倉や六角ではなく、勢いのある斎藤、織田、または京で勢力を誇る三好の場合だ。

 こうなると、浅井家にとっては戦力が減る上に敵の勢いが増す悪循環となる。


 さらに問題なのは兵の扱いである。

 今回の戦いの為に、浅井家は領地全域から農兵を根こそぎ動員し負けてしまった。


 ただし、兵の損耗はそこまで甚大ではない。


 つまり、およそ50%に減った領地に、かつての領地全域分の兵が居る事になるのである。

 人口と土地の面積、及び、食料供給が釣り合っていない状態なのである。

 このままでは少ない食料を奪い合う地獄となり果てて、そうなれば国の支配どころではなく、全てが瓦解してしまう可能性が高い。


 浅井家のとる道は二つ。


 一つは維持できない分の兵を解放し、所領に見合った規模の兵に抑える事。

 早い話がリストラである。


 もう一つは、兵を維持しつつ、大至急食い扶持を確保する事である。

 これは何らかの手段で食料を仕入れるか、または奪うかである。


 浅井久政は悩みに悩んで決断を下した。


「兵は解散させよう」


 兵の処遇についてはかなり紛糾したが、最終的に浅井久政は兵の解散を選んだ。

 浅井の領地に面する勢力は、斎藤、朝倉、朽木、若狭武田であるが、食料を奪うにしても、どこの勢力も喧嘩を売るには今の勢力が減衰した浅井ではどれも強大すぎる相手である。


 浅井家はもはや単独で勢力を維持できる力が失せてしまったのである。


 だから兵は解散させ、50%に減った兵力で遣り繰りせざるを得ない。

 だが、残りの50%の場所に住んでいた兵は自分の住んでいた家に戻る事を意味し、斎藤家の勢力増大に繋がってしまう。

 しかしそれでも選択せざるを得なかったし、すでに多数の脱走兵も居たので『逃げられた』とするよりは『解散した』とした方が、どう考えても体裁が良かったのである。


「兵については仕方ありませぬ。しかし浅井家としてはこれから如何いたしますか?」


 今回の戦で、久政を小谷城から落ち延びさせた雨森清貞が尋ねる。


「……」


 浅井家単独で勢力を維持できないのは先ほど述べた通り。

 山奥の辺鄙な土地であれば小勢力として生き残る道は有るかもしれないが、斎藤家にとっては北に、朝倉家にとっては南に通じる重要拠点である。

 時代の荒波から無関係を演じる事は不可能なのである。


「……朝倉に従属しようと思う。また、今の浅井の収入で維持できない家臣を我等との繋ぎとして朝倉殿に預けたい。如何でしょうか? 宗滴殿」


 家臣の離脱は避けられない状況であるが、敵に下るよりは味方の受け入れ先を用意して可能な限り便宜を図る律義な久政であった。

 久政のこの行動は打算的なモノではなく、本心から今回の自分の不甲斐なさを反省し、せめて責任を取るべきと思っての行動であった。


「朝倉としては断る理由は有りませぬ。……しかし浅井家は既に六角と関係を持って居る上に、ご子息の猿夜叉丸殿(史実での浅井長政)も六角に人質としているのでは?」


「六角はこの危機に、我等の主君としての責務を放棄しました。ならば唯々諾々(いいだくだく)と従う理由がありませぬ」


 律義な久政とは言え、今回の六角の態度は流石に許容できない。

 以前にも述べたが、主従関係にある以上、主君は家臣を守る義務がある。


 庇護してくれない主君に家臣が従う理由はなく、横暴な主君を見限って自分を高く買ってくれる主君に鞍替えするか独立するからである。

 武士が一生変わらずに主君に忠誠を誓う風習が出来たのは、戦国時代が終わってからである。


 今回の六角家は、浅井家の危機に一切の救援を行わなかった。

 真実は、織田家の謀略が邪魔で、本当は行いたくても行えなかったのが正しいのであるが、そんな事は浅井家には関係がない。


 結果が全てである。


 そういう意味では六角家にも失点があるが、では今後、敵対すると分かっている浅井家に人質を返すかと言えば返さないであろう。

 猿夜叉丸は浅井家に対する切り札となり得るからである。


「猿夜叉丸に関しては、何ぞ奪還する手立てを考えたい。……そうじゃ。此度の戦でワシは討ち死にした事にして、当主交代として猿夜叉丸を呼び寄せるのはどうじゃ? 六角には代わりの人質を出す事にして直前で反故にする。どうせ敵対するのじゃし、我々の受けた仕打ちを考えればバチはあたらんじゃろうて」


「そうですな……。それが妥当な所でしょうか。すると陸路は封鎖されておりましょうから琵琶湖を縦断してお迎えにあがりますか?」


「うむ。その様に進めてくれ。では宗滴殿、孫次郎様(朝倉義景)に従属の件をよろしくお伝えくだされ」


「承った。ではこれにて我ら朝倉勢は一旦越前に帰還いたす。斎藤軍には痛撃を与えたので暫くは安全でしょうが、くれぐれも油断無き様に」


 こうして朝倉宗滴は一旦越前に帰還し、六角家には偽の情報が浅井家からもたらされた。

 上述の通り、浅井久政が討ち死にし、次期当主に猿夜叉丸を据える事、六角への忠誠として代わりの人質を差し出す事の以上が伝えられた。


 この報告を受けた六角定頼は、浅井に対する引け目から要求を承諾してしまった。

 家臣からは反対の意見もあったが、代わりの人質を得る条件に反対意見は立ち消えた。



【近江国/琵琶湖】


 刻が進んで、琵琶湖で行われる人質交換の時。


「さて、指定の場所はここらであるが……。妙だな。誰もおらぬ」


 交換の現場に赴いた、浅井家の遠藤直経の船団は完全武装である。

 名目上は猿夜叉丸の護衛の為であるが、当然偽装で、隙を見て六角家の者を亡き者にする為である。


「喜右衛門様(遠藤直経)! あれを!!」


 兵の一人が声をあげて遠方を指した先には、3隻程の船が見えた。


「うん……? 船は見えるが、人がおらん。漁師の漂流船か?」


 直経はそう判断したが違った。

 直経の船が漂流船に接近すると、そこには既に襲撃され死体となっている六角家の兵士の姿があった。


「ッ!! 周囲を警戒しろ!! 何者かがこの湖域に潜んでいるぞ!!」


 すぐさま臨戦態勢をとる直経であるが、残念ながら既に敵の気配は無かった。

 周囲に居るのは自分達と、六角兵の死体を乗せた船だけである。


「猿夜叉丸様……!!」


 直経は広大な琵琶湖の真ん中で右往左往しながら、途方に暮れるしかなかった。



【琵琶湖 とある湖域】


「ここまで来れば安心でしょう。さて……。お怪我は有りませぬか? 猿夜叉丸様」


「だ、誰じゃ! お主らは!?」


 震える声で精一杯の虚勢をする僅か6歳の猿夜叉丸は、突如降って湧いた襲撃に恐れ(おのの)き見知らぬ襲撃者を警戒する。


「安心してください。危害を加えるつもりはありません。某は浅井家の()から参りました」


「そ、そうか……しかし何でこの様な事を……」


 わずか6歳の幼い猿夜叉丸には何が何だか分からない。


 援軍の出せなかった六角家は、猿夜叉丸に一切の情報を与えていないので、尚更、今の状況が理解できていなかった。

 分かっているのは何故か家に戻される事となり、琵琶湖を北上していた所、湖賊と思われる一段の襲撃を受けた。

 子供の目から見ても賊にしては異常に統率のとれた一団は、あっという間に六角の兵を蹴散らし猿夜叉丸を確保して離脱したのである。


「浅井家の方針が変わりました。今、浅井は斎藤家と争っておりますが、六角が盟約を破りました故に、猿夜叉丸様を救出する運びとなりました」


「そ、そうなのか……」


「ただ、今すぐ御父上の所に行く事は出来ませぬ。戦の真っ最中故に、まずは安全な場所に移動して様子を伺います」


 そう言って()()()()は、子供を怖がらせない様に精一杯の笑顔を作って落ち着かせ様とするが、猿夜叉丸には屈強な鬼が牙を剥いて威嚇している様にしか見えなかった。

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