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信長Take3【コミカライズ連載中!】  作者: 松岡良佑
7章 天文20年(1551年)戦国大名への道
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68話 横山城決戦 義龍の決断

【近江国/斎藤援軍 織田軍 斎藤帰蝶隊】


「弓隊構え! ……放てッ!」


 帰蝶の号令に合わせて親衛隊の中でも弓の扱いに長けた兵士が、次々と矢を(つが)えては放ち浅井軍を削っていく。

 更にタイミングを合わせ、両翼の丹羽長秀と佐々成政が同じく射撃を浴びせていく。


「よし! これで浅井の勢いは落ちた! 鐘を鳴らして両翼を閉じさせなさい!」


 今までの戦いで散々威力を発揮してきた、弓射撃からの鶴翼陣の翼閉鎖は必殺の連携とも言える戦術である。

 実力伯仲の軍勢には不発に終わった事もあったが、浅井久政率いる軍勢であれば勝負ありの攻防となる―――ハズであった。


 丹羽隊と佐々隊が、帰蝶の合図を『待ってました!』とばかりに、懸命に鶴翼の翼を閉じようとしているが、ここで異変があった。


「翼が……閉じない!? 何で!?」


 その異変は帰蝶も即座に察知したのだが、その原因が全くわからない。

 何せ相手は周辺諸国に轟く戦下手の浅井久政である。

 速攻で撃破し朝倉宗滴に対応する計画が脆くも崩れ去った。


「誰よ! 久政が弱いって言ったのは!? 強いじゃないのよ!!」


 思いもよらぬ強敵に帰蝶は毒づいて驚き戸惑うが、それも無理はない。

 何せ浅井軍は久政がまさかの未参戦である。

 自軍総大将という最大の足枷が無くなった浅井軍は、今までの鬱憤を全て帰蝶隊に叩きつけるかの様に猛攻を仕掛けていたのであった。


「まずい! 槍が届く位置に居る者は全員槍衾を敷いて! ここを抜かれたら、この遠征は敗北よ! 丹羽、佐々隊に伝令! 鶴翼陣は今の場所で維持! もう一度鶴翼を閉じる鐘の合図を待てと伝えなさい!」



【織田軍 佐々成政隊】


「―――以上が濃姫様よりの指令です!」


「よし! ならばここが踏ん張りどころよ! 弓隊は後方の敵を狙え! 槍隊は槍衾で迎え撃て! あとワシの大身槍を持て! 防御の弱い所を重点的に補う! 行くぞ!」


 そう言って成政は槍を担いで飛び出していった。


 浅井軍の思わぬ猛攻に帰蝶は困惑するばかりであったが、成政は特に気にする様子もなく己のすべき仕事に向かう。

 そういう所は豪傑武将らしい肝の据わった成政であるが、しかし個人の武芸では帰蝶との稽古の連敗を150まで伸ばし、豪傑武将たるプライドも何もかも木っ端みじんに砕け散っている。


 しかし作戦指揮においては非凡なモノを見せ始めており、特に全体から相手と自軍の今必要な事を瞬時に理解する直感型の武将として力を発揮し始めており、今も自陣にいながら独自の嗅覚で察知した脆い個所を的確に把握し援護を行っている。


 その成政は大身槍を振るいながら考えていた。


(今ワシは戦えておるよな? 農兵など物の数では無いし、武将級とも戦えておる……。なんで濃姫様には全く歯が立たないのだ?)


 そんな疑問を挟みつつ、大身槍のフルスイングが浅井軍の兵を直撃し2m程吹き飛ばした。


(ほら! 雑兵とは言え当たればブッ飛ばせるじゃないか! ……まぁ……濃姫様にはまともに当たった事が無いし、武器で受けられると簡単に流されてしまうが)


「そこな武者! その首もらっ―――」


「邪魔じゃ! 考えがまとまらぬわ!」


 鈍く響く音と共に浅井軍の武者は3m吹き飛んで事切れた。


(クソッ! もっと、もっと力が欲しい! 受け止められた武器毎粉砕する圧倒的な力が!)


 そんな事を考えている所に敵の槍が繰り出されるが、成政は()()()()大身槍で絡め取って無力化し、逆に槍を突き返して敵を沈黙させる。


(ワシには持って生まれた腕力がある! これを活かさずしてどうするというのか!?)


 またもや戦の最中にそんな事を考えつつ、華麗に敵の攻撃を逸らして的確に倒していく成政。


 成政は活発な年頃の男にある『力が強い奴ほど偉くて格好良い』を地で実践する超猪武者の思考を持つに至ってしまった。


 しかし、それは敵を倒そうと意識して対峙した時だけ。


 逆に指揮を執ったり別の事を考えていたりして、個人の戦闘に集中していない時は、帰蝶に叩き込まれた『柔よく剛を制す』とでも言うべき鮮やかな戦いを無意識に行っていた。


 傍から見たら、雑な力任せの戦いをしたかと思えば、突如華麗な戦いをする成政は、不気味な存在として敵味方に恐れられていくのであった。


「よし! この場は良かろう! 一旦戻って全体を見る!」


 おかしな方向に頼もしくなってしまった佐々成政は、浅井軍の猛攻を跳ね返す所か押し返し始めたのであった。



【織田軍 丹羽長秀隊】


「くっ! 手強い!」


 丹羽長秀はそう愚痴を漏らし戦線を立て直そうと奮起するが、どうにも後手後手に回ってしまい苦戦を強いられていた。


「五郎左衛門様! 右翼が押し切られそうです! 下知を!」


「分かった! ワシが……い、いや、まずは弓隊に牽制させて出方を見ろ! 槍衾を頑強にして突破を許すな!」


「はっ!」


「いや待て! ……いや良い! 行け!」


「は? はっ!」


(本当に今の下知で良かったのか? ……いや間違いない……ハズ……だ?)


 長秀はそう下知を下したが、果たしてそれでよかったのかと自問自答する。

 長秀は今、絶不調のどん底にいた。


 何が原因かと言えば、帰蝶との訓練でコテンパンにやられてから全ての歯車が狂いだしていたのである。

 それに加えて、近江に侵攻してきてからの敵との噛み合わない戦いに、浅井久政不参戦による浅井軍の強化。

 あらゆる出来事で予想外の事が起こり、はぐらかしされ続けて、長秀はすっかり精神がガタガタになってしまっていた。


 その証拠に戦が始まってからの下知が、いまいち適切になっていない。


 応援に回す人数に過不足があったり、下知が一歩遅かったり、または空回りしたりと、やる事なす事うまくいかない。


 そうなると悪循環が悪循環を呼び込み、全てが悪い方向に傾いていく。

 正確には、良い事もあるにはあるし、致命的なミスも無ければ正しい下知も行ってはいる。

 ただ、自信が無い故に不安で仕方がなく、その不安を払拭するために余計な下知を行い、それが更に現場を混乱させていた。


(おかしい! オレは長野城の戦いの時より指揮が下手になっとりゃせんか!?)


 長秀は北畠家との長野城の戦いで、派遣先の美濃から呼び戻されて長野城の北側の防衛指揮を執った。

 久々の実戦で所々不手際はあったものの、過不足無くしっかりと任務をこなして指揮を終えた。

 その後には今川家との戦いで弓部隊を任されて、不手際なく指揮を行い己自身も成長を感じる満足のいく戦であった。


 その貴重な経験をした今。


 今までの活躍が嘘の様な、無様な指揮を執り続けていた。


(おかしい! 浅井軍ごときに何でこんなに押し込められてるんだ!?)


 長秀には原因が掴めない上に、本来なら間を置いて冷静になる時間が必要なのだが、戦の最中にそんな悠長な事をする時間はない。

 史実における『米五郎左』と称される活躍や才能も、今はまだ10代半ばで、如何無く発揮できるほど老獪な経験も持ち合わせていないので、今すぐに挽回できる自力も無かった。


 横山城北部の織田援軍部隊は好調な成政が孤軍奮闘し、帰蝶と長秀が苦戦する、苦しい展開となりつつあった。



【近江国/浅井軍 海北綱親隊】


 苦しい立ち回りを見せている丹羽隊には、浅井軍海北隊に所属する知勇兼備にして新進気鋭、遠藤直経が猛攻を仕掛けていた。


「今こそ浅井の矜持を見せる時ぞ! 者共! 斎藤を我らの土地から叩き出すのだ!! 行くぞ!!」


 直経の雄叫びと共に、浅井軍が農兵とは思えない破壊力を持って丹羽隊を突き崩す。


「浅井の雑魚共が調子に乗るなっ! 丹羽隊の意地を見せよ!」


 今まで押されっぱなしであった丹羽隊も、個々の戦闘力では決して引けは取らないので、懸命に押し寄せる浅井軍を迎え撃つ。


 しかし久政の不参戦とその制約から放たれた浅井軍。


 貯めに貯めたフラストレーションの発散させる場所を得た事。

 傭兵と違い土地に根付く農兵の追い詰められた火事場の馬鹿力。

 また、直経の様にようやく才能を発揮できる戦場に出た事。

 これら全てがプラスに働き、丹羽隊の苦戦は単に長秀の未熟さだけに起因するだけでは無くなっていた。


 浅井軍が、その持てる力を真に発揮したのである。


「騎馬部隊よ! 喜右衛門(遠藤直経)に助力せよ! このまま押し切るぞ!」


 直経の活躍を確認した海北綱親は、丹羽隊に止めを刺すべく精鋭騎馬隊の突撃を命じる。

 冴え渡る直経の槍と、激戦地区に精鋭を送り込んだ騎馬隊の効果は覿面(てきめん)で、しぶとく粘っていた丹羽隊を壊滅寸前まで追い込んだ。


「さぁ! ここを突き崩して一気に決着をつけるぞ! ふぅ……戦とは、勝つとは、こんなに疲れるモノだったかな?」


 海北綱親は久しく忘れていた勝利の味を思い出し、どっと疲れが体にのし掛かるのを感じずにはいられなかった。

 だが、時間が経過する程、違和感が拭えない。


「……おかしい。まだ突き崩せないのか?」


 間違いない勝利を確信したはずであった。

 しかし未だに突破することは適わず、どんなに頑張っても丹羽隊を壊滅させる事が出来なかった。


「何故じゃ!? 相手は瀕死であろう! 何故こちらが瀕死になっておるのじゃ!」


 気が付けば両軍共に疲弊し、足取りも重く振るう槍も力が無い。

 いや、今に至っては丹羽隊の方が力強く戦っている様に見える。

 海北綱親はズシリと腰に重さを感じる鎧を煩わしく思いつつ、答えを探そうとするが、どうしても分からなかった。


 これは、言ってしまえば丹羽隊が粘りに粘ったのもあるが、浅井軍の体力の方が先に尽きてしまったのである。


 横山城から小谷城まで戻り、それからまた織田軍を追う為にトンボ帰りした強行軍。

 更に、普段の浅井久政の指揮なら、とうに撤退していてもおかしくない程の、普段の軍事活動時間を大幅に超えた軍事行動。

 また、久しく忘れていた死力を尽くす戦に加え、戦場全体から晒される殺気に精神が削られ体力の限界を超えていたのである。

 あとは丹羽隊が、と言うよりは鍛え方が違う専門兵士たる親衛隊の底力とも言うべき、浅井にとっては理解不能な粘り腰が戦意を削っていった。


「くそっ! 何故じゃ!? あと一息なのに!」


 勝利まで後一歩。

 しかし勝利へのあと一歩は、徐々に遠のいていくのであった。



【織田軍 斎藤帰蝶隊】


「斎藤軍よりの伝令です! ―――との事です!」


「分かったわ! 兄上も賭けに出たようね!」


 帰蝶は戦場を見渡し確認をする。

 丹羽隊は何とか劣勢を持ち堪えて奮闘している。

 帰蝶隊も初期の劣勢を挽回し、今は優勢になっている。

 また、唯一快調な佐々隊は敵を潰走させつつあった。


「私の隊も丹羽隊も今は手一杯。元気なのは佐々隊ね。よし! 佐々隊に伝令! 初期の命令を破棄し、これより鶴翼陣からの離脱を命じる! 正面の敵を突破したら姉川に陣を構えなさい! 敵が追う場合はその都度対処し、追わなかったら兄上の部隊と共に()()()()()()()()()()()()!」


「はっ!」


「さぁ! 全軍で佐々隊を援護! この策が成るかどうかで近江侵攻の成果が決まるわよ!」



【斎藤軍 斎藤義龍隊】


 義龍が帰蝶に送った伝令は、如何なる意図があったモノなのか?

 それは帰蝶の言う様に『賭け』であったのか?


 答えは賭けるにしては分が悪い、起死回生を狙った策であった。

 帰蝶が思う以上に、義龍は起死回生の策を打たねばならぬ程に、朝倉宗滴に追い詰められていたのであった。


 朝倉宗滴は、用兵の妙技とでも言うべき老練の手練手管を駆使して斎藤軍を翻弄し続けていた。

 押しては引き、押されては対抗―――せずに、冷静にその場に踏みとどまり、業を煮やした斎藤軍に痛撃を与えていた。

 義龍の若い采配を全て見透かしたかな様な、神業とも言うべき、朝倉宗滴の恐るべき采配であった。


「朝倉宗滴! 奴は本当にこの世の者なのか!?」


 そう叫んだ義龍は軍配をへし折った。

 必勝を期した策で挑んだつもりであった。

 織田軍を囮に横山城から兵を釣り出す策は上手く行ったと喜ぶのも束の間、妙に敵軍の数が少なく予測の半数しか居なかった。


 それもそのはずで、予め策を察知した宗滴が、小谷城に兵を回していたからである。

 お陰で囮の織田軍は囮として機能せず、小谷城方面からの敵に掛かりっきりであった。


 それでも横山城の兵力が減っているのには変わりなく、普段の戦であれば歓迎すべき事態である。

 だが、近江侵攻の今に至るまで、散々お互い噛み合わない作戦が続いていたので、義龍は不必要に警戒してしまった。

 一気呵成に攻めかかれば勝てたかもしれない戦の緒戦、最初で最後の絶好機を逃してしまった。


 苦心してようやく持ち込んだ野戦で遅れをとった斎藤軍は、朝倉軍の仕掛ける泥沼の持久戦にやられっぱなしであった。


「何たる事じゃ!」


 さきほど真っ二つにした軍配を、もう一度真っ二つにして四つ折にした義龍は、若干冷静になったのか、今に至る苦境を省みる。


(まだワシ如きの力では朝倉宗滴の域には到底及ばない! 戦とは、他国への侵攻とはコレ程までに苦しいモノなのか!? 父や義弟はこんな苦しい戦いを制してきたのか! ……父? 義弟?)


 ふと思い浮かんだ父の道三と、義弟の信長の戦略を思い出す。

 美濃を手練手管で乗っ取った道三の智謀を。

 桶狭間で盤面外からの奇襲を敢行した信長の戦略を。


(このままではジリ貧じゃ! 自国の領土で体力が尽きるならともかく、敵国の領土で敗走などしたら挽回も難しい! ならば……!)


「十兵衛(明智光秀)!」


「はっ!」


 側に控えていた明智光秀が即座に反応し前に出る。


「わが軍から500率いて小谷城を攻めよ!」


「はっ! ……え!? それは……」


 今の苦境から兵を減らして小谷城に向かうのは、光秀の目からしても自殺行為にしか見えなかった。


「無論考えてある! まずは帰蝶隊に合流せよ! そこで状況を確認し、苦戦しているなら援護せよ! しかし優勢であるなら『小谷城を攻めよ』と伝えよ! 細かい手段は帰蝶に任せる! 妹なら上手く動かしてくれよう! 要は浅井軍の本拠たる小谷城に注意を向けさせて全体の力を削ぐ! 当初織田軍に担当させた小谷城襲撃の見せ掛け作戦を本当に実行する! ……これは賭けをするには分が悪すぎるが、逆転を狙うには朝倉ではない浅井の弱点を突くしかない!」


「承知しました!」


 明智光秀は即座に駆け出し、兵を率いて織田軍に向かっていった。


「一時的に兵が減る事になるが、浅井の精神を揺さぶる事ができれば、そこに勝機が生まれるはず! 減った兵力を我が隊で補う! ここが正念場と心得よ!」


 義龍は四つ折にした軍配を投げ捨てて、自らも槍を取った。

 無論、総大将故に考えなしに突撃するつもりでは無いが、必要なら突撃する気構えを周囲に見せて覚悟を決めさせたのである。



【朝倉軍 朝倉宗滴隊】


「斎藤軍の兵が北に向かったか。分かりやすい戦をしよる。若いな。だが―――」


 朝倉宗滴はそう呟き静かに立ち上がった。

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