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信長Take3【コミカライズ連載中!】  作者: 松岡良佑
7章 天文20年(1551年)戦国大名への道
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65話 姉川砦

【近江国/斎藤軍 斎藤義龍軍】


「申し上げます! 横山城に敵軍勢が集結している模様です!」


「そ、そうか……!! 浅井めッ!! やってくれるわ!!」


 斎藤義龍は疲れ果てた行軍のお陰で、苛立ちも隠せずに指揮棒をへし折った。

 それもそのはず、斎藤軍は朝倉宗滴の策、上平寺城破城策に嵌り、横山城までの道中、神経を磨り減らしながらの行軍であった。

 さらに、策のダメ押しとばかりに、道中では少数の散発的な襲撃もあり、異常に疲労が蓄積し時間の掛かる行軍となってしまった。


 その襲撃タイミングも絶妙で、小休止などで一息ついた一番気が緩む瞬間を狙って来ており、それが数回続けば、小休止が休止にならず常に気を張った警戒になり、そんな時に限って襲撃が無い。

 敵の遠方からの騎馬による弓矢の一撃離脱は、襲撃を撃退する事も敵わず、一方的にやられるだけであった。


 ただし、損害自体は大した事は無く、鍛え抜かれた親衛隊故に傷は負っても死者はいない。

 だが、それでも肉体と精神の疲労は蓄積し足取りを重くしていた。

 そんな疲労困憊の状態で、横山城が遠目に微かに見える位置にたどり着き、小高い山にある横山城を見るが―――


(これから……あの城を攻め落とすのか……?)


 これから野戦よりも厳しい攻城戦を行うと思うと、兵達の落ちた気力が、更に沈み込んでいくのであった。

 その様な状態の兵を帰蝶は感じ取り難しい顔をする。


《マズイわね。こうも気力が落ちた状態では、負けてしまう可能性もあるわね》


《これは一体誰の作戦でしょうね? 未来に伝わる浅井久政の評価では、こうも鮮やかな奇襲は出来そうに無いのですけど……》


 実は斎藤軍も織田軍も、奇襲者の所属がどこなのか確定しきれていなかった。

 同盟している朝倉や臣従している六角が出て来ても良さそうとは思ってはいる。

 ただ、所属を示す物を何も身に付けて居ないので、上平寺城を落とした謎の勢力を気にしたりで、どうにも主導権を取れずにいた。


《恐らくは六角か朝倉の誰かだとは思うけど。とりあえずは軍議に向かうわ》


《はーい》


 そう言って、帰蝶は佐々成政と丹羽長秀を連れて、斎藤軍本陣に向かうのであった。

 その陣幕の中には、かつて帰蝶が織田家との婚姻同盟締結の為に説得(蹴散ら)した斎藤家の面々が難しい顔をして床几に座っていた。(外伝3話参照)


「全員揃ったな。ではこれより横山城攻略の手はずを伝える」


 義龍が挨拶もソコソコに軍議の開始を伝えた。


「知っての通り我が軍は正体不明の襲撃者に手を焼いておる。浅井なのか、同盟者の朝倉か、主君の六角か……。はたまた完全な第三者なのか分からん。何れにしても襲撃者を野放しにして横山城を攻める事はしない。そこで、横山城を視認できるギリギリの、この姉川沿いに位置に砦を築く!」


 義龍はそう宣言し、家臣達は驚きの声をあげた。

 また、その言葉にファラージャが強く反応した。


《付城戦術!》


《ファラちゃん、そんな言葉よく知ってるわね?》


《以前、信長さんから教えてもらいました》(32話参照)


「幸い親衛隊は、隊全体で土木作業に精通しておる。これを活かさない手は無い! これから建築部隊と守備部隊に分かれて活動する事になる。各々役割を果たしてこの場所に拠点を築け!」


 付城戦術とは、敵の拠点を見張ったりして行動に大幅な制限を掛ける為の戦術で、どっしりと腰を据えた長期戦に向いた戦術である。

 かつて史実で信長が得意とした戦術で、あらゆる戦局で効果を発揮してきた。

 しかし逆にデメリットも絶大で、新規砦の建築費や兵糧、農作業を控えた農兵を使っての運用に適さないなど、付城戦術として成立させるには、クリアしなければならない条件が多岐にわたる。


「なるほど、付城なら襲撃者を撃退するのも楽ですし、商業の発展のお陰で資金も潤沢、兵糧も問題無い上に上平寺城周辺の農地からの収入もありますな」


「何より親衛隊故に、兵を農地に帰さなくて済む。やろうと思えば1年でも2年でも相対する事は可能ですな」


「殿、見事な戦略ですな!」


「あ!? え……ふ、ふふふ。褒めても何もでぬぞ?」


 美濃三人衆が義龍の戦術眼を褒め称え、若干微妙な反応を示し、照れながらも義龍は満更でもない表情をする。

 そんな義龍に、帰蝶が疑惑の眼差しを向けて考えた。


《……あの兄上が、こんな慎重で大胆な戦術を取るなんて。歴史が変わって兄上も変わったのかしら?》


《可能性は十分ありますねー》


 果たして義龍は何を思って付城戦術を思いついたのか?

 答え、即ち発想の出発点は『疲れた』からである。

 まともに休憩する拠点も無く、常に緊張感を強いられた斎藤軍は疲弊しきっていた。

 そこで義龍は万全を期すために『疲れたなら休めば良いじゃないか』とばかりに付城戦術を思いついたのである。


 信長の様に計算や、将来的な長期展望を予想して打った手段では無いが、結果的には斎藤軍は横山城にすぐに攻め掛かる事はせずに、一旦、間を取る事を選んだ。

 例えば、勢いに乗る個人や団体の行動のやる事、成す事全てが良い方向に転んで結果的に最良の行動に繋がる事があるが、義龍の天運とでも言うべき判断が良い方向に繋がった形である。


 先ほどの義龍の微妙な反応は『疲れ』が発想の出発点故に、自分で口にしておきながら家臣に気づかされた故の反応であった。

 まだまだ個人としては成長途中の義龍は、この判断を生涯忘れまいと誓い、また、後世に残る資料も恥を残さぬ様に『戦術的判断として付城戦術を取った』と記される事となった。


 なお義龍の名誉の為に言うのならば、疲れた体を休めるのは何も間違っていない事を記す。

 信長が勝つ為に休める拠点を作るとすれば、義龍は休む為に休む拠点を作る、ただそれだけの違いである。

 単なる思考の差と言うべきで、どちらが良い悪いと判断するのは一概には難しい。

 ただ、義龍は恥を感じてしまっただけである。


 こうして斎藤、織田連合軍による砦建築が始まったのであった。

 この砦建築は驚異的なスピードで行われた。


 何せ7000人の兵力全員が土木の基本を押さえているので、無駄が無くスピーディである。

 建築現場には襲撃も度々あったが、この襲撃は半ば予期されていた。

 だから最初から半分は警備として備えられている。

 従って、少数の朝倉兵が防御を固めた大軍を退ける事も叶わず、朝倉宗滴と言えど建築を妨害する事は出来なかった。


 史実でも(事実かどうかは不明点もあるが)、信長が斎藤家を攻める際に木下藤吉郎に築かせた墨俣一夜城と言う、伝説にもなった驚異的な速度で築かれた城があるが、その伝説に迫るスピードで砦が仕上がった。

 流石に一夜とは行かなかったが、現地で材料を調達しつつ、上平寺城から使えそうな資材を流用して、可能な限り簡素ではあるが『姉川砦』が完成し、後世に『姉川一夜()』として記録されるのであった。


 なお『砦』ではなく『城』なのは、イメージ的にも見栄えが良いのでそう記されたのであるが、後世の歴史家がこの一夜城の真偽を巡って論争を交わすのは未来の話である。


 一方、帰蝶とファラージャは歴史の巡り合わせとも言うべき、斎藤家の一夜砦について語っていた。


《まさか斎藤家が一夜城ならぬ一夜砦を築くとはね。兄上も中々やるわね。これは何かしら? 『斎藤家に対する一夜城が無くなったから、代わりに斎藤家が実施する』みたいな変則的な歴史修正力なのかしら?》


《う、う~ん……? どうなんでしょう? 何とも言い難いですけど、そうとも言えるし、違うとも言えるし……良く分からないです。すみません……》


 歴史の修正力は、別次元の歴史を知る人にしか認識できない現象なので、科学的な説明を立証する事が出来ず、未来でも可能性として語られている現象である。

 いずれ、時間跳躍技術が幅広く研究されれば解明されるかもしれないが、絶大な科学力を持つファラージャと言えど、現時点では判断がつかない事象であった。


 一方、困った事になったのは朝倉軍である。


 ムザムザと拠点を作られてしまったのもそうだが、持久戦に持ち込まれてしまった上に、宗滴が何度襲撃を要請しても浅井軍が動かず、また、動いたとしても少数しか動かさず積極的な妨害をしていない。

 いくら籠城作戦を提案したとは言え、そこは臨機応変に動いて欲しいが、機を見る事の出来ない浅井久政には無理な注文であったし、また、もう1つの懸念である六角の援軍も到着が遅れていた。


「奴等は……!! 勝ちたくないのか!? 近江がどうなろうと構わんのだな!?」


 浅井とは主君でも家臣でもない、単なる同盟国の朝倉が懸命に働く今の構図に、宗滴がそう叫ぶのも無理なかった。

 やはり宗滴が総大将ではない軍ゆえに、連携が―――いや、連携以前の問題であり、少数故にゲリラ的戦術を取るしか無い朝倉軍単独では、どうする事も出来なかった。


 こうして短期間で砦を作り上げた義龍は、まずは兵に休息を取らせたのである。

 久しぶりに、安全が確保された場所での休息に兵も将も喜んだ。


 一方、横山城では浅井家の家臣達が憤懣遣る方無い(ふんまんやるかたない)思いで、当主の久政を凝視していた。

 朝倉宗滴の度重なる出撃要請を渋り、みすみす敵に砦を作らせてしまった判断に対し、家臣すらも久政の当主としての器量を疑い、取り敢えず言い訳の発言を待っていた。


 そこに、宗滴も横山城に入り、まるで城主であるかの様にズカズカと場内を闊歩し大広間に入る。

 宗滴は久政の正面に威圧感たっぷりに座り、一礼をするが、頭を下げた宗滴の方が迫力満点で、久政は今更ながらやっと己の失策を悟った。

 だが―――


「き、京極の動きも、気になる故に仕方ない!」


 口から出たのは体面を保つ為の、最もらしい言い訳であった。


「(こ奴……!!)成程? それならば仕方ありますまい……!」


 勿論、宗滴は仕方ないとは思っていない。

 全てを察し、理解した演技を見せただけである。


(しか)らば、最早、雌雄は決しました。我等は斎藤軍に勝てますまい。砦の建築で全軍が動けない斎藤軍を叩く、こんな千載一遇の機会を失いました故に」


 その想像を絶する弱腰の久政に宗滴は呆れ果てて、浅井を突き放すかの様に勝てない事を告げた。


「これから北近江では、忍耐を強いられる泥沼の戦になるでしょう。斎藤軍は兵糧の心配は殆どありませぬ。対して浅井殿は如何ですかな? 今年は良いとしても来年は?」


「ら、来年? それは斎藤軍も同じではないか?」


 宗滴の発言に久政が疑問を感じて口を出す。

 さすがの久政の戦略眼でも兵糧が無くなるまでの耐久戦は予想出来ていたので、宗滴の言っている意味が分からなかった。


「いいえ。浅井家だけです。斎藤軍は美濃の自国に農民を残して遠征しておりますれば、来年の米に心配はありませぬ。対して、農民を徴兵した浅井家には米が今ある分しかありませぬ」


「斎藤に来年の兵糧の心配が無い!?」


 驚く久政に、宗滴は自分の予想した斎藤と織田の専門兵士をかいつまんで話した。


「それ故に、早く戦を終わらせて農民を農地に帰せる為に、斎藤は一撃で倒す必要があったのです。最初は籠城戦を提案しました。城に引き込んでの挟撃で倒せる計画でしたが、斎藤が予想に反して砦を築き始めました。これも専門兵士が居るからこその戦略でしょう。某も読みきれませんでした。これは申し訳ないと思うております」


 宗滴が謝罪したが、宗滴ほどの武将でも専門兵士に辿り着いたのはつい最近であり、利点の全てを把握していなかった故の、失策と呼ぶには余りに責任感が強すぎる謝罪であった。


「そ、そうじゃろうて!」


 同じく気付かなかったのに、久政は誰にも聞こえない声で怒鳴った。


「何か?」


「いや、何でもない! それで?」


「斎藤軍が砦を作り始めた事で当初の戦略は破綻しました。それ故に、砦が出来上がる前に攻めるべきと何度も使者を送ったのですが……」


「そ、それは京極が……!」


「もうソレはよろしい。それでも勝つつもりであるならば、今度こそ動いて貰わねばならぬ事があります」


「か、勝つ策があると申すか!?」


 この絶望的な状況で、宗滴は勝つ可能性を(ほの)めかす。


「別に特別な事をする訳ではない。これから全軍で姉川の砦を落とせば良いだけの事。ただ、当初の我等がやりたかった事と立場が逆になりました故に、勝っても負けても損害は甚大な物になりましょう」


 勝てる可能性を次々に潰し色々後回しにした結果、最悪の選択しか残らない浅井家。


 農兵は失えば失うほどに兵糧の収入に直結する。

 城、砦攻めは、とにかく攻め側に被害が集中する戦いである。

 例え浅井が勝ったとしても、この先には何年も尾を引く損害が出るのは確実だ。


「わ、分かった。六角殿の援軍が来たら全軍で攻めかけよう!」


 その事に気付いるのか、いないのか、六角の到着を待つ事にした久政であった。


(浅井の命運は最早潰えた。後は朝倉の為にどれだけ利用できるか……)


 長年、乱世を生き抜いてきた宗滴は、冷徹な計算をしつつ浅井を捨て駒とする事を決めたのであった。

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