表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
信長Take3【コミカライズ連載中!】  作者: 松岡良佑
7章 天文20年(1551年)戦国大名への道
84/447

63話 浅井久政・長政

【近江国北/浅井家】


「くっ! 退くぞ! 全軍退却せよ!」


 馬上の男がそう決断し馬首を返し撤退を開始する。

 驚いた家臣の赤尾清綱が必死に止めようとするが、男の決意は固かった。


「と、殿!? 何を仰せか!? まだまだ挽回は可能ですぞ!」


「いや、これ以上の損害は許さん! 撤退する!」


「殿……ッ!!」


 馬上の男、浅井久政は素早く撤退の判断を下し、同じ北近江の京極高延との争いに敗れた。

 結果に関しては敗北であるが、勝負は時の運とも言うし、連戦連勝で勝ち続けるのは余程の名将でも難しいので仕方ない面はある。

 ただ、久政の撤退判断は余りにも淡白で、よく言えば損害を抑えた好判断だが、悪く言えば余りにも粘りがなく、闘争心の無い、乱世にあるまじき弱腰でもあった。


 今回の戦の発端は小競り合いにすぎなかったが、京極家は浅井家とかつては争い今は和睦した間柄。

 それでも争いが起きてしまったのは、はっきり言えば久政が舐められているに他ならなかった。


(何と言う弱腰! 休外宗護(浅井亮政)様が生きていればこんな事には……!!)


 家臣が言う浅井亮政とは、久政の父で浅井家を戦国大名に押し上げた武将である。

 浅井家は国人一揆で頭角を表した一族で、たった今戦って破れた京極家の家臣の身から、織田信秀の様に主君を傀儡としてきた戦国時代らしい経緯を持つ一族である。

 だが、京極家も負けておらず、劣勢を挽回してきて浅井家と争っていた矢先に亮政が亡くなり、この時、久政は家督争いの末に浅井の当主となったが、上述の通り戦国時代に不向きな人柄であった。


 ただ、何もかも駄目な武将ではなく、内政や外交には力を発揮しており、朝倉と同盟し、最近では六角に臣従し、生き残る嗅覚には長けていた。


 史実では浅井親子は信長に対する方針を結果的には誤り、ドクロ盃に成り果ててしまった経緯があるが、それは史実を知る我々だからこその視点。

 誰もが『大人しく最後に勝つ信長に従っておけば良かったのに』と思ってしまいがちだ。

 だが、当時の状況で考えれば、織田が生き残る可能性など誰が見ても皆無であり、その判断は常識的にも間違ってはいない。


 ただ、信長が凶悪的に幸運に恵まれただけである。


 対織田政策は間違えたが、浅井久政とは、強い者を見極め、大それた野心を抱かず、目の届く範囲で頑張る、そんな人であった。


 戦国時代は、全ての武将や大名が天下統一を夢見た時代では決して無い。

 足利将軍家が衰え治安悪化を良い事に、どさくさに紛れて支配地を増やそうとした領主が殆ど。

 残りの良識有る、あるいは戦の才能が無い少数が欲望を抑えて現状維持を望み、信長ただ一人が天下統一を目標とした時代である。


 その中で、久政は明らかに少数に所属する人であった。

 勿論、時代が時代なので無抵抗とはいかず、戦いはするが良識派(?)故に、どうしても弱腰になってしまうのであった。

 やはり生まれる時代を間違えた、と言っても過言ではない人であった。


 そんな浅井家の元に不穏な情報が寄せられる。

 東の隣国、斎藤家が侵略すると言う情報である。


(六角に臣従し、朝倉と同盟し、京極の問題さえ片付けば我が領地は安泰なのに! 好き勝手暴れて民を鑑みる事を誰もせん!)


 限りなく狭い範囲で物を見れば久政は正しい。

 皆が現状で満足すれば今すぐにでも平和は訪れる。

 しかし、現実はそうはならない。


 核兵器なんて、さっさと放棄すれば良いと誰もが思う。

 民族間の憎しみなんて我慢するか忘れてしまえば良いと誰もが思う。

 宗教紛争なんて、もう止めれば良いと誰もが思う。

 しかしそれは絶対に出来ない。


 自分が歩み寄っても相手が歩み寄るとは限らないし、こちらが退けば、あちらが図に乗ってくる事も誰もが知っているからだ。

 例えば、とある北の将軍様の国の様に。


 現代でもそうなのだから、当然の如く、戦国の世では久政の理論は通用しない。

 平和を作りたい気持ちは信長も久政も変わらない。

 ただ、多大な犠牲を払ってでも、強力な支配者が統一して国を纏めるべきと考えるのが信長であり、久政が相容れない所であった。


 そんな浅井久政の小谷城では、浅井家の家臣が集まり情報の精査を行っている。


「殿、やはり斎藤家の侵攻は間違いないと思います」


「……何故そう思う?」


 理論的な説明を促した―――訳ではなく、家臣の結論を否定したいが為に尋ねたが、浅井三将として確かな戦略眼を持つ赤尾清綱が淀みなく答える。


「斎藤家は織田家と結んでおり、背後は安泰です。それに―――」 


 家臣はかつて斎藤義龍が道三に語った理論に近い事を話し、侵攻の可能性が限りなく高い事を告げた。(62話参照)


「そうか、争いは避けられんか……。同盟や停戦の合意は無理か?」


「正直な所、斎藤家に侵略を止めさせる理由がありませぬ。余程の有利な条件を提示すれば或は……」


「ならばどの程度の条件が必要だと思う?」


 問われた清綱は少し考えて答える。


「一概には申せませぬが、斎藤家の狙いが近江か、近江を含めた近隣への侵略かによると思われます」


「待て。斎藤家は織田と同盟し、織田が触を出した天下布武法度とやらに賛同していたな……。ならば狙いは北近江を経由した日本海? 若狭か越前か!?」


 戦のセンスはイマイチ所ではないが、こう言った読みに関しては問題ない冴えを見せる久政であった。


「……ならば、斎藤に臣従して越前への道を明け渡せば無駄な争いをしなくてもよいな?」


 読みは冴えているが、弱腰も冴え渡る(?)久政。

 とんでもない事を口にした主君を咎めるべく、清綱が唾を飛ばしながら慌てて止める。


「と、殿!? 我等はつい最近六角に臣従し、朝倉とも同盟を結んでおるのですぞ! 越前に侵攻すると解って斎藤と結ぶなら、六角と朝倉を敵に回す上に信義に(もと)りますぞ!」


「冗談だ。ワシだって理解しとる。幾らなんでも斎藤や織田と結ぶ訳にはいかん。あの様な天下布武法度を見せられてはな」


 幾ら戦に弱腰の久政と言えど、絶対に譲れないラインはある。

 それが信長が触を出した『天下布武法度』が関係し、それは浅井が『主君』と仰ぐ家にも関係していた。


 史実では浅井は織田と同盟しても最終的には『裏切った』と言われているが、その理由は『朝倉との関係と信義』と言われている。

 しかし、この定説はどう考えてもおかしい所がある。


 浅井家と朝倉家。

 浅井が戦国大名として独立できたのは朝倉の援助があったからだと言われている。


 織田家と朝倉家。

 元々、共に斯波家の家臣で、朝倉は斯波家から独立して越前に根を張った一族である。


 何が言いたいかと言えば、織田家は斯波家から離脱した朝倉家とは最初から仲が悪いのであり、また、それは周知の事実であった。

 朝倉との関係を重視しながら信長の妹と婚姻同盟するのは、それこそ朝倉の神経を逆撫でする行為で関係を悪化させる行為でもある。


 六角家と浅井家。

 久政が六角の圧力に抵抗できなくなり臣従した経緯がある。

 その時、六角から姫をもらい、さらに息子の名を六角義賢から一字もらい、浅井賢政と名乗らせた。

 この『賢政』とは織田と同盟する前に浅井長政が名乗っていた諱である。

 しかし、いざ六角との関係が切れた時には妻と離縁し『賢』の名も捨てている。


 六角とはそんな律儀な事をして関係を清算しておきながら、織田家と婚姻同盟して信長から『長』の字をもらい『長政』と名乗るも、織田家と関係が切れた時は名前も妻も全て現状維持である。


 そもそも、朝倉との関係を大事にするなら、織田との同盟破棄した時に於市(おいち)も織田に返し『長』の字も捨て、朝倉義景から一字と姫をもらい『景政』と名乗るのが筋であるが、それはしていない。

 これでは『定説の朝倉との関係と信義』にそぐわない行動ばかりである。


 このダブルスタンダードをどう解釈したらよいのか?


 一つは、別に()()()()()()()()()()()()()()()という事である。


 浅井にとって『真の主君』は六角でも朝倉でも、ましてや織田でもない。


 浅井は『主君である将軍義昭』に()()()()()()()()()()()()()を討伐する立場を選んだだけである。


 つまり朝倉との信義や関係が云々ではなく、もっと根本的な、全ての武家の主君たる将軍義昭の命令に従ったのだ。

 だから、信長が将軍を伴い上洛する時は織田に従った。


 我々は、信長が歴史の勝者と知っているから『浅井が裏切った』と感じてしまうが、それは逆と言うよりも事実誤認とも言うべき事。

 真実は『将軍に対する反逆者討伐の命令故の行動』が正しい見方であり原因ではないだろうか。


 もう一つは『保険』である。

 名前も『長政』のまま、於市も返さない。

 信長との何かしらの交渉を上手く進める為、万が一信長が勝った時に『実は裏切ってませんよ』と備える為、ついでに『絶世の美女』たる於市を手放さない為。


 そんな訳で、『主家たる将軍家』の意向に従いつつ、良く言えば時勢を読み強かに生き残りを図る図太い神経。

 悪く言えばフラフラと落ち着かない蝙蝠の如くの変わり身と世渡りが浅井家の真髄と言えなくもない。

 なお、これらの推測の殆どは根拠たる資料が消失しているので、作者の予想である事を記しておく。


 長くなったが、信長の堂々と『主家たる将軍』を蔑ろにすると宣言する『天下布武法度』は、久政には到底容認出来ないのも無理は無かった。

 史実の信長は足利義昭を上洛させる時は、こんな方針を打ち出していないので特に問題なかった。

 だが、この歴史では既に明確に足利将軍家からの離脱を宣言しているので、こんな事になってしまっているのであった。


「足利将軍家を再興する事がこの乱世を収束させる近道! ならば織田の手先たる斎藤家の侵略を許すわけにはいかん! 六角と朝倉に援軍要請を出せ! 必ず食い止めるぞ!」


 いつになくやる気に満ちた久政の号令に、家臣達も色めき立って己の成すべき事を行うのであった。


 しかし―――


 待てど暮らせど、斎藤家の戦準備情報は入って来るものの、肝心の軍勢の侵入がいつまでたっても報告が無い。

 情報を集めれば集める程に、斎藤家の侵攻は間違いないと確信できるのに、それを嘲笑うかの様に斎藤家は沈黙を続けている内に、冬が終わり、春が来てしまい、更に米作りが始まる時期が近づくに連れて、稲作の為に集めた兵を一旦解散させざるを得なくなった。


 農兵から農民に戻った民が、田に水を張り、草取りが忙しくなる農繁期に突入すると同時に、斎藤家進軍の報告がようやく届いた。

 久政も『斎藤家の侵攻情報は誤報であったのか?』と油断した矢先の報告で会った。


「い、今!? 今この時期に侵略を開始するのか!? 奴らは、今年の米を諦めると言うのか!! ……ん? まさか……」


 久政はこの時期に開始される侵攻に、心当たりがあった。

 信長の農繁期に行った『北伊勢攻略50城抜き』である。


 この戦果は周辺諸国に伝わるには伝わっていが、余りに常軌を逸した戦果故に半信半疑どころでは無い、話半分以下で考えていた。

 諸国は『専門兵士の計』が見抜けなかったが、事実として伊勢を手に入れている。

 従って、手段こそ不明としておきながらも、調略を存分に駆使した上で、諸国に知れ渡る織田兵の弱さを誤魔化し、宣伝効果を狙った物だと判断したのであった。


 どんな場合も、自らの強さを宣伝する為に多少の話の誇張はある。

 しかし、いくらなんでも『50城抜き』は誇張し過ぎで失笑モノの現実味の無い宣伝であった。

 だから周辺諸国は『流石うつけ者か。もう少し現実的な戦果を宣伝すればいいのに』と勢力の拡大を認めつつ馬鹿にしたのである。


 ただ、今川と引き分けた実績と、織田に力を貸す斎藤家の実力を考えると、斎藤義龍が何を狙っているのか朧気ながら見えてきた。


「まさか、織田の50城抜きは事実で、斎藤は北近江で北伊勢攻略の再現を行おうというのか……?」


「北伊勢攻略の再現とは、あ、あの与太話の事でしょうか?」


 そんな事はあり得ないと思いつつ、今このタイミングで攻められたら成す術が無いのも事実であるのを認識し、清綱が驚愕の表情を浮かべる。


「グウッ!! 急ぎもう一度六角と朝倉に使いを出せ! 我等も戦優先で兵を集めろ!」


 久政は今年の米を諦めた。

 正に断腸の思い、苦渋の決断で農兵を集める決断をし、北勢四十八家と北畠家とは逆の判断を下した。

 将来必ず発生する、食料不足問題を容認してでも、抵抗する決意をしたのであった。


「斎藤義龍! 今年の米は美濃から調達してくれようぞ!」


 久政はそう決意し、美濃を発ったであろう斎藤義龍を思い浮かべ歯を食い縛った。


「しかし、奴等も今攻めたら、どちらの領地でも米を作る農民が居なくなるではないか。何故その自殺行為が解らんのだ!」


 専門兵士の計を知らない久政は義龍に無用の心配をして、これから来るであろう食料不足に巻き込まれる民を思いつつ、戦の準備をするのであった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ