外伝14話 織田『稲作激闘』信長
この外伝は4章 天文17年(1548年)の北勢四十八家を撃破し、森可成と柴田勝家が尾張に帰還し入れ替わりに吉乃達が来た頃の話である。
【伊勢国/長野城 織田家】
「何じゃこの匙加減の難しさは!? 結果に結び付かないと、骨折り損のくたびれ儲けじゃ!」
信長達は稲作改革の為に色々な手段を考えては、トライ&エラーを繰り返し、本当に少しずつではあるが結果を出しつつあった。
今までの実績は―――
・確実に発芽した苗を田に植える。
・縄に目印を作り植える間隔を決めた。
・種籾の大小選別はあまり意味がない。
問題点や信長と帰蝶の実体験での感じた課題として―――
・種籾の適切な選別方法が決めきれない。
・田植えの中腰が辛すぎる。
・雑草対策。
・害虫対策。
・稲刈りの中腰が辛い。
・稲と米の分離が面倒。
以上が挙げられた。
その中でも、吉乃発案の鞴を使った種籾の選別方法は、今までに無い画期的な考えであった。
種籾の単なる大小選別では効果が無かったなら、重さによる選別はどうかと信長達は方法を考えたが、一粒ずつの重さ比較をする拷問に匹敵する方法や、これまた拷問の様な人力による扇の風力での選別方法を考えては行き詰まっていた。
だが吉乃発案の鞴で更に吹差鞴なら人力で一定の風力を保のは比較的簡単である。
余りにも極端な力加減で無ければ効果の期待できる手段である。
だが―――
実際に鞴を持ってきて試した所、鞴から全ての種籾が吹き飛んだ。
まるでショットガンから発射される弾丸、いや、火山の噴火の様であった。
幾ら種籾の重さに違いが有るとは言え、所詮は種籾。
鞴の風力に対して軽すぎたのである。
「……ま、まぁ、そりゃそうじゃろうて。鉄を溶かす為の風力ではな……」
「ぷぷ……っ!! そ、そうですよ! 殿ったらもう!」
「…………!! …………ッ!!!!」
《あっはっは!》
平静を装いつつ困惑する信長と笑いを堪える帰蝶。
余人に聞かれる心配の無いファラージャは誰に憚れる事なく笑う。
吉乃はツボに入ってしまったのか、息も苦しそうに笑い転げている。
「お、お主ら、笑いすぎじゃ!」
別にコレは信長のせいではない。
きっと誰が操作しても同じ結果であっただろう。
最初に操作してしまった信長の運が悪いだけである。
しかし、信長は責任を何故か感じてしまうが、思わず抗議せざるを得ないほど女子達は笑う。
読者の皆さんも経験は無いだろうか?
たまたま本当に運が悪かっただけで大恥をかいた事が。
筆者は何度もあるが、アレは本当に辛いので心優しき方は何とか堪えて貰いたいものである。
「ま、まぁ良いじゃ無いですか。と、年頃の女子は『箸が転んでも可笑しい』って言います……し……ぐぶふぅッ!」
「……そっ! ……そのと……ッ!!」
《あっはっはっふがッ! 腹が、い痛い~~!》
女子3人は謝罪(?)しつつ笑った。
《えぇい! 何が年頃じゃ!? 吉乃は仕方ないにしても、お主らの魂は外見年齢と掛け離れておろうが!》
帰蝶は転生のお陰で肉体は13歳だが、魂は48+5+3歳である。
ファラージャに至っては、全ての病気を克服しているので不老不死であり、一応15歳と言っているが、真相は不明である。
《な!? 今のは殿と言えど聞き捨てなりませんよ!? 大体それは殿もでしょう!?》
《そうだー! この人でなし! 女性の敵! 第六天魔王!》
《そ、そこまで言うか……!?》
「………!! ………!!」
その後も攻め立てられた信長は女性を敵に回す愚を悟り、その攻防を知らない吉乃は笑いすぎて痙攣していたのだった。
しばらくそんな時が続き、漸く一堂が落ち着いた頃に信長が切り出した。
「何はともあれ、風で種籾を飛ばす事は出来る。後は風量の調整だな」
「はぁはぁ……はーはー……そうですね」
「イタタ……。ゴホッ!! どうしましょうか~? 外部の板に穴でも開けて風力を調整しますか?」
「そうじゃな。ソレしかあるまい」
風が強すぎるのなら、他に風の逃げ道を作り威力を弱めれば良いだけである。
だが―――この調整が途方も無く困難で、匙を投げ掛けた信長が冒頭のセリフ叫ぶのである。
「何じゃこの匙加減の難しさは!? 結果に結び付かないと、骨折り損のくたびれ儲けじゃ!」
長い月日をかけて改造し微調整を繰り返し、苦労に苦労を重ねて軽い種籾だけを飛ばす風力の見極めと、飛んだ種籾が鞴の中に留まらずちゃんと外に飛び出す構造にして、ようやく完成に漕ぎ着けた。
「やっと、やっと完成です……!」
「あぁ。長かったな……!」
親衛隊の木工職人を動員し試作に試作を重ねた『種籾選別鞴』は、まるで輝いているかの様に信長達の前に鎮座していた。
試運転も上々で、鞴から飛ばされる種籾と、飛ばずに残る種籾に分別する事は出来た。
信長はその分別された種籾を手に取り重さを確認してみる。
「手に取った感覚では……重さの比較は全然判らんが、分別できていると信じるしかあるまい。後は重い軽いで成長に差が出れば上出来じゃが……」
この選別された種籾の発芽率は、若干偏りがでており、重いと分別された種籾が比較的良い傾向がでている事が分かった。
だが―――
重い方が良いと分かるには分かったのだが、それは本当に若干の偏りで『絶対にそうだ!』と断言出来る程の差は無く、『偶然』と言われれば反論は難しい。
この真相は、鞴では、と言うより風力では、どんなに工夫しても種籾程の軽くて小さい物を完璧に分別する事は出来ず、飛ばされた種籾の中にも本来なら良種もあり、鞴に残留した種籾にも不良種も混ざったのである。
「アレほど苦労してこの結果か……。とりあえず今年はコレで行くしかあるまい」
「申し訳ありません……」
鞴を提案した吉乃も肩を落とす。
そんな吉乃を見て帰蝶が心配そうに尋ねる。
《殿、今回は祈祷も試すんですよね? その結果も芳しくなかったら吉乃ちゃん、余計に沈み込んでしまいますよね?》
《そうじゃな。しかし我等にとっては予測済みでも、他の者は知らない事ばかり。吉乃には悪いが避けては通れぬ道じゃ》
信長は心を鬼にして領内に触を出した。
それは要約すれば
・祈祷、念仏による豊作祈願と結果を残せる者を募集。
・最も結果を残した団体や個人には、褒美を出し守護不入権も与える。
・しかし、祈祷を施して無い水田に勝てなかった団体や個人は永久追放。
・不正を行ったら所属する団体や関係者連座して死罪、及び、土地や建物は没収。
・相手の妨害工作が出来ぬ様に、祈祷、念仏を施す田は知られぬ様に配慮する。
信長は吉乃を過剰に落胆させない為に、かなり厳しめのルールを作っておきながら、こんな条件に応募する頭の狂った人間が居るのかとも思った。
だが、遊び半分で応募が殺到し、そこかしこで祈祷念仏されてはキリが無い。
こちらも褒美と守護不入を約束するリスクを負うのだから、偶然うっかり結果を残されては堪らないのだ。
「まあ、応募が無ければ、それはそれで良い。神社仏閣に力が無いと喧伝できる材料になる」
だが、触を出してまもなく―――
信長の予想に反して応募する個人や団体が現れたのである―――
欲の皮が突っ張ったのか、自分の力を信じて疑わないのかは解らないが、ともかく信長の目には破滅に向かう狂人にしか映らなかった。
だから信長は親切心で『本当に良いのか?』と念押しをするが、彼らは『任せろ』と豪語するので、信仰心を失っている信長は逆に不安になってしまった。
今更神仏の奇跡を見せられても困るのである。
史実でこんなエピソードがある。
『信秀が病気で臥せた時に、信長は祈祷師に回復祈願を行わせた。祈祷師は絶対に治ると太鼓判を押すが、結局信秀は帰らぬ人となり、怒った信長は祈祷師を殺した』
その信長の行動に対してよく聞くのが―――
『信長は宗教を信じてないのだから、この行動は当然』
『宗教を信じてないのに、悪趣味にも出来ない事をやらせた上で殺した残虐な男』
信長の宗教観を最初から無神論者と信じている人、あるいは僧侶や祈祷師を殺した残虐性を嫌う人が言う意見だが、コレは本当に正しいのだろうか?
このエピソードから読み取れる真実はこうではないかと思う。
『まず信長は最初は宗教や神の力を信じていた。だから、実際にやらせてみた。だが、出来ると豪語したのに失敗したので殺した』
信長は理不尽な殺戮だけは絶対にやらない人である。
後世の人には後世の常識で見れば殺戮者に映っても、戦国時代に沿った常識で見れば理由が必ずあるのだ。
それに例えば読者の皆様も、病気の親兄弟や子供を『この薬で、治療で絶対完治します!』と太鼓判を押した医者が『失敗して死にました』と言われたら怒り狂うのでは無いだろうか?
もちろん、殺しはしないだろうが、仮に殺しても第三者から見れば、その殺人は情状酌量の余地が多分に有ると感じないだろうか?
信長の行動はそれと全く同じである。
何故なら、祈祷は歴とした治療行為であり、宗教は現代の科学と同じレベルで真実であり絶対の時代だから。
だがら、信仰心を失った信長は『うつけの計』もあるとは言え、大胆にも信秀葬儀の場で抹香を投げつける離れ業を演じる事が出来たのである。
話がだいぶ逸れたが、前々世の上記の体験から信仰心を失っている信長は、祈祷念仏の失敗を確信してるが、不意討ちで追放や死罪を宣告する様な悪趣味な真似はせず、失敗のデメリットも明確に念入りに提示した上での募集をかけたのである。
それでも応募者が集まってしまったので、信長が困惑するのも当然である。
ある意味、僧侶や祈祷師にとっても不幸な時代であるとも言えた。
《応募が来てしまった以上は仕方ない。厳正に行うしかない》
《そうですねー。それにしても本当に凄い時代……いや、私の時代もそうは変わらないかー……》
ファラージャは信長教徒が暴れまわる自分の時代も、1億年前と変わらず50歩100歩だったと思い出して溜め息をついた。
信長達が分別した種籾から発芽した苗を植えて、同時に破滅に向かう僧侶や祈祷師にも担当する場所を伝えた。
収穫の秋―――
重さで分別された種籾は、重いと分別された種籾が比較的良い結果をもたらした。
だが、分別の甘さから軽いと判断された種籾の水田も、それなりに収穫はあった。
「う~む……。恐らくは重い種籾が良い結果を生むのであろうが……。偶然と言われても仕方ない感じじゃな……」
「信様、申し訳ありません……。何とか挽回をして結果を出して見せます! ……ただ、祈祷や念仏に効果が無かった方が私には衝撃です……」
祈祷師僧侶による必死の祈りは信長の心配を他所に全く効果が無く、うっかり結果を残す事も無かった。
信長は最初の約束通り一部の者には容赦なく刑罰を執行した。
信長は当初、結果が出なくても大目にみて神社仏閣に恩を売ろうと思っていた。
事実、真剣に祈祷念仏を行い失敗を認めた潔い者には刑罰の執行はせずに、今後も民の心を救うように依頼した位である。
許さなかったのは一部の不正を行ったり、失敗の責任は信長に有ると開き直り非難した団体や個人である。
当然、信長はその様な者達には、ルールが書かれた書状に署名された団体や個人の名前を突きつける。
「自信が無ければ応募しなければ良い物を……この条件を見て、確認して、出来ると豪語して、署名して……それなのに見苦しく抵抗するか!」
怒った信長はその様な団体には、親衛隊を率いて神社仏閣を襲撃し徹底的に滅ぼした。
その上で真剣に祈祷念仏を行い、失敗したら潔く認めて所領から出ていこうとした者達に、その場所を与えたのであった。
なんと建物も再建するオマケ付きであるが、それは信長の思惑があっての事で後々わかる事である。
当然、不正をするものには本当に容赦しなかった。
ルールでは不正を禁じたが、ではどんな不正があるかと言えば信長にも少ししか想像がつかない。
とりあえずの過剰な応募や、予測不可能な不正の抑止力にでもなればと思って記載した事である。
だが、悪質な祈祷師や僧侶は、信長の思惑を上回る所業を見せた。
何と比較対象の祈祷念仏を行わない水田に侵入し、稲を抜いたり水を枯らしたり実力行使に出たのである。
信長は、不正をする者がこっそり自分の担当する水田に、肥料を撒いたりする位はあるかも知れないと予想していた。
もちろん主旨に反する誉められた行動ではないが、育ててくれるなら多少は大目に見ても良いと思うし、大胆にも『祈祷を施した肥料です』と逆に信長を感心させた猛者も居た。
だが、まさか相手の足を引っ張る様な、相対的に良く見せようとする悪質な者が居るのは予想外であった。
収穫される米は巡り巡って結局自分達の腹にも入るのである。
それをこの食糧難の時代に、しかも豊作祈願を行う者が、あの募集と条件でその様な不正を行うのは本当に予想外である。
何故なら、応募者は誰がどこの水田を担当するかは、お互い解らないようにしたのだ。
敵対する宗派の妨害をさせない為に。
だがそれは、祈祷念仏を行わない水田に何かあれば犯人は絞りきれたも同然である。
信長しか把握していないのだから、必然的に残るのは祈祷念仏を担当する者だけである。
無論、信長も自然に枯れた物や、偶然実らなかった稲を見て難癖をつけたのではない。
現行犯も居るには居たが、実際の妨害工作がとても雑であったのだ。
何をどうしたらそんな事が起こるのか解らないほど雑な工作であった。
これは最早、織田家と信長が舐められているのに他ならなかった。
そんな輩には信長は等しく死を与えた。
だが、これこそが、この歴史で今川家との桶狭間決戦の隙をついて願証寺が蜂起した理由である。
この時信長が滅ぼした寺に願証寺の系列があったのである。
先に手を出したの信長が悪いのか?
先に不正を行った寺社が悪いのか?
約束を守った信長が悪いのか?
約束を破った寺社が悪いのか?
残念ながら、どこの馬の骨とも解らない信長との約束を守る事は、天皇の血を引く門跡を頂点とする寺にとって気にするのが間違いであり、手を出すなど言語道断であり、信長が悪いのである。
それ程この時代の悪質な僧侶は増長しているのである。
だが、とりあえず色々問題もあったが、信長は約束を執行し、祈祷念仏の効果を実証したのであった。
だが諸問題は山積みである。
信長の稲作は前途多難な様相を呈していたのであった。
なお、吉乃が発見した選別案の威力が発揮されるのは来年の話である。




