外伝11話 生駒『猫の如く』吉乃
この外伝は4章天文17年(1548年)の生駒吉乃が信長に嫁いだ後の話である。
【尾張国/那古野城 織田家】
「吉乃様がまた消えたぞ!」
「探せ! 絶対に逃がすな!」
那古野城で恒例となった、生駒吉乃の捜索風景である。
吉乃は猫のようにフラフラと、気まぐれで興味の赴くままに行動を起こす悪癖がある。
また、空気の様に風景に溶け込む気配を消す、天然の達人でもあった。
決して目立たぬわけではない。
間違いなく美人といえる顔立ちで目立たないハズが無く、その証拠に那古野の彼方此方で目撃情報が報告されているが、決まって報告に付け加えるのは『そう言えば居た』と、記憶の端っこに引っ掛かるかの様な曖昧さである。
そんなこんなで、ようやく見つけた時は、大体一度探した場所である。
ある時は茶屋で、ある時は日用品の店で、ある時は何故か米蔵に―――
酷い時にはいつの間にか自室に戻っている時さえある。
別に毎日消える訳ではない。
城内や自室で静かに過ごす時もある。
ただ、その気まぐれがランダム性を生んでおり最早、人の形をした猫と化していた。
信長も吉乃の行動には頭を痛めており、悩んだ挙句に自由を与える事にした。
それは何も制限しない自由を与える代わりに、生死に関する事も自己責任である。
そもそも帰蝶が自由気ままに行動しているのに、吉乃を制限するわけにも行かず、と言うのが本音であるが。
しかし、吉乃の付き人に取ってはそんな信長の言葉に甘える訳には行かない。
付き人に取っては『どこに行った?』『知りません』では存在意義が無さ過ぎるので、自主的な使命感の元、必死の捜索をするが、多くの場合は徒労に終わって居るのが現状である。
信長も咎めるような事はせず、逆に労いの言葉を掛ける程で、今日も今日とて、吉乃と付き人の壮絶な(一方的な)鬼ゴッコが開催されていた。
もちろん勝者(?)は吉乃である。
【那古野城/信長自室】
《吉乃ちゃん、今日も凄い所に居ましたね》
今日の吉乃の発見場所は、一体どこから登ったのか屋根の上である。
何と呑気に猫と昼寝をしていた。
吉乃曰く『陽射しに誘われて』だそうで、これにはさすがの帰蝶も絶句した。
《私は前世では病で伏せていましたので、お見舞いに来てくれた吉乃ちゃんしか知らないのですけど、まさかこんな自由人だったとは。人は見かけによらないって言いますけど本当ですね~》
帰蝶はしきりに感心して新しい発見に喜んでいるが、信長は渋い顔である。
そんな信長にファラージャが話かけた。
《吉乃さんに関して、そんな事をしたエピソードや資料が無いですけど、コレが真実だったのですね~。少し位、伝説が残っても良さそうですけど……》
《……そりゃ残らんわ》
《隠したかったか、残す程の情報じゃ無いって事ですか。未来人からすれば、そんなエピソード程、重要で面白い……》
《違う。ワシも今回で初めて知ったのじゃ……》
《え!?》
信長の答えに二人同時に驚いた。
それが本当なら、信長が妻に対し余りにもドライ過ぎるが、今までの言動からしてそれは考えにくい。
そうなると考えられるのは―――
《歴史が変わった、という事ですか!?》
《そうじゃろうな。まぁ、変わったと言うよりは誰かに影響を受けた、と言うのが正しい様な気がするが》
《影響……。あっ、成る程》
信長とファラージャは影響に心当たりが有り、その影響元に顔を向けた。
《影響ですか。うーん……。誰でしょう???》
《……誰じゃろうな》
《……本当に》
帰蝶はすっとぼけているのかと思いきや、本気で考えている。
吉乃は普段から動きやすい男装をしているが、そんな人間は尾張では数える程しか居ない。
もちろん、服装だけではなく行動力もであるが、影響を受けるとしたら、それはもう帰蝶しかあり得ず、信長は改めて帰蝶の神経の図太さと性格の変化に呆れて感心するしか無かった。
【次の日】
今日の尾張は雨が降りしきっており、流石に吉乃は外出はしなかった。
しかし―――
城内で忽然と消えた―――
今度は信長も帰蝶も捜索に加わり行方を追ったが、天守閣を築いて居るわけでも、大城郭を誇る訳でもない那古野城で、全く見つかる気配もなく消え失せたのである。
不思議な事に、吉乃捜索隊の前には一切姿を著さないのに、台所番、門番、小姓詰所など捜索に加わっていない所では頻繁に目撃情報があり、『あちらに行きました』『料理を見学してました』『書物を読んでいました』と情報は溢れていたが、どうしても見つからない。
結局信長と帰蝶が、息を切らせながら吉乃を見つけたのは、あろうことか吉乃の部屋であり、手紙を書いている所であった。
「あら~? 信様と濃姉様ではありませんか~? どうしたのですか~?」
間延びした声での問いかけに、二人は膝から頽れてしまう。
驚いた吉乃が助けを呼び、次々と現れる吉乃捜索隊の面々が同じように膝から頽れた。
そこにはオロオロする吉乃と、その他の膝を落とした大勢が項垂れる混沌の場と化していた。
【さらに次の日】
信長は、吉乃対策軍議と銘打って関係者を集めた。
「……やはり一番の問題は吉乃の好奇心か」
侃々諤々の白熱した議論の結論は、吉乃の好奇心と決定付けられたのだが、コレは対策のしようが無かった。
何せ生まれ持った性質である。
何よりも、信長自身が好奇心の固まりである為『他人にそれを禁じるのは不公平だ』との絶対君主らしからぬ思いやりもあった。
「あとは、吉乃ちゃんはキチンと行き先も告げてますしね。……それは裏を返せば、寄り道が酷いと言う事実になりますが……」
「それも好奇心故の行動か。それに何故かホンの一瞬目を離した隙に居なくなる謎の特技もあるしな。お手上げじゃ!」
「……何かこの特技を活かせないですかね?」
「……活かす? 何に?」
「例えば……そう、親衛隊訓練! 吉乃ちゃんの技を見て感じて盗むんです!」
「なるるほど。尾行、探索、気配遮断についての見本に……なる……のか?」
「うーん、試しにやってみましょうか」
次の日より吉乃の付き人は、親衛隊の間者適正がある者が担当する事となった。
実験なので吉乃には内緒で行う事とし、男女二人ずつ計四人が担当した。
「よいか。お主らの任務は、常に吉乃の所在場所を把握する事じゃ」
意味が分からない任務に一人が質問をする。
「大将、そりゃ任務ならやりますが、吉乃様に何か疑いがあるのですか? 今川の間者とかの……」
「そう言う訳では無いが……」
信長は言葉に詰まる。
まさか、こんな実験を任務と告げるのは、親衛隊を馬鹿にし過ぎていると思うし、自分が言われたら怒ると思ったのである。
狙われている故の警護―――
そう言おうとしたが、吉乃がアッサリと姿を消したら、親衛隊が責任を感じ自害してしまうやも知れぬ、と思いとどまり、結局事実と嘘の折衷案を言う事にした。
「これは吉乃の親衛隊試験じゃ。武力ではなく間者適性のな。どうも吉乃には間者適性がありそうでな。流石は商人の娘と言ったところじゃ」
「なるほど」
親衛隊は納得した。
商人は商売の特性上、各地を巡るので自然と情報収集にも長ける。
吉乃が武家商人の生駒家宗の娘なのは周知の事実なので、嘘としての説得力があった。
「吉乃には、10日以内にお主らの前から姿を消して見せよと申し付けてある。姿を消して一刻の間逃げ切れば吉乃の勝ち、見つかれば仕切り直しで、10日の間、常に所在を把握しておればお主らの勝ち。単純な勝負じゃ」
「了解でさぁ。大将には悪いですけど、絶対に勝たせて貰いまさぁ!」
「いや、全然悪く無いぞ? 本当に」
こうして吉乃と親衛隊間者の勝負が、人知れず始まったのである。
【試験1日目】
「吉乃よ。こ奴等は新しい付き人じゃ。いつも通り出掛ける時は一声かけて行くように」
「はい。よろしくね~」
「(何たる自信に満ち溢れた挨拶! 絶対に勝つって事か!?)よ、よろしくお願いします。何なりとお申し付け下さい」
事情を知らない吉乃には普通の挨拶だが、親衛隊にとっては余裕の表れと映った様である。
(よし! お前ら絶対に勝つぞ!)
(任しといて!)
(あぁ……吉乃様…………お美しい)
(間者部隊の誇りに掛けて! ……今何て言った?)
「……???」
やたら気合いの入った付き人に小首を傾げながらニコニコする吉乃と、嫌な予感がする信長は無言で親衛隊にエールを送るのであった。
(頼むぞ! 於濃だけでも手を焼いておるのに、これ以上は……!!)
親衛隊が対処可能であれば、それに越した事はなく問題解決である。
しかし、駄目なら手立てが無くなる。
こうして始まった、鬼ごっこの1日目は無事に終わった。
吉乃にも特に用事が無く、書物を読んだり手紙を出したり庭を散歩したりで、仕掛ける様子は無かった。
もちろん『仕掛ける』とは親衛隊目線の話で、厳重な見張りで吉乃を包囲していたのであった。
【試験2日目】
朝食を食べて直ぐ、城下町に出掛けると吉乃から連絡があった。
先日目にした珍しい物を見に行きたいとの事である。
活気溢れる那古野城下町には、人の往来が盛んで姿を消すには最高の条件である。
(これは、仕掛けてきますね……)
(おう、全員で付いていって隙を与えない様にする)
途中、吉乃らしい寄り道が何度かあったものの、目的の店で物色する吉乃は、何に使うのか分からない物体を購入し大人しく帰途についた。
今のところ吉乃に不審な素振りは無い。
(何だアレ?)
(さあ? 吉乃様のご趣味かしら?)
吉乃が購入した物。
それは木製の置物なのか人形なのか遊具なのかイマイチ判別出来ない、鈴のついた小さな物であった。
改めて店を見ると不思議な雑貨屋とでも言うべき店で、おまじないに使う、と言えば納得出来そうな怪しげな品揃えであったが、気が付いた時には、吉乃は煙の様に消えていた―――
全員が怪しげな店の売り物に目を奪われた瞬間、見事に気配を絶ち消え失せたのである。
「……!? やられた! これが作戦だったのか!」
「全員散れ! 絶対に見つけるぞ!」
四方に散る親衛隊は、間者の技術と才能と直感を駆使して探し回るが、全く見つかる気配が無い。
そんな懸命に探し回る親衛隊に、追い打ちを掛けるかの様に無情な言葉が浴びせられる。
「騒がしいようですが~、何かあったのですか~?」
ニッコリ微笑む吉乃が、探し回る一人の親衛隊の背後から声をかける。
「き、吉乃様……!?」
吉乃が消えた時間は、当初に定められた勝利を決める『一刻』には程遠く、自ら声をかける理由が親衛隊には思い付かず混乱する。
「さぁ、城に戻りましょう~!」
元気良く号令して城に向かって歩き出す吉乃に、親衛隊は愕然とする。
(いつでも……やろうと思えば……いつでも姿を消せる……そう言う事か!?)
決して舐めた訳ではない。
確かに隙は見せてしまったが、それでも本当に一瞬である。
しかし、そんな一瞬を一発でモノにできる人が、この世に存在するのだろうか?
吉乃に付き従う親衛隊は考えたが、反射神経が凄いとかそんなレベルでは無い。
本当に煙の様に消えたと表現するしか無く、目の当たりにした以上『存在する』と認めるしかなかった。
本当は単なる偶然なのだが、吉乃独特の感性とその他の人間では、歯車の噛み合わせが致命的に悪いかの様なズレが、この様な芸当を可能にしているだけである。
また厄介な事に、吉乃は消えようと意図しているわけでは無く、一切の不穏な空気を出さず極めて自然体で行動するので、本当にタチが悪かった。
「お、お見事です、吉乃様。我々も全力で任務を遂行します!」
「……? そうなの~? 頑張ってね~?」
親衛隊には『フフン! そう? 止められるものなら止めて見せなさい? オホホホホ!』と言っている様に聞こえた。
無論、吉乃にとっては誉められた理由は良く分からないが、何かの任務を頑張ろうとする親衛隊を応援しただけである。
こうして親衛隊にとって屈辱の二日目の攻防が終わった。
【試験3日目】
「どうじゃ? 勝てそうか?」
信長が親衛隊に尋ねるが、表情は皆暗い。
「全力を尽くす、それしか約束出来ません……!」
「お、お主らにソコまで言わせるのか……!!」
親衛隊の実力をよく知る信長が選んだ間者である。
その実力は折り紙つきなのは間違いない。
そんな親衛隊を手玉にとる吉乃に、信長は戦慄するしか無かった。
一方、帰蝶とファラージャも対策を考えていた。
《ファラちゃん、何か良い方法は無いかしら》
《うーん……一つ有るには有るのですけど……》
《えっ何?》
《えっとですね―――》
《へー、そんな物があるんだ?》
《えっ!? また歴史を先取りしてしまいました!?》
しまった、と表情を曇らせるファラージャと喜ぶ帰蝶をよそに、親衛隊は今度は城内で吉乃を探し回っていた。
もう殆ど泣きそうな顔である。
信長と一緒に付いてきた帰蝶は、テレパシーで相談していたのだが、その姿が親衛隊の面々には、とても珍しい帰蝶の油断した姿で、吉乃から全員目線を切ってしまったのある。
案の定と言うべきなのだろう。
吉乃は、信長と帰蝶と親衛隊の6人の前から姿を消した。
驚いた信長も一緒に探し回ったが見つからず、結局、見つけたのはその場を動かなかった帰蝶である。
何の事は無い。
ただ、あの一瞬で隣の自室に戻っただけである。
今までの吉乃の実績から信長は、ついつい遠くに探しに行き親衛隊もそれに続いたが、今回は完全に勇み足であった。
しかし親衛隊の面々は『心理を逆手に取られた』と勘違いした。
なぜ勘違いか?
吉乃は何の為に自室に戻ったかと言えば、昨日買った物体を帰蝶にプレゼントする為に戻っただけだったからだ。
「濃姉様~! 昨日町で良い物を見つけました~! 二人でお揃いですよ~!」
「え、あ、ありがとう……。(何かしらコレ?)」
(濃姫様羨ましい!)
(駄目だ、勝てない……)
(ねぇ、これは無理じゃない?)
(そうだな。才能の有りと認めるしかねぇな……)
「大将……」
「皆まで言うな。分かっておる。今日で終わりだ。ご苦労であった」
圧倒的な実力差に、これ以上の試験は無意味だと判断した親衛隊と、誰にも制御できないと諦めた信長の考えはズレたまま一致し、親衛隊試験と言う名目の吉乃対策が終わりを告げた。
「(何の任務か分かりませんが)お疲れさまでした~」
「ッ!? は、はい……」
吉乃の悪意無き労いに、親衛隊の面々は心が折れた。
しかし、このままでは終われない親衛隊は信長に提案する。
「大将、このまま俺達を吉乃様に付けて貰えませんか? 訓練を兼ねて」
「そうだな……良いだろう。少しでも吉乃の技を吸収せよ」
信長も半ば諦めて認めるのであった。
一方、帰蝶は何かを思い付いた顔をしているのだった。
【次の日】
「殿、こんなものを作ってみたのですが」
「何じゃこれは? いや、見覚えがあるな?」
「これは簪、と言うもので、この様に使います」
すると帰蝶は長い髪を纏めあげて簪で固定した。
簪の先端には吉乃のからもらった謎の鈴つき物体がある。
簪の歴史は古くからあるのだが、この時代では出雲の阿国が歌舞伎を演じる時に利用し、それが広まり庶民の女が日々の暮らしで髪が邪魔にならないように使ってはいたが、支配者層の女は垂髪のままであった。
ファラージャが時代を間違えて帰蝶に教えてしまったのだが、蟇肌竹刀よりも誤差に近いフライング未来知識であった。
「その髪飾り、簪と言ったか。用途は分かったが、ワシには必要無さそうじゃな」
「そうですね。でも同じ物を持つ吉乃ちゃんが使ったら、どうなると思います?」
「どうって……」
信長は、帰蝶の髪に刺さった簪をまじまじと見る。
「何じゃこの……この……何じゃ? この……人形? 人形かコレ?」
「それについては私にも分かりませんが、そっちじゃなくて鈴です」
「鈴? ……あっ!」
信長は、帰蝶の言わんとしている事にようやく気がついた。
【吉乃自室】
「吉乃様、殿と濃姫様がお見えになりました」
引き続き吉乃の付き人をしている親衛隊が、二人の来着を告げる。
「どうぞ~。入ってもらって~」
吉乃の間延びした声が響き襖が開けられた。
「ようこそいらっしゃいまし……あら? まぁ!」
吉乃は帰蝶の雰囲気が違うことに気付き、頭部に視線が釘付けにされる。
纏めた髪に棒が刺さっており、先端には自分がプレゼントした鈴と木の物体がぶら下がり、チリンチリンと小さく澄んだ、心地よい音を奏でていた。
「濃姉様! それは一体!?」
顔を輝かして詰め寄る吉乃に、帰蝶は吉乃の髪を同じように纏め簪で固定した。
「昨日のお揃いのアレはあるかしら?」
帰蝶はあの物体が何なのか解らないので『アレ』と呼んだが、吉乃はすぐに察して用意し頭を下げた。
同じ様に付けてくれ、とお願いしたのである。
帰蝶も手際よく取り付けて準備完了とばかりに両肩を軽く叩いた。
「信様! 似合いますか~!?」
帰蝶とお揃いになった髪型、ポニーテールの根本に髪で作った団子があり、そこを簪で固定した髪型である。
「あぁ、似合っておる」
「ありがとうございます~!」
吉乃は跳び跳ねて喜び、その度に鈴が鳴り響いた。
《これで幾分楽になるであろう。助かったぞファラ!》
《どういたしましてー》
先日、帰蝶と吉乃対策を話していたファラージャの案は、簡単に言えば『猫の首輪の鈴作戦』である。
動けば音のなる鈴を付けていれば音で気がつけると言う、場合によっては失礼な策で最初は『有るには有ると』言葉を濁したのである。
そこから簪の情報を口を滑らし、鈴つきの謎の物体を簪と一体化する案を出し今に至るのであるが、実際に簪を使って纏めあげると、簪が髪飾り的なアクセントとなり、持ち上げられた髪は華やかな雰囲気があった。
こうして吉乃は大好きな帰蝶とお揃いの髪と簪で大喜びし、尚且つ行方不明対策もできて、帰蝶は活動に邪魔な髪を処理でき、一石三鳥の効果があった。
なお四鳥目として、信長が『うなじ』に目を奪われたのは内緒である。
《信長さん! あの物体が何なのか聞いてくださいよー》
目を細めて二人のうなじを見つめる信長に、視界を共有するファラージャが強めの口調で質問を促した。
「おぉ!? う、うむ、所で吉乃よ、その鈴が付いた木の人形? は何じゃ?」
「え? 猫ですけど……?」
「猫!? 《猫!?》」
何を当然の事を、と答える吉乃に驚く3人は同時に吉乃の簪を見る。
《猫に見えるか?》
《うーん……あぁ、猫だから鈴がついてたのね》
「か、可愛い猫ね!」
三者三様の意見を持ちつつ吉乃顔を見る。
キョトンとした顔は何とも愛くるしい。
たまらず帰蝶が抱きついて我に帰る。
「と、ともかくお揃いなのは私も嬉しいわ!」
「わ、私もです」
吉乃が顔を赤らめて答える。
一人の親衛隊が恨めしそうに帰蝶を見ている。
こうして吉乃行方不明騒動は終結したのである。
なお、吉乃の隠密的間者の才能を高く評価した信長は、親衛隊の訓練として吉乃を連れ出し、結果山狩りをする羽目になったのは別の話である。




