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信長Take3【コミカライズ連載中!】  作者: 松岡良佑
6章 天文19年(1550年)真なる今川の暴威
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55話 桶狭間攻防戦 決着

【尾張国/桶狭間 今川義元本陣】


 信長が3方向から包囲されようとしているのを櫓から見守る義元は、ようやく、勝利を確信して安堵の息を吐いた。


「長かった。今日1日しか信長と争っておらぬが、何年も戦った様な気さえするわ」


 その義元の感慨深い感想は、周囲の今川軍にも伝播したのか弛緩した空気が伝わり、()()と共に混ざりあった。


「……ん? なぜ悲鳴が聞こえる?」


 義元は疑問に思う。

 前方からの悲鳴は理解できるが、後ろから聞こえた悲鳴に猛烈な悪寒を感じ振り向く。

 後方には今川氏真と松平元康が控えているが、僅かな兵しか引き連れていない。

 二人とも元服したてで教育の為に連れてきただけなので、戦力としては数えられていない。

 その二人の軍が、今まさに蹴散らされて大混乱に陥っているのが見えた。


「挟撃か!! どこから……どこから現れた!?」


 義元は、この戦いに備えて考えられる織田軍の進軍ル―トを調査し、回り込む余地など無い場所に陣を構えていた―――ハズだった。


「と、殿! 後方より織田軍が!」


 櫓の下から伝令が叫びながら駆け登る。


「解っておる! 全軍……」


 反転せよ―――義元はそう号令しようとして、それは無理だと思い止まった。

 つい先程、信長を囲む為に軍を分割して対処したばかりだった。

 また急遽引き返す指令を出したら、混乱に陥るどころか、信長に突破される恐れがある。


「全軍! 信長に対し突撃! ワシもでる!」


 一瞬だけ考えた義元は、信長に対しての突撃を命令した。

 まもなく押し潰される信長を、今すぐ強引に突破し、後方に備えるべきと判断したのである。

 死中に活有り、とは少し違うかも知れないが、少数で勢いに乗る後方部隊に備えるよりは、可能性の高い方に賭けたのである。


「最後まで楽しませてくれる!」


 櫓を駆け降りた義元は、槍を受け取り信長に向かって駆け出すのであった。



【今川軍/松平元康隊】


 義元が異変に気付く少し前。

 松平元康(徳川家康)は一進一退の攻防が続くこの戦いを、複雑な思いで見ていた。

 義元と信長は出会うべくして出会っており、戦うべくして戦う―――そうなるハズであった。

 しかし今は戦うには戦っているが、それは第三者の意志が悪意となってこの戦いを仕組んでいる。


 父の仇は討たねばならない。


 しかし、その為に尊敬する二人が悪意に踊らされているのには、複雑で納得できない思いがあったが、それ以上に悔しくて自分が許せない事もあった。

 元康は尾張での帰蝶との訓練を、歯を食い縛りながら思い出していた。


『竹千代ちゃんの言う殺気は、私は基本的には相手から感じる違和感だと思うわ。普通とは違う何かを感じる事ね』


『言ってしまえば危機を感じる能力かしらね?』


『竹千代ちゃんにご飯を運んできた人が、飯の中に毒を入れて殺そうとしたとするわ。その運ぶ人は、きっと緊張からいつもと違う仕草とか妙に汗をかいたり、言動がおかしかったり……そう言った違和感も殺気と言えるわね』


『これが……殺気よ!!』


『普段の生活でこの雰囲気を感じたら、即座に逃げるか、警戒しなさい? 命にかかわるわよ? まぁこんな殺気を撒き散らして暗殺をする人は居ないと思うけど、念の為ね』


 帰蝶は殺気と言うものを丁寧に、まるで未来で狙われるから注意しろと言わんばかりに教えてくれたのに、全く活かす事が出来ずに自分と氏真が狙われ、それを庇った父の広忠が殺された。

 まるで木偶の坊の様に何も感じることが出来なかった。

 明確に狙われたのに。


(次は……次は……次こそは……!)


 未だに10歳にも満たない子供が感じる責任感では無いが、老若男女貴人奴隷関係なく死が降り注ぐのが乱世である。

 二度と同じ失敗をしまいと心に決め、早く一人前になれるように懸命に義元の采配を学ぼうとしていた。

 それに、つい先程信長本人が突撃してきて、迎撃する為に軍を分けたとの報告があった。


(これで流石に三郎様も終りか。最後に一度お会いしたかったが……。仕方ない……ん?)


 不意に、帰蝶の殺気に歪んでよく判別出来ない顔を思い出した。


『これが殺気よ!!』


(あれは本当に面食らったな。人の出せる気配では無い気がするわ……)


『普段の生活でこの雰囲気を感じたら、即座に逃げるか、警戒しなさい? 命にかかわるわよ?』


(そう、まさに戦場ではあの殺気が渦巻いておる。そう、後ろにも……。……え?……後ろ……?)


 元康は自分で言った言葉に疑問を感じ後ろを振り返る。


(よく見えないな)


 人垣で見えないので、馬にまたがって後ろを見た。


「ッ!! 大至急、殿と彦五郎様(氏真)に伝令! 背後より奇襲!!」


 いち早く異変に気づいた元康は、大声で配下に反転を命じた。

 いくら100人しか居ない部隊でも兵は兵である。

 太原雪斎は軍義にて『氏真と元康が戦う事になれば危機的状況だ』と言っていたが、正に今は危機的状況であり、主君の為に命を張らねばならない。


「弓構え! 放て!」


 そう言いながら、自分も帰蝶仕込みの矢を放つべく狙いをつける。


「ん!? あの派手な旗印は……!」


 薄赤色に色とりどりの蝶。

 そんな人物を想起させるのは、この世に一人しか居ない。


「の、のの、濃姫様!?」


 元康は織田での訓練の日々で、帰蝶にほボロ負けに負けて、殺気にあてられて漏らした苦い思い出を思い出す。

 そうと気づけば、間違いなく理解できる程の、酷い殺気を撒き散らしながら迫る帰蝶の一団は、元康と氏真の間に雪崩れ込もうとしていたのだった。



【今川軍/今川氏真隊】


「若! 松平殿より伝令! 背後より奇襲です!」


「は、背後!? 馬鹿な……! クッ! 全軍反転! 奇襲部隊に射かけよ!」


 元康と同じ判断をした氏真は、慌てて指示をだすが、元康よりも気付くのが遅かった分、対応も遅れてしまった。

 元康隊が戦い始めた事に、氏真隊の後方部隊は最初に気付いて動揺し、槍を持ってしまった所に弓での射撃命令が届き、連携がとれなくなってしまった。

 そんな混乱した部隊へ、帰蝶隊から分離した河尻秀隆が襲いかかる。

 少数に過ぎない氏真はあっという間に飲み込まれてしまった。



【織田軍/斎藤帰蝶隊】


 河尻秀隆が氏真に襲いかかる前である。


「与四郎殿(河尻秀隆)! 手筈通りにお願いします!」


「お任せを!」


「我らはこのまま義元軍に突撃する! 義元は殿の部隊に突撃し背をみせていよう! 殿が討ち取られる前に我らで義元を捕捉する!」


 戦場に似合わぬ可憐な帰蝶の、殺気を孕んだ声が木霊する。


「おう!」


「よっしゃ!」


 史実で義元を討ち取る大功績を挙げた服部一忠と毛利良勝が雄叫びをあげ、帰蝶率いる部隊は氏真と元康には目もくれず駆け抜ける。

 途中、目があった元康には殺気を浴びせて怯ませるおまけ付きである。


「義元軍を捕らえたわ! 後は刻との戦いよ! 全軍駆け抜けるわよ! ここで失敗したら後世の笑い者! 行けぇッ!」


 転生における最大の難所と目される桶狭間。

 信長と共に転生してから、5年もの時をかけて練り上げた必殺の策。

 女だてらに戦場を駆け回る許可をくれた信長の期待に応える為にも、絶対に成功させなくてはならない。

 帰蝶はそんな思いを胸に駆け抜けるのであった。



【今川軍/今川義元隊】


 信長隊に向かって駆ける義元は一瞬だけ後ろを振り返る。

 存在すべき場所に存在するべき旗が無い。

 つまり氏真と元康の旗が無い。


「クッ! 今は後じゃ!」


 最優先は今川軍総大将たる自分である。

 前方にこそ活路があると判断をしたからには、最後までその考えを信じるのみである。


「信長! そこか!!」


 かつて寺で会談したときに見た、年不相応の風格を身に纏う少年。

 見間違うハズが無かった。


「信長ァッ!!」


 義元は槍を振り上げて躍り掛かった。



【織田軍/織田信長隊】


 信長は3方向から押し寄せる義元軍の攻撃を懸命に堪えながら、義元の所在を示す旗印を見つけていた。


「クッ! ……遠い!」


 目視できる距離に居るのに、果てしなく遠く感じるのは決して気のせいでは無い。

 義元に近付けば近付く程に、農兵扮する雑兵から、武家出身の訓練を積んだ兵に変わり、さらに具足の質が高い歴戦の兵、更に義元の護衛をする最精鋭兵と足を進める毎に手強くなる。


 それが遠く感じる原因である。


 信長も前線で懸命に槍を突きだして兵を倒していく。

 転生のお陰で身体能力は達人そのものであるが、斎藤義龍や北条綱成の様な人智を越えた豪傑では無い。

 腕力に劣る信長は必要最小限の動きで、何とか農兵を蹴散らして、ようやく武家足軽を突破し、歴戦の兵とおぼしき者と槍を合わせて突き崩していく。

 しかし、倒すだけならそこまで苦にはならないが、如何せん数が多すぎる。

 しかも異様に必死である。


「これは!? 於濃め! やりおったわ!」


 三方から囲んだ優勢軍らしからぬ戦いに、信長は帰蝶の奇襲が成功した事を確信した。


「全軍聞けぃッ! 今、義元の背後から奇襲部隊が攻撃を仕掛けておる! 挟撃じゃ! 我らが粘れば粘るほど勝ちに繋がる! 奮戦せよッ!」


 ありったけの声で叫んだ信長と信長隊は、絶体絶命ながらも息を吹き替えし、義元隊の猛攻を跳ね返し続ける。


 こうして―――

 運命に導かれるかの様に、二人は出会うべくして出会った―――


「信長ァッ!」


 その声と共に、飛び掛かって来た武者が槍を振り下ろす。

 一際質の良い豪華な鎧に、陣羽織、胴には今川家赤鳥紋の家紋。

 何よりも見覚えの有る顔。


「義元ォッ!」


 受け止めた槍を払い除けて、信長が槍を突き出すが、素早いフットワ―クで義元は槍を避けて詰め寄る。


 義元は振りかぶって槍を投げつけた。

 リーチの長い槍では混戦で不利で邪魔になるとの判断であった。

 信長は辛うじて避けるが、背後にいた織田兵3人が槍に貫かれて絶命した。


(何たる腕力!?)


 一瞬だけ背後を見て確認した信長は、義元が視界から消えている事に気がついた。

 目線を切った隙を義元は見逃さなかったのである。


 低い姿勢から刀を抜き放ち切り上げる義元。

 その斬擊に殺気で気づいた信長は―――


(後ろ―――兵が詰まって―――防御―――構え―――隙間が―――槍―――立て―――)


 咄嗟に信長は両手で槍を持ち、全力で石突きを地面に向けて振り下ろした。

 危機一髪―――

 信長が繰り出した石突が正確に義元の刀を受け止めた。


 この弓矢で、飛来する矢を正確に迎撃するかの様な神業を、信長は成功させた。

 冷や汗を噴出させ、肌を泡立たせながら自分の技に驚愕する信長と、予想外の防御で刀を地面に打ち付けられて驚く義元は、咄嗟に刀を捨てて脇差しを抜いて躍りかかる。


 最早、槍の間合いでも刀の間合いでも無い。

 組打ちの間合いである


「おおおぉぉぉッ!」


 もう、どちらの声なのか判別つかない程お互いが絡み合って転がる。


 上になったのは―――


 義元であった。


 義元は歓喜の表情で脇差しを振り上げて―――


「あと……一歩……か……!」


 そのまま義元は、信長の上に倒れた。



【織田軍/斎藤帰蝶隊】


 信長に追い付いた帰蝶隊は、すぐに信長と義元を取り囲んで一斉に叫んだ。


「今川治部大輔義元、織田信長が討ち取ったり!」


「今川軍よ! 義元は破れた! 退けぇっ!」


「織田軍よ! 勝鬨をあげよ!」


 義元が倒れる現場を目撃した今川兵が、後ずさって距離を取る。


「織田軍よ! これより残存部隊を追撃する! 今川軍よ! 三河に帰らず留まるものは全て討ち滅ぼす!」


 この言葉が決定的になった。


「退けぇ! 退却の鐘を鳴らせ!」


 今川軍の退却と戦闘停止は、池に投げ入れた石が起こす波紋のように広がり、中央の織田軍先陣と対峙する部隊、桶狭間山に織田軍を追い込んだ部隊、義龍と争う綱成斎藤道三と争う雪斎と馬場信春に伝わっていった。



【斎藤義龍と北条綱成】


「そこの猪、いや、熊武者よ! 名を聞いておこう! ワシは北条が家臣、地黄八幡こと北条綱成じゃ!」


「誰が熊かッ!? 斎藤家当主、斎藤義龍! マムシの後を継ぐ者よ!」


「熊じゃなくてマムシか! 覚えておく! さらばじゃ!」


 そう言って綱成は馬に乗って駆け出した。


「殿! 追撃は……」


 側近の仙石久盛が恐る恐る訪ねる。


「いい。これ以上足が動かん。退却する今川軍に注意はするが、こちらからは仕掛けるな。休息と治療を最優先とせよ」


「はっ!」


 久盛はその命を伝令に伝えて、嬉しそうにに戦闘行為を停止させたのだった。

 誰もが精魂尽き果てて一歩も動けない。

 北条綱成はそれほどの強敵であった。


「次は勝つ!」


 義龍はそう叫ぶと地面に大の字になって休むのであった。



【太原雪斎と馬場信春】


「雪斎殿! 退却の合図ですぞ!」


 馬場信春が雪斎に詰め寄る。


「退却とな?」


「呆けておるのですか! あの音、それに自軍の撤退の様子が目に入りませぬか!」


「薄暗くてよく見えぬ……」


 桶狭間は日没寸前であった。


「雪斎殿! 今川殿に何か不足の事態が起きたのやも知れませぬ! 貴方がその様で、誰が今川軍を統率するのです!? 退くも建て直すも貴方が必要でしょう!?」


 信春の説得に正気を取り戻した雪斎は、唸り声ので配下に指示を出す。


「退却の合図を……ッ! 完全に日が落ちる前に桶狭間を離脱する……ッ!」


 雪斎は歯噛みしつつ、馬を駆り今川本陣が退却する方向を目指した。


「一体、何があったのじゃ……。織田の少数が本陣に向かった様じゃが、あの程度に敗れる殿ではあるまい……」


 帰蝶の奇襲を知らない雪斎には、永遠に辿り着けない問を抱えたまま、桶狭間を離脱するのであった。



【斎藤道三隊】


「何とか、何とか凌いだ様じゃな」


 一方、道三は一息ついて前線から戻ってきた佐久間信盛を見る。


「そう……ですな」


 息も絶え絶えの信盛は、槍を杖に辛うじて立っている。

 足が痙攣して、槍がないと倒れてしまう程に奮闘し疲弊していた。


「平手殿は……」


 信盛が隣を見ると、居たはずの平手政秀が居ない。

 政秀は片膝をついて、そのまま崩れ落ちた。


「誰か救護じゃ!」


 信盛はありったけの声で叫んで、政秀の治療を始める。


「中務丞(平手政秀)! お主は美濃でもやる事が残っておろう! 死ぬのは許さんぞ!」


 道三もそう叫んで、政秀の具足を脱がしにかかる。


「これは……!?」


 どうやら、沓掛城撤退戦で受けた矢傷が、思いの外深かった様であり、縛り付けたサラシが真っ赤に染まっていた。

 政秀は生死の境をさ迷う事になったのである。



【柴田勝家隊】


 亀の様に固まって今川軍の猛攻を跳ね返し続けた中央の軍は、次第に弱まる圧力に、戦場の変化を感じ取り、耳を澄まして聞こえる音を確認する。


「今川軍の撤退!? 勝ったのか!?」


 柴田勝家はそう叫んで義元本陣の方を見ると、囲まれてよく見えないが確かに何かあったかの様相であった。


「殿! 聞きましたか!?」


「聞いた! 皆の者よ! 我らは勝ったぞ! 勝鬨をあげい!」


 勝家の号令で伝播する勝鬨は、中央で爆発的な声となって轟いた。



【北畠具教隊】


「勝った……のか? あの今川に?」


 北畠具教はそう呟いて槍をおろした。

 土地勘の無い自分達では、日の落ちたおけはざまでの夜間戦闘は無理であるし、そう命令されている。


「勝ったのか……」


 もう一度呟き、信長の居るであろう今川本陣を見る具教であった。



【森可成隊】


「勝ったんですね!」


 涙ぐむ犬千代に森可成が応える。


「そうじゃ! 我らが! あの今川と! 互角に戦って退けるとは!」


 可成も感極まって涙を流す。

 それほどまでに今川軍は、強大で手のつけられない相手であった。


「これからの時間と損傷具合では追撃は無理か。動ける者は、動けぬ者の前にでよ! 追撃はせぬが不足の事態に備えよ!」


 森可成は涙を拭いて指示をだすのであった。



【塙直政隊】


「兄上! 今川が退いていきます!」


「そうじゃな。それよりもお主が無事なのが信じられぬわ……」


 塙直政と直子の兄妹は勝利と無事を喜んだ。


「藤吉郎もご苦労であった!」


 直子の横に控える藤吉郎に直政は声を掛ける。


「それは……良かった……です……」


 そう言って藤吉郎は倒れた。


「藤吉郎!?」


 直政と直子は駆けよって体を改めるが、特に出血は確認できなかった。


「フッ、どうやら気が抜けてしまったか。そのままにしておいてやろう」


 藤吉郎は直子を補佐すべく戦場を走り回っていた。

 まだ少年の藤吉郎は疲労の極みに達して、気絶する様に眠ったのであった。


「まるで猿の子供よな」


 直政と直子は眠る藤吉郎を見て笑うのだった。



【織田信秀隊】


「大殿!」


「皆まで言うな。解っておる。三郎(信長)めやりおったわ!」


 どの様な決着なのかは信秀の場所からは分からないが、秘策が成功したのは想像できる。


(少数の義元を退けるのはワシも経験があるが、この大軍を操る本気の義元を破るとは……。もはやワシの出番は無いな)


 信秀は、寂しそうに心の中で呟いたのだった。



【桶狭間山 飯尾尚清隊、北畠晴具隊】


「北畠殿、どうやら終わったようですな」


 自陣から移動してきた飯尾尚清は北畠晴具に話しかける。


「飯尾殿か。ワシは正直、この戦は負けると思っておったよ」


「父上! 何を……!?」


「まあ、聞け。この日ノ本に今川を倒せる勢力がどれ程ある? こんな大規模な戦で。ワシは今川が織田に勝ったら真っ先に降伏しようかと密かに悩んでおったわ。ははは!」


「だぁぁッ!? 父上ッ!? 飯尾殿! 今のは聞かなかった事に!」


「フフフ、分かっておりますよ。正直、某も身の振り方を少し考えましたゆえに」


「そ、そうですか……」


 山の麓で三人は勝利を喜びつつ冗談を飛ばしあった。

 それ程に自分達の成し遂げた事が信じられなかったのである。



【織田信長隊】


 倒れこんだ義元を信長が抱えている。

 背後からの一忠と良勝と帰蝶の攻撃が、絶体絶命の信長を救っていた。

 今は意識を失った義元を信長が介抱している。


 もちろん、武装解除をした上での行動で、捕縛できたなら殺す必要は無い。

 信長が見たところ出血は鎧に阻まれ酷くないが、首への一撃が効いた様である。


「義元!」


 信長が懸命に呼び掛け、回りを織田兵が囲んで今川軍を警戒する。

 勝ちに喜ぶ織田軍の中心部は、沈み混む信長に困惑しているのであった。

 こうして激闘の桶狭間は紙一重で織田軍が制したのであった。

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