外伝7話 織田『嫁候補』信長
これは4章 天文17年(1548年)長野城攻防戦の前、塙直政の妹が新しい指揮官候補として参戦している事を信長が知った頃の話である。
【伊勢国/長野城 織田家】
信長以下、帰蝶、塙直政、飯岡尚清、茜、葵の他、指揮官達が親衛隊の新規指揮官を選定する軍議が行われていた。
その中で、丹羽長秀、藤吉郎(羽柴秀吉)、直子が抜擢されたのだが、信長は前々世で妻だった直子が今回は親衛隊に入っている事に驚き戸惑っていた。
帰蝶が意味有りげに尋ねる。
「殿、あの直子殿ですが、異存はございますか?」
「……無い」
こうして無事に塙直政の妹である直子が無事に指揮官に抜擢された。
「指揮官の件は問題無い故に、お主らで軍配備を補助し見本を見せてやれ。これにて軍議を終る」
最後に信長指示を出して軍議を終了させた。
「ハッ!」
全員が立ち上がろうとしたが信長が呼び止める。
「於濃。……お主は残れ」
帰蝶以外が退室した後で信長が尋問を開始した。
声が若干震えている。
《於濃! お主、直子が居る事を知って居ったな!?》
憤慨する信長。
しかし―――
《勿論ですよ? 直子ちゃん、私に憧れていたんですね~》
帰蝶は相変わらず得意げな顔をしていた。
《なぜ黙っておった!?》
《だって殿、鈍感にも程があるんですもの。前々世とは言え、自分の妻の若い時の顔をお忘れですから。ちょっとしたイタズラですよ!》
確かに信長らしからぬ失態ではあったが、女性の変化に気づかないのは古今東西男性の宿命である。
もし女性の読者がいらっしゃるのであれば、超難関間違い探しの様な問いかけは、間違いなく良い結果にならないので自重して頂ければ幸いである。
特に髪を1cmカットしたとか、前より少し髪色を明るくしたとかは絶対NGだ。
《……気付かんのは済まなかったが、しかし! ちょっと心臓に悪すぎるわ!》
《心臓に悪い? ……え? じゃあこれ以上は言わない方が良いですか?》
《……ま、まだ何かあるのか?》
信長は慌てて現在の女性関係を洗い直したが、思い当たる節は無いが、絶対無いとも断定できず何かモヤモヤしたモノが残った。
仕方なく恐る恐る帰蝶の目を見るしかなかった。
《フフフ! ありますよ~。覚悟して聞いて下さいよ? 茜ちゃんと葵ちゃん、見覚え無いんですか?》
《茜と葵だと? ……! まさか……あっ!!》
《思い出しましたか? 信孝殿を生んだ坂茜ちゃんと、秀勝殿を生んだ瑞林葵ちゃんですよ?》
史実では訳有りの三男である信孝と、これまた訳有りの四男秀勝である。
《すると……あれか……前々世の妻の内……すでに5人がワシの目の届く所に……しかも全員親衛隊におるのか……》
《私、茜ちゃん、葵ちゃん、吉乃ちゃん、直子ちゃん。出会う順番は全然違いますけど、そうなりますね。ちゃんと全員側室に迎えてあげて下さいよ? それに残りの6人も忘れないで下さいよ? 私にとっては前世でお世話になった大切な友達でもあるのですから。全員で本能寺を突破しますよ!》
帰蝶がとんでもない計画を言って来た。
《全員側室はともかく本能寺……!? 全員連れてくるつもりか!?》
動揺した信長が妙な事を口走る。
相当に驚いて焦っている事が伺えた。
《違いますよ!? 上様気が動転してますね! 打てる手段は全て打ちますよって事です! 別に連れて行っても良いですけど、それよりも女性にもっと活躍の場を与えるのが私の役目と思ってますから! 本能寺突破は直接、間接共に手段を選ばないって事です!》
《そうか、そりゃそうだな……。 分かった! もうその件については好きにせい! ただ一つだけ答えてもらおう。他にも妻達はおるのか?》
今後の精神の安定にも、コレだけは確認しておきたい信長であった。
《フフフ! 安心して下さい! 居ませんよ。……ただし私が見た限りの話ですけど》
《では可能性があるのじゃな!?》
残り6人の経歴を思い出そうと信長は必死に考える。
《しっかり思い出してくださいね?》
《うぬぅぅ……まだ生まれていなかったり、織田と関係ない場所に居たりで、とりあえず親衛隊に居ないのは間違いない! ……と思う! いや、この分では居てもおかしくないな……。しかし、お鍋はありえぬし……稲葉や滝川や三条にはまだ接点すらない……。土方の娘は生まれてすらいないはず……。永の母はどうだったか……?》
お鍋の方は信吉・信高・於振、稲葉は信秀、滝川は三の丸、土方は信貞のそれぞれ生母で、永の母は春誉妙澄大姉(名前不詳)である。
そこまで信長が悩んだ所で帰蝶がある事に気が付いた。
《あれ? ……歴史が変わったら……産まれて来ない可能性もありますよね? そこの所はどうなのファラ?》
《はーい。可能性は大有りです。歴史の修正力があるとは言え、親が死んだりしていたら流石に生まれようがありません。ただ、似た様なシチュエーションになった場合、史実の行動を別人が取る可能性はありますので、信長さんの結婚相手が代わっても、同じ様に子供が生まれる可能性はありますね。その場合違うのは遺伝子だけとなりそうですね》
歴史を修正する以上、存在が抹消される人も必ず出てくるハズである。
ただ修正力はどんな結果をもたらすのか不明であった。
《そうなるのか……。それに大部分が政略結婚じゃからな……。しかし歴史が変化した場合、必要が無いのにワシと結ばれても女が不幸になるじゃろう?》
(恐らく、日ノ本で一番安全な場所であろう織田家に関われるのは、それはそれで幸せなのではないかしら?)
帰蝶はそう思ったが口には出さなかった。
(上様はやっぱりお優しい方ね。うん! そこが素敵なところね!)
コホンと咳払いをテレパシーでした帰蝶は話をつないだ。
《私たちは歴史を変えるつもりですけど、困りましたね》
《歴史の修正力が働き、必要、不要が生じるかも知れぬ。コレばかりは時勢に従うしかない》
《仕方ないですね……けど妻にならずとも見つけ出して関係性は築きたいですね》
帰蝶としては前世でお世話になった友人とその子供たちであるので、可能な限り自陣営に招き入れたい考えであった。
《それはそうと、歴史には無い追加の側室が生まれる可能性もあるんですね》
歴史が変わる以上、可能性がある話である事をファラージャが言った。
《まぁ、可能性はあるじゃろうな》
信長も可能性を認めて同意する。
侵攻順序が前々世と違ってきたら当然あり得る話である。
《駄目です》
しかし帰蝶がピシャリと言い放った。
《えっ》
信長とファラージャが同時に声を発した。
《駄目です》
もう一度帰蝶は言い放った。
あれほど側室を迎える事を推奨していた帰蝶が、ハッキリと拒否反応を示すのが理解できなかった二人であった。
《そ、そうか。考慮しよう》
信長は帰蝶に気圧されて、そう言うのが精一杯であった。
一方ファラージャが帰蝶の拒否反応が何か思い当たった。
(史実の側室は家族同然だから迎えたい、今は自分も体調万全なのだから、同じ様に愛して欲しい、と言う所かしら? この時代特有の感覚なのかもしれないわね)
一人納得したファラージャが、微笑ましい光景にニヤニヤしつつ帰蝶を応援した。
(二人とも幸せそうでいいなぁ。私も信長教が無い世界に行ったら、良い人を見つけなきゃ!)
そんな二人を余所に、ファラージャが一人決意していたのであった。
ようやく正体を明かす事ができた茜と葵です。
上記の名前はオリジナルです。
どれだけ調べても判明しませんでしたので便宜上こちらで命名しました。
さらに葵の『瑞林』に至っては捏造苗字です。
『知恩院塔頭瑞林院』から拝借しました。




